第37話
「父様ただいま」
「おかえり。フェリクスはどうした?ちゃんと送ってもらったのか?」
「ええ、もう遅いからって帰ってもらったわ。何かフェイに話でもあった?」
「いや⋯⋯それでダンスパーティーでは何もなかったか?」
「フェイとだけ一曲踊ってすぐに帰ってきたの」
「何もなかったのか?」
「ちょっとだけあったかな」
秘密にするような事でもないから全て話した。
令嬢たちに対してのフェイの言葉や態度もね。
あと、エリザベスとロイド殿下のことも。
その後は父様に寝るように言われ私は素直にベッドに入った。
だが深夜まで父様が頭を悩ませていたことはもちろん知らない。
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~フェイ視点~
囮にさせたようでルナには悪いことをしたと思っている。
それにしても驚いたな。
王弟の娘で公爵令嬢を押し退け、名も名乗らず意見する令嬢の多いことよ。
ルナは本来なら幼い頃から母親に連れられて参加するお茶会といったものに一度も参加しないままデビュタントを迎えた。
だからか、一部を除く貴族の間では結婚していない王弟が親のいない養子を引き取ったと勘違いし軽視する者が多数いる。
元々、ランベル公爵(叔父上)は学生時代にカクセア王国に留学していたこともあり、公の場にはほとんど姿を現すことはなかったらしい。
それは帰国してからも同様で、王宮で開かれる夜会だけは参加するものの少し顔を出すと義務は果たしたとばかりにすぐに退出するらしい。
既婚者、未亡人、令嬢など、幅広い年齢層から密かに憧憬の眼差しを向けられようが、甘言で誘われようが冷たい眼差し一つで黙らせる。
そんな叔父上が愛し大切に大切に守っているのがルナだ。
当然だ。愛する人との間に生まれた娘なんだ。その娘が自分の知らないところで虐待されていたのだから。その怒りを抑えられている叔父上を尊敬する。俺ならフローラを傷つけたそれ以上の後悔と苦しみと痛みを共に与えただろう。
フォネス伯爵家。
ロイドが選んだ婚約者エリザベス。
王子妃教育もままならない馬鹿な女。
ロイド⋯⋯お前はこのままでいいのか?
あと数年もしたら婚姻を結ぶことになる。
本当に生涯をあの女と共に過ごせるのか?
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~父様視点~
「動かなかったか⋯⋯」
あの子爵家の倅を唆した伯爵家の次女。
報告を聞く限りルナとは接触しなかった⋯⋯意外と用心深いのか?
それとも様子見していただけか?
まあ、今回もフェリクスに密かな恋心を抱く令嬢たちを言葉巧みに動かしたようだが⋯⋯
フェリクスも厄介な相手に想われたものだ⋯⋯それはローレンスも同じか。
姉妹で凄まじい執着だ。
長女の方も何年も前から釣り書をスティアート公爵家に送り続けているらしい。
断った数も釣り書の数だけ⋯⋯
損得でしか動かなかった前スティアート公爵ですら断り続け、代替わりした今ではローレンスにそれは引き継がれている。
ローレンスは6歳で初参加したお茶会から付き纏われているそうだ。
現在ローレンスは23歳。
伯爵家の長女も23歳。
17年も思い続けた長女を一途と見るか、執着と見るか⋯⋯いや、あれはストーカーだな。
ローレンスが避けるのも分かる。
俺がカクセア王国から帰国した時、シルフィーナの結婚と死を知り惰性で生きていた頃。今から4年前だ。
当時学園を卒業後財務部に配属されたローレンスの噂は俺の耳にも入ってきていた。
いい意味ではない。
ローレンス自体は仕事もできるし人当たりも良く問題は無かったのだが⋯⋯執拗い女に執着され仕事にまで影響が出ているとか何とか⋯⋯
ある日、たまたま通りかかった所に男女の言い争う声が聞こえてきた。
「いい加減にしてくれ!何度も断っただろう?君と婚約するつもりはない!」
「そんな~照れなくてもいいですわ」
「照れていない!毎日毎日出勤時、退出時、休日まで!待ち伏せするのはやめてくれ」
「だって~そんなことを言ってもローレンス様はわたくしに毎日でも会いたいでしょう?分かっていますのよ」
「⋯⋯君のためにはっきり言うよ。僕は君が嫌いだ」
「も~反抗期なんだから!」
「相変わらず人の話を聞かないね」
そのまま肩を落としローレンスは女を置いて帰って行ったが、あれはウットリとローレンスの背中を見つめていた⋯⋯
人の色恋に興味はないがシルフィーナの弟が困っているのを見てしまうとな⋯⋯
それからまたある日、言い争う声が⋯⋯案の定ローレンスとあの女だった。
その日もローレンスが言い聞かせるよう断っても、嫌悪感を顔に出しても一向に引かない女。
「そこで何をしている?いつまで待たせるんだローレンス」
別に約束もない俺が突然声をかけても頭の回転の早いローレンスはすぐに反応した。
「王弟殿下!お待たせして申し訳ございません」
俺がチラリと見下ろしただけなのにあの女は震えて顔色まで悪くなっていた。
「令嬢も用もないのにここに出入りはするな。ここが遊び場ではないことは子供でも知っているぞ」
「わ、わか、分かりましたわ、も、申し訳⋯⋯ございません」
普通に注意しただけでこんなに怯えられるとはな⋯⋯その日からローレンスに懐かれた。
ローレンスは俺が傍にいればあの女が近づけないと気付いたのだ。
次の日には異動願いを出し俺の下についた。
まあ、ローレンスは優秀だったので文句はない。
殺伐とした職場もローレンスのお陰か雰囲気が良くなったらしい。
それから数ヶ月後ローレンスに無理やり連れていかれた先に痩せて傷だらけの俺の娘がいたんだ。
でだ、まだあの女はローレンスを諦めていない。
王宮には近づかなくなったが、休日にはスティアート公爵家に乗り込んで来るらしい。
我が家とスティアート公爵家に門を潜らなくてもいいように通路を作ったのを一番に喜んでいるのはローレンスだろう。
まあ、伯爵家姉妹の敵意がルナに向かわない限りは手を出すつもりはない。
が、ルナに害が及ぶようなら容赦しない。
「明日からもルナから目を離すな」と、誰もいない執務室で呟く。
明日からルナは冬期休暇に入るが年始に王宮で夜会がある。
今回はフェリクスに譲ったが、次は俺がルナに一番似合うドレスを用意した。
まだまだルナは父様の傍にいればいい。
毎日少しずつ成長する姿を見逃さないのも父様の役目だからな。
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