第19話 サミエル

 大成功に終わった感謝祭の片付けが終わり、今回中心となった義兄さんを労ったお疲れさま会も漸く落ち着いてきた。

 珍しく酔った義姉さんを抱き抱えた義兄さんがサロンを出るのを見送りながら、僕は三年前を思い出していた。


 我ながら情けないと思うのは実の父母があまりに目出度い人たちだったこと。

 昔から父や母は事あるごとにカルバーノを継ぐのは僕であるべきだと口にしていた。

 その度に馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っていたが、カルバーノ前子爵が儚くなってから二人の妄想は過激さを増していた。

 カルバーノ子爵家に入った母と僕は父から高待遇を受けていた。

 その陰で母に虐げられている義姉さんが一人子爵家を守るために領地経営に勤しんでいるのを知っていた。

 父母を僕や義姉さんが軽蔑するのは僕たちが半分血が繋がっていて同じ歳であり、蜜月で懐妊した義姉さんと二ヶ月遅れで誕生した僕を見れば一目瞭然だろう。

 父母二人のカルバーノ前子爵への裏切りはあまりに根深い。

 

 けれど義姉さんは強いひとだった。


 領地を回す才に恵まれないどころか、その努力さえしない父に浪費だけは貴族以上にしながら淑女らしさの欠片もない母。

 特に学園に行くようになると母の品性を目の当たりにする度に怖気が走るほどになった。

 義姉さんとは学園を中心に交流を続けていたが、聡明で勤勉且つ大胆な行動を躊躇なく発揮して領地を支える姿は尊敬の念を抱いていた、また淑女としても早い段階で子爵家を継ぐことがわかっていたからこそ、上位貴族とまでは言わなくても中級貴族レベルの教育を済ませていた。

 

 いつだったかファステン前侯爵から僕が義姉さんと血が繋がっているのが残念だと言われた、僕も同感だ。

 もし他人であれば僕が側で義姉さんを守りながら支えになれたのにと何度思ったことか。

 

 義姉さんに敬愛を持てば持つほど、父母を軽蔑する気持ちが増えて行った。

 軈て僕は家にいる間は出来るだけ存在を消しながら陰で義姉さんに協力するようになる。

 学園では普通の姉弟として接していられるので、家の息苦しさに辟易していた。

 そんな中で義姉さんが父母を断罪した。

 気持ち良いくらいの断罪劇、それを眺めながら僕も父母と一緒に家を追い出されるだろうと覚悟を決めていた。

 それはそうだろう、幾ら父が同じとはいえ僕は庶子であり正式なカルバーノの子として認められているわけではない。

 それには神殿と王室への申請や許可など様々な手続きを踏まなければならず、複雑で煩雑な手続きなどあの二人には出来なかったのだから。

 そもそも、それが必要だと知っていたかすら怪しい。

 僕が並々ならぬ覚悟を決めていると予想外のことが起こった。

 義姉さんが僕にここへ残る選択肢をくれたのだ。

 義姉さんの真意が何処にあるのかはわからない、けれど僕にまだ義姉さんを手伝える時間をくれるのだと思えば、義姉さんの手を取る以外の選択なんてなかった。


 義姉さんと二人で領地を運営していくのは大変だった。

 若輩者だから、女子爵だからと甘く見られることも多く、敵だらけの中僕たちは二人で二年半がむしゃらに領地の安定へ向け奔走していた。

 そのうちに義姉さんのアイデアがとんでもないことに気付いた。

 この世の何処にもない、そんな発想で領地を見る間に安定させ発展への道筋を立てる。

 僕は焦っていた、僕が居なくても義姉さんは困らないだろう。

 僕の居場所はここしかないのに、そんな馬鹿げた妄執で僕は大失態を侵した。

 「馬鹿ねえ、全部一人で出来るわけがないでしょう」

 呆れたような義姉さんの声にいよいよ僕が断罪されるのだと震えた。

 「私だって一人じゃなかったから、サミエルあなたが居たからがんばれているのよ?だからあなたもちゃんと周りを頼ってちょうだい」

 涙を浮かべて僕に訴える義姉さんを見て漸く僕は自分の間違いに気付いた。

 義姉さんはその時初めて義姉さんが抱える秘密を僕に打ち明けてくれた。

 『前世持ち』そう呼ばれる、別の世界で生きた人生の記憶を持つ義姉さん、この世界で一人きり秘密を抱えていた、そしてアレやコレやのアイデアの源泉がそれであった。

 「あなたが居るから私は一人じゃなかったのよ」

 義姉さんは強いわけじゃない、支えるひとが必要なんだと、義姉さんを支える一人に僕が居るその自信は僕に力をくれた。

 その時僕の相談相手となったのがフィンだった。

 商人になりたかった貴族家の子であるフィンは僕と共に義姉さんの手腕に惚れてカルバーノに腰を落ち着けた。


 そんな義姉さんだからこそ、僕は伴侶となるには相応の相手をと願っていたのに、よりにもよって卒園記念パーティーで大失態を繰り広げた王子が婿になるなんて、許せるはずがなかった。

 どうやらファステン前侯爵の差金らしいが、醜聞塗れの廃嫡王子など清らかな義姉さんに相応しいわけがない。

 憤慨する僕を当事者の義姉さんが宥める、義姉さんに言われれば引くしかない。

 納得なんてしてないけどね。


 結果、義姉さんと義兄さんは心を通わせて今じゃあすっかり義姉さんの支えになる僕のお株は義兄さんが掻っ攫ってしまった。

 あの頃の僕の焦りと同じものを見せていた感謝祭の準備に走る義兄さんは自分でその殻を破っていた。

 

「僕もそろそろ結婚かな」

 僕を正式に引き取った義姉さんが手続きをしてくれたから僕はカルバーノの人間になれた、なら結婚もカルバーノの役に立つ相手が良い。

 あわよくば義姉さんと義兄さんのように支え合える相手がいい。

 けれどカルバーノの役に立つなら少しぐらい不本意な相手でも構わない。

 そんな事を言えばきっと義姉さんは否定するだろうけれど。

 

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