破壊工作員、辞めます。~入学試験で学園丸ごと破壊したのに、なぜか人間の英雄にされそうなんだが?~

読永らねる

序章 破壊工作員・ナグナ

破壊工作員、壊す。

「うわあああ!!! 逸れてる! 逸れてる!」


「にっ、逃げろオォォォ!!!」


 魔法学園ではすっかり入学試験の定番となった、得意な魔法での的当て。

 目的はコントロールや威力の才能を調べることであり、受験者は互いの魔法を見て一喜一憂する。


 ここダンマーク魔法学園は人間界でも超一流の魔法使い育成期間。受験のレベルは高く、時折現れる天才に対し歓声が上がることはある。


「ヤバいヤバいヤバい! 先生方は防護魔法を!」


「なんでもいい! 姿勢を低くして頭を守って!」


 ――阿鼻叫喚である。


 試験を受けていた一人の亜人。彼の放った魔法は的を大きく逸れて、校舎の方へと飛んでいく。

 質量すらありそうな恐ろしい密度の魔力の塊は美しい放物線を描いた。



 そして数秒後。



 着弾した場所から崩壊するように、ダンマーク魔法学園の校舎は崩壊した。


 ……崩壊した。


「俺は……なんてことをしてしまったんだ!」


 魔法を放った亜人の青年は、自分でも想定外と言いたげに頭を抱えて狼狽えている。

 しかし、その口元がばっちりニヤけていた。


 不思議な雰囲気の青年だ。

 強く赤みがかった肌、少しくすんだ色の白髪。左のこめかみあたりから前方へと生えた白く輝く片角。

 黒目は金色で、白目にあたる部分は逆に真っ黒。


 他の受験者が各々杖やローブ等を身につける中、彼だけラフな格好で手ぶらなのも異質感を増している。


「校舎が……」


 校舎は全壊。中に人がいれば当然無事では済まない。


 そして、それこそが亜人の青年の目的だった。


(一つ目の指令はクリア……と)


 青年の名前はベステコ=ナグナ。

【魔王軍特殊部隊 破壊工作員 潜入班】そのリーダーである。


 まぁ……リーダーとは名ばかりで、潜入班に彼以外のメンバーはいないし、特別な手当は無い。


「ど、どうしよう! こんなの立派な犯罪じゃないか! うわぁーどうしよう! うわー!」


(ン〜おっかしいな? 牢獄へ連れていってくれるはずなんだが……?)


 学園の破壊、そして警吏に連行してもらい、次は牢屋を破壊。

 王国を混乱させ、人間側に大打撃を与えるという、実に完璧な作戦のはずだった。


 ……はず、だった。


「中にいた……人達は……?」


 受験者の群れの中から震えた声が上がる。

 この状況では至極当然の不安に感じるが、残念ながら的外れだ。


「アンタ知らなかったのか? 旧校舎はもう無人だよ」


「「へぇっ?」」


 ナグナと、不安げな声を上げた少女が同時に気の抜けた声を上げる。


 そうなのである。


 ほんのひと月前に完成した新校舎に生徒も先生も移動済み、旧校舎はもぬけの殻だ。


(オイ聞いてねェぞ! せめて試験前に説明しろよ!)


 王国内では大々的に進められていた事業なので、国民なら知っていることである。


 田舎から来た少女や、破壊工作のために今日やってきた工作員を除いて……の話だが。



「凄まじい力だ……学園には何重にも魔法抵抗が掛けられた建材を使っているのに」


 校舎の瓦礫を拾い、試験官の一人が呟く。その隣の試験官は瓦礫の山を見て嬉しそうだ。


「ふ、ふはは! 確かに無人だから壊しても大丈夫だが、ここまでやるとはな!」


「お……おぉ、そうだな! ここまでの逸材はこの先数十年は現れないだろう」


 魔法に詳しい試験官二人は大興奮、目を輝かせてナグナに駆け寄った。


「君! 確かナグナくんだったね! 今すぐ一緒に王宮へ行こう!」


「英雄の誕生は久しぶりだなぁ!」


「オイオイ、まだ決まったわけじゃないぞ?」


「はっはっは! お前もわかってるくせに」


 いい年をした中年男性の肩組みダンスに、ナグナは顔をしかめる。作戦の失敗以上に彼にはキツイ光景だった。


「え……英雄?」


(英雄ってのは……アレだろ? 凄い魔物……みたいな? 四天王様みたいなアレか?)


 人間における英雄がよく分かっていないナグナが混乱している内に、中年男性二人の肩組みに強引に取り込まれた。


(クソッ……次は牢獄だぞ? 何とか憲兵を呼ばなきゃなんねェのに……っていうか臭ェ! 人間のおっさん臭い!)


 三人四脚で連れ去られそうになったナグナは、必死に考えを巡らせた。


「お……俺は罪を償わなければいけない!」


 せっかく学園を破壊したのに、人間が死ななかったせいで罪がないだと? 罪がないなら、逆に謝れば悪かったことになるんじゃないか?


 逆転の発想というにはあまりにガバガバだったが、ナグナはとりあえず試験官の足を止めることに成功した。


「ふぅむ? 悪いことなんて……ねぇ?」


「強いていえば、さすがにちょっと崩れすぎたな。片付けは大変だが」


 『崩すと片付けが大変になる』イコール崩すのは罪!


 ――つまり。


 『もっと崩せばもっと大変になり、罪は重くなる!』


 ナグナの脳内で完璧な理屈が出来上がる。


「どいてな」


 試験官や受験者たちに一言注意し、ナグナはもう一度瓦礫の山に手を向ける。


『クラック!』


 詠唱と同時に、今度は不可視の魔力が吹き抜ける。


 ナグナの使えるたった二つの魔法。

 一つは学園を破壊した超物理破壊特化魔法『クラッシュ』

 そしてもう一つの『クラック』の効果は――。


「……? 何ともないようだが?」


 試験官の一人が、構えたままのナグナと瓦礫を交互に見る。


「チッチッチ……何ともなくないんだなぁ、これが!」


 ドヤ顔で天を指すナグナだったが、彼が期待する風は全く吹いていない。


「おい! 誰か風魔法使えねェか!」


 後ろを振り返り、受験者達へ声を上げる。

 だが、当然すぐには返事がない。

 風魔法が使える者はいても、ナグナの意図が理解できる者はいなかった。


「……やれやれ」


 ため息をつきながら一人の受験生が前に出てくる。


(……なんか昔食ったウサギに似てンな)


 ナグナからの第一印象は人ですらなかった。

 淡いクリーム色の髪の毛、口も鼻も小ぶりで、これまた淡い赤色の目。

 身長も平均よりは低く、外見で判断すれば間違いなく『か弱い女の子』に見えるだろう。


(((……何かあったら助けに入ろう)))


 あまりにナグナと女の子の体格が違いすぎるので、周囲はそう構えていた。


 少女の名前はワタガシ=コノメ。

 ワタガシ家は綿を主に扱っている小さな商家だ。


「言っておくけど、私の魔法は瓦礫なんて飛ばせないからね」


 なぜか少し不機嫌そうなコノメに対し、ナグナは肩をすくめた。


「適当に撃ってくれりゃいいンだよ」


 ナグナは軽口を叩きつつ、実力はどんなものかとコノメを目で追っていると――


「きゃっ」

「あっ」


 短い声をあげ、ナグナの目の前でコノメが大きくつんのめった。


「……っぶねぇな」


 ナグナは軽々と腕一本でコノメを受け止める。


「わわっ!?」


 衆目の前で転んだ恥ずかしさでコノメは真っ赤になる。


「あ……ありがと」


「なんか赤いぞ?」


「へっ? え、うん、大丈夫大丈夫!」


 よく分からない返事をしつつ、コノメはナグナから離れた。

 それを見てナグナは怪訝な顔をする。


「こ……こほん。では改めて」


 瓦礫に向かって立ち、持っていた杖をコノメはわずかに掲げる。


『シィガ・バースト!』


 猛烈な風が吹き、大量の瓦礫は砂状になって飛んでいく。


「おぉおおぉ!」


 受験者や試験官から再び歓声が上がる。


 もちろんコノメの風魔法が瓦礫を砂にした訳では無い。ナグナの『クラック』で脆くなっていたからだ。

 更に、入学希望者が中級魔法を使ったことに周囲はざわめく。


「おいおいシィガ級? 嘘だろ」

「俺、ティーバ級も撃てねぇよ……」


「すげぇな、あのちっちゃい子」

「的当てはまだ順番待ちだったんだろ? コントロールも見たかったなぁ」


「……ふふん」


 聞こえてくる賞賛に、コノメは嬉しそうに胸を張っている。

 実際、ナグナさえいなければ間違いなくこの年の主席だったはずだ。


「まぁまぁだな」


「……」


 風の四天王の魔法を見たことがあるナグナがそう呟くと、無言でコノメがナグナに杖を向ける。


(うわ、コイツいざとなったら撃ちそうだな)

(よし、次になんか言ったら撃とう)


 二人がくだらないことを考えている間に、試験官の二人は残った瓦礫を確認しに行った。


「これは……魔法そのものが破壊されている……!?」


「なんという事だ……!」


 ナグナのもう一つの魔法『クラック』は魔法破壊に特化した魔法。

 魔法そのものを破壊する。ちゃぶ台返しのような魔法だ。


 走って戻ってきた試験官はナグナの両手をがっちりと掴み、高く掲げる。


「な、なんだ!? あァ?」


 受験生やその親、他の検査をしていた試験官まで、近くにいた人々がどんどん集まってきた。


「「新たな英雄候補の誕生だ!」」


「「「うぉおおおおぉ!!!」」」


 二人の音頭に合わせて、誰もが声を上げて喜んでいる。


「……ちぇっ」


 訂正。コノメ以外は喜んでいる。


 興奮しすぎてべたついてきた中年試験官の手をちょっと嫌そうに振り払い、ナグナは数歩前に出る。


「なんだかよく分からんが……喜べ! 俺が英雄候補だァ!」


 応えるように歓声が数倍に大きくなる。

 ナグナは恍惚の表情だ。すでに破壊工作をしに来たことなど忘れている。


 こうして

【魔王軍特殊部隊 破壊工作員 潜入班】のリーダー。ベステコ=ナグナは、新たな英雄候補(?)になった。


「わはははは! すぐに候補じゃなく英雄になってやらァ!」


 その英雄はすでに破壊工作とは真逆の道に向かっているのだが、本人は全く気にしていない。


(魔界でも権力がある奴はなんでもオッケー、英雄になればどんな破壊工作もやりたい放題だぜ)


 破壊工作を行う英雄などいるわけが無いが、残念ながらナグナのいた魔界は無法地帯。狂った英雄は星の数ほどいる。


(アイツが英雄に……? どうしよう……そうだ!)


 すっかり人の群れまで押しやられ、遠くからコノメはナグナを睨んでいた。


 破壊工作員が可愛く思えるほど頭のおかしい女に目をつけられたことに、まだナグナは気がついていなかった。



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