第24話 嵐が過ぎ去り

 翌日、諸々の復旧に向けて急ピッチで作業を指示し執務室にやっと腰を下ろしたのは昼過ぎ、遅い昼食を摂りながらセダム王子を迎えていた。

 「こんな状態で失礼しますね」

 「気にするな、食事は摂れる時にしっかり摂るべきだ」

 流石に北国の王子は度量が違う、我が国の貴族相手にこんな応接をすれば大問題だ。

 しかし、今食べないと夕食も摂れるかわからない、ここは言葉に甘えよう。

 私は用意されているサンドイッチを口に入れる。

 「セダム王子、本当に助かりました」

 私の横に座り直しセダム王子をソファに座らせたクリスが微笑む。

 「君に恩を売れたんだ、充分な収穫だよ」

 クリスの従者であるレスターがセダム王子にお茶をいれる。

 「ありがとう、そうだ、何度かいただいたがクリスフォード、君の従者のいれる紅茶は随分美味いな」

 「ありがとうございます、私も彼のいれるお茶にはよく助けられているんです」

 褒められたのが嬉しいのだろうレスターが会釈しながらほんのりと頬を染めた。

 部屋の入り口に立っているレスターの祖父であるセバスも心なしか嬉しそうだ。

 「本来ならばサミエルの従者になるはずだった彼には不本意だったかもしれない、でも私は彼が居たからこそ今のカルバーノでの生活があると思っています」

 「それは流石に言い過ぎです」

 「そうかい?でもレスターが居なければ切り抜けられなかったことも多いよ」

 二人の主従のやり取りを私とセダム王子がクスクス笑って見ているのに気づいたレスターが咳払いをしてクリスの背後に一歩下がって控えた。

 「そう言えばレスター君の父君は?」

 「ファステン侯爵家の執事長ですね」

 「なるほど、彼は生粋のエリート一家なのか」

 「そうですね、家令のセバスも元は先代ファステン侯爵の執事でしたから」

 「なるほど」

 暫く考えたセダム王子が顔をセバスに向けた。

 「レスターの他に孫は居ないのかい?」

 「一人、レスターの妹が居ますが」

 「妹か、うん丁度いい、良ければ紹介してもらえないだろうか、近く妹がこの国の公爵家に嫁入りするんだが、アイツに味方を置いてやりたい」

 セダム王子が身体ごとセバスに向き直り頭を下げた。

 「わかりました、けれど私の一存ではお答えできませんのでファステン前侯爵さまに一筆認めさせていただきます」

 「よろしく頼む」

 ニッカリと笑ったセダム王子にセバスは頭を下げて部屋を出た。

 「すまないな」

 そう私たちに断って残りの紅茶を飲み干した。

 「公爵家とのご結婚ですか?」

 「ああ、エルスト小公爵と妹である第一王女の婚約が先日内密にではあるが整った」

 「まあ!おめでとうございます!」

 「おめでとうございます、そうかオフィリアの弟君か」

 クリスにご存知なのですかと聞こうとして愚問だと口を閉ざした。

 元婚約者の弟で次期エルスト公爵を知らないわけがない。

 最近はすっかりカルバーノに染まったクリスのせいで忘れがちになるけれど、彼は元王太子なのだから。


 セダム王子に魔銃の礼を告げ、領都の方に用があると言う彼を送り出してすぐに、フィンがリアンナ嬢を連れて邸に訪れた。

 サミエルも加わり応接室に通す。

 私たちが応接室に入るとフィンが立ち上がり頭を下げた。

 「すみません、直ぐに帰すべきでした」

 「そうね」

 ソファに座ったまま兄に頭を下げさせ自身は膝の上でドレスを握りしめているリアンナ嬢に目を映す。

 「リアンナ!お前も謝らないか!」

 「だって!わ、悪気はなかったんだもん!」

 フィンを見上げて言い募るリアンナ嬢にサミエルが冷たい視線を向けた。

 「フィン、先に謝っておくよ」

 「いや、構わない」

 「リアンナ嬢、君が何をしたのかわかってる?セダム王子が間に合ったから事なきを得たけど、君は僕や僕の大切な人たち、大事な領地を危険に晒したんだ」

 「そんなつもりはなかったの」

 泣きながらサミエルに訴えるリアンナ嬢がサミエルに手を伸ばした。

 サミエルはそれを拒否するように一瞥しただけで言葉を続ける。

 「遊びじゃないんだ、沢山の命を預かっているんだよ?君の虚栄心や見栄で彼らの命や生活を奪っていいわけがないだろう」

 言葉を尽くし反省を促しているのはフィンが領地にこれまで充分過ぎるほど尽くしてくれていたからだ、彼女だけであれば恐らくすでに送り返しているだろう。

 「じ、じゃあ私を選んでくれたら良かったじゃない!」

 「ふざけるな!」

 パン!と渇いた音が響きフィンがリアンナ嬢の頬を叩いた。

 「私は最初に言ったはずだ!カタリナ嬢は正式に婚約者として申し込みをしていると!お前は初めから対象ですらない!」

 そこまで言われて声をあげてリアンナ嬢が泣き出した。

 それでも謝罪の言葉ひとつ出ないことに私はため息を吐いた。

 「カルバーノ子爵、実家へ抗議文を認めていただけますか?私がリアンナを連れて持っていきます、こんな時に申し訳ありませんが暇をください」

 フィンが改めて頭を下げる。

 「リアンナ、そもそもサミエルとカタリナ嬢の話は既に整っているんだ」

 「そんな!私は伯爵家なのよ!私が居ればカルバーノ子爵はサミエルさまが……」

 「僕にはカルバーノを継ぐ権利も資格もないんだよ」

 「愚かな妹だ……」

 ため息を吐いてリアンナ嬢を見るフィンが悲しく目を閉じた。

 「ひと月、暇をいただきます、その間に実家との関係を精算してきます」

 「それは……」

 「いえ、遅いくらいです」

 フィンに急かされ私はドルフ伯爵宛に今回の抗議文と全ての判断をフィンに任せる旨を書いてフィンに預けた。

 フィンは泣き続けるリアンナ嬢を引き摺るように邸を出て行った。


 二週間後、ファステン侯爵家より討伐隊が訪れ予定通りの討伐が行われた後、サミエルとカタリナ嬢の正式な婚約が決まった。

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