【完結】モブ令嬢転生、婚約破棄ザマァは他人事だと思っていたらザマァされた元王子を押し付けられたんだが
竜胆
第1話 転生しまして
それはまるで天啓のように降って湧いた記憶。
ここではない日本という国に短く生きた少女の記憶。
その瞬間、私は全てを思い出した。
グロリオサ=カルバーノとして生きた十五年とは別に名字こそ思い出せないが、何某百合として生きた二十年弱の記憶、それが突如として我が身に降りてきた。
父が連れてきた義母と義弟を前に、応接室のソファを窓の外へ投げつけたその瞬きの刹那に溢れた走馬灯。
『前世持ち』と呼ばれる生まれる前の記憶を所持する奇跡の現象を体感しながら私は目の前に正座する父を見下ろしました。
今は思い出した記憶より先にやらなければならないことがあります。
私は意識を目の前の父に向けました。
父の腕の中には庇うように抱きしめた派手派手しく凡庸な容姿の年増、その横で驚愕に青い瞳を見開く義弟。
三年前カルバーノ子爵家当主であった母が亡くなり喪が明ける間もなく婿養子である父が連れてきた毒婦とその息子、毒婦は何を勘違いしたのか先程まで前妻の嫡女である私を蔑ろにし、義弟を後継者にしようと画策していた。
今はその証拠を元に父と毒婦とその息子を処罰している最中です。
「わ、悪気はなかったんだ」
父が何かを言っているが、悪気がないわけがないでしょう。
「安心してください、お父さま、あなたはもうカルバーノ子爵家当主代理ではありません」
カルバーノの血を持たない父には当主の権利は元よりない、あるのは私が成人を迎えるまでの当主代理としての権利と成人して直ぐ当主を受け継ぐ子が学園を卒園するまでの間の後見人という立場だけです。
当然父が平民の女に産ませた義弟も後継者の権利は持ちません、父にはカルバーノの血がない一代男爵家の三男ですから。
にも関わらず、父と毒婦は当主を義弟に移すべく画策していました。
それに気づいた私は成人の誕生日を迎える半年前にカルバーノ子爵家の親貴族であるファステン侯爵家前当主である祖父を訪ね、現状をチクッた、いえ助けを求めました。
領主としても領主婿としても役立たずだった父を嫌っていた祖父は話を聞くと激昂し、直ぐに正式な手続きをして私の代理人となり成人以降の後見人となりました。
その時点で父には当主代理の権限が剥奪されました、今目の前にいる父にはカルバーノ子爵家に対して一切の権限を持ちません。
「さて、貴族家の乗っ取りは重罪となることぐらい、お父さまでしたら勿論ご存知ですよね?」
父が青ざめながら震えています、貴族家への謀略はこの国に於いて重犯罪とされ、露見すれば永年強制労働または一族諸共粛正となるか国外追放となるのです。
お祖父さまに相談してから半年、彼らの稚拙な策謀に関する証拠は積み上げる程用意出来ました。
訴え出れば間違いなく有罪に持っていける量です。
「乗っ取りなんて!人聞きの悪い!言い掛かりをつけるなんて、なんて恐ろしく醜い娘でしょう!やはりあの女の娘だわ、ああ怖い!」
毒婦が顔を赤らめながら怒りに打ち震えているけれど、人聞きも何もそれ以外何だと言うのでしょう。
あの女とは母のことですか?確かに私は母の娘ですがあなたの息子と同じ父の娘でもあるのですよ?
私はため息を吐いて毒婦を無視し、父に提案をします。
「このまま貴族院で裁判でも構わないのですが、私にも一欠片の情がないわけでもないのですよ」
父が希望に満ちた目を向ける、気持ちの悪い。
「選んでください、このまま貴族院で罪人として裁判にかかるか、王都にあるファステン前侯爵家で平民として下働きをしながら夫婦仲良く暮らすのか」
ヒュッと父の喉が鳴りました、前侯爵である祖父の元へ行けば自分がどんな目に遭わされるのか、理解しているのでしょう。
ファステン侯爵家の傍系としてカルバーノ子爵家当主となった娘と結婚した父が長く不貞を働いてきた証拠は義弟の存在だけでも明らか。
腹違いとなる義弟は私と同じ年齢、それはそのまま母を裏切っていた年月の長さなのだから。
さらにこの三年に及ぶ私への仕打ちとカルバーノ子爵家乗っ取り工作。
お祖父さまの怒りは凄まじいものです。
「少なくともお祖父さまの元でならその女には人間的な生活はさせてあげられるでしょう?」
父は人間的な扱いをされるか知らないけれども。
「サミエルだけは私が引き取るつもりですが、こればかりはサミエルの気持ちもあるでしょうから、サミエル」
私は青い顔をしている義弟であるサミエルに向き直ります。
別に私は義弟であるサミエルに対して怒りはありません。
私との接触こそ義母に禁じられていたようですが、学園でも彼は私を義姉として扱ってくれていましたし、何より目の前の二人よりずっと優秀で聡い義弟もまた私と同じ被害者でもあるのですから。
「あなたがここに残るつもりなら私が保護します、ただしそのお二人とは縁を切っていただきますが」
このまま夏季休暇明けからも学園へ共に通い貴族籍を置いたままにするのか、そうでないならそこの二人と共に貴族院で謀略の罪を裁判で裁かれるか、前侯爵家に行き平民として下働きとして向かうか。
私はサミエルに選択を委ねました。
「酷い!」
それを聞いた毒婦が掴みかからん勢いで私に怒鳴りつけました。
「酷いのはあなた方でしょう、これでも随分と譲っているのがわかりませんか?そう、所詮平民であるあなたにはわからないわよね?わからないならばその知性の欠片もない口を閉じていなさい」
私の言葉にあんぐりと口を開けたまま黙った義母を一瞥してサミエルに返事を迫ると、サミエルは一歩私の前に出て力強く頭を下げた。
「彼らとの縁は切ります」
「わかったわ、後のことは明日にでも話し合いましょう、セバスを呼んでくれる?」
「はい、義姉さん」
サミエルは応接室を出ると、入り口に控えていた家令のセバスを入れ替わりに応接室へ通した。
「二人をお祖父さまのところへ」
いつまでも選択しない父に呆れた目を向ける。
「後はお祖父さまの判断に任せましょう」
喚く義母が暴れるのを侍従たちが取り押さえ、呆然とする父と共に引き摺りながら応接室から連れ出され、やがて馬車に詰め込まれた二人が少ない荷物を持ち王都の前侯爵邸に向かうのを窓から見送りました。
この国で成人となる十五歳の誕生日に私は父と義母を追い出し正式にカルバーノ子爵家当主となりました。
王立学園一年生の夏の終わりのことです。
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