第25話 人気ぶりと思惑

「1次選考、2位通過、か……」


 私は昨日のことを思い返す。

 全てを出し切って歌ったつもりなんだけど、1位通過はできなかったんだ。

 それでも2次選考に行けただけいいかな?

 でも、1次選考で2位ってことは……2次選考で3位以内に入るのは難しいかもしれない。

 審査員は5人いて、それぞれ100点満点がつけられる。

 その合計点、つまり最高500点の点数で競うんだけど……他の学校に、負けちゃったんだよね。


「よしっ、気を取り直して、楽しく演奏を聞くよ!」


 今、びっくりなことに、私たちは愛知に来ている。

 関東でも愛知に近い方だったから、新幹線で来ることができた。

 お金は、今まで一度も顔を見せたことのない謎の顧問の先生が出してくれたらしい。

 ここは愛知市民会館。

 観客はめっちゃくちゃいっぱい!

 耳を澄ますと、『北原学園』という単語がめっちゃ聞こえる。


「やっぱり、愛知では北原学園が有名なんだな……」


 かずかずが周りを見回した、その時。


「あ、あのっ!!」


 可愛い女の子が私たちに話しかけてきた。


「どうかしましたか?」

昨日さくじつの茨城県大会で2位通過した花里学園の皆さんですよねっ?」


 え、私たちのこと知ってるの⁉

 たった1日前のことなのに……!

 私たちは顔を見合わせる。

 そして、フッと笑い合った。


「はい。花里学園軽音楽部です」

「ああああのっ、サインくださいっ!!」


 そう叫んで女の子が差し出したのは、ペンと色紙いろがみ

 ※こういうのって色紙しきしって読むんだよ。


「サ……サイン?」


 その言葉を聞いて、周りの人たちが集まってくる。


「もしかしてあの花里学園⁉」

「ちょっと色紙買ってきて!」


 なぜか騒ぎになってるんだけど⁉

 まぁしょうがないよね……こんなにイケメンだし……。

 そう思っていたら。


「私、桜庭さんの大ファンなんです! サインください!」

「俺もですっ。昨日のVTR見て憧れましたっ。サインください!」

「えええ⁉」


 なぜか私の方にも色紙を持ってこられちゃったんだけど⁉


「はははははははははははははぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい! ちょちょちょっとそれぞれ横に並ぶんで順番に来てくださぁぁぁぁい!!」


 かずかずがびっくりしすぎて壊れたよ。この状況でもこうやって整理できるのってすごいな……。

 って思ってたら、大和くんに立たされた。

 そんで前を見てみたら……。


「ええええええ⁉ なんでいるのぉ⁉」


 終わりが見えないような行列が、私のところにあるんだけど⁉


「コンテストまで時間ねぇんだ。ちゃちゃっとサイン書け」


 隣にいる大和くんが私に向かって呟いた。

 腕時計を見ると、コンテストまで30分だ。


「やばいやばい!! はいっ書きます!」


 サインなんて書いたことないよー!

 って思ったけど、それだけ愛知では軽音楽が愛されてるんだな~って、古参でもないのに思ってしまった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「それではエントリーナンバー20番、北原学園の皆さんです」


 アナウンスの人がそう言って、7人が出てきた。

 その中には、北原さんもいる。

 口笛や拍手が周りに巻き上がる。


「このコンテストを現在2連覇中と、快進撃の北原学園。今年もコンテスト3連覇に向けて猛練習をしてきたようです。衣装も凝っています! 最初の一歩となる1次選考ではどのような曲を演奏するのでしょうか? それではお願い致します」


 右側に座っているイケダリフォートップ。

 今になっても周りからの視線が……。

 やっぱりイケメンだから?


「私たち北原学園は、今年は友情の歌で勝負したいと思います。曲名は、『音色のようなフレンズ』です」


 北原さんがそう言い切った時、こっちを見た。

 その口は――笑っていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 男性のボーカル。軽音楽では普通のこと。

 私みたいな女のボーカルの方が、少ないんだ。

 北原学園のメインボーカルはもちろん北原さんだ。


「♪君と共に観たあの夕陽」

「♪大好きだったあの公園」

「♪傷ついて 悲しんでも」

「♪君がここに居たらいい」


 メインボーカルが北原さんなだけで、クオリティの高い北原学園は全員が歌うらしい。

 全員、声も、曲も、ものすっごく良かった。

 私はその演奏に引き込まれて――。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 コンテストはあっという間に終わった。


「北原さん、イケボだったな……」

「小学生の子もドラムめっちゃ上手かったよな~」


 余裕の1位通過。

 審査員からは満点をもらっていた。

 演奏を思い出して余韻に浸っていると。


「花里学園の皆さん」


 聞き覚えのあるイケボが耳に入ってきた。

 バッと振り向くと……やっぱり、北原さんだった。


「今回は、私たちの演奏に足を運んでくださりありがとうございました。……2位通過でしたよね」


 少しけなすような言い方だけど、目は笑っていなかった。

 だからって冷たいわけでもないし、感情が読み取れない。


「……はい」

「でも私たちはあの演奏を見て、絶対に4次選考まで勝ち進めると確信しました。あなたたちにはその才能があります」

「……!」


 北原学園にものすごく褒められたのに驚き、かずかずが一歩後ろに下がる。


「2次選考の結果も、3次の結果も、楽しみにさせて頂きます。それでは」


 真顔のままそう言って、北原さんは他の生徒を連れて行ってしまった。

 やっぱり、あの人の思ってることはよく分かんないよ……!

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