第九話 サブヒロイン(王女殿下)を助けた結果、またもや不本意なことになった


 復讐の仮面鬼と高貴なるスレイブのパッケージには、三人の美少女達が描かれている。


 センターを担うのはエリーゼ。


 そして、その左隣に配置されているのが……


 今、何者かに襲われている彼女、クラリス・リングヴェイドである。


「――――っ!」


 夜闇の中、クラリスが苦悶の声を上げつつ、側転する。


 たなびく桃色の美髪。

 次の瞬間、その一部が脈絡もなしに消失した。


 敵方の攻撃によるものであろうことは間違いないが、しかし、その詳細は不明。


 さりとて、それは夜闇に紛れたことが原因ではない。


 敵方の攻撃は、完全なる不可視の一撃であった。


 それを繰り出した襲撃者の姿もまた、目視での確認が出来ない。


 けれども。


「ファイア・ボール」


 我が異能、適応の力により、俺は相手方の姿を明確に認識出来ている。


 ゆえに一撃を放ち……

 予定通りの空転。


 原作においては直撃させたうえで秘密裏に捕縛し、後々、尋問を行うという展開となっていた。


 けれども。

 先々の展開を知っているがゆえに、俺はあえて攻撃を外し……


「退けば見逃してやる。さもなければ、ここで死ぬことになるぞ」


 形ばかりではあるが殺気を放ってみる。


 と、相手方は喉を鳴らし、夜闇の只中へと消え失せた。


 ……よし。

 これで必要以上の干渉は避けられるだろう。


 だが代わりに、問題となってくるのは。


「ゼスフィリア家の、アルヴァート様、でしたわね?」


 このクラリスを相手取った問答であろう。


 彼女は制服の汚れを払った後、優雅に一礼すると、


「まずはお礼を述べさせてくださまいませ。貴方様のおかげで、無事に危機を乗り越えることができましたわ。まことに、感謝しております」


 麗しの美貌に華やかな笑みが宿る。


 これを目にした者は男女を問わず、彼女の虜となるだろう。


 まるでサキュバスのような魔性……

 いや、まるでではなく、彼女はといえるわけだが。


 さておき。


 相手方が単なる美少女であれば適当なことを述べて去るところだ。


 けれどもクラリスはそこらの生徒とはワケが違う。


 ゆえに俺はまず、彼女の前で跪き、


「……もったいなき御言葉です、殿


 そう。

 クラリス・リングヴェイドはこの国の第三王女である。


 それも王位継承権・第二位という超上位存在。


 さりとて彼女はそれを笠に着るようなことはせず、


「顔をお上げくださいませ。ここは公の場でもありませんし、そもそも、わたくし達は同じ学び舎で時を過ごす同胞ではありませんか。そこに上下などございませんわ」


 ……彼女の言葉は上辺のものではない。


 クラリス・リングヴェイドは聖女の如き人格者である。


 ゆえにこそ原作にて、アルヴァートは彼女に惹かれたのだ。


 クラリス・ルートの序盤。

 意外にもアルヴァートは純愛を貫こうとした。

 彼の穢れきった心すらも、クラリスは浄化していたのだ。


 しかし……

 その本性を知ったことで、アルヴァートの心模様は一変する。


「さぁ、お手を取ってくださいまし。そして……貴方様のお顔を、よく見せて?」


 言われるがままにクラリスの手を掴み、立ち上がると。


 彼女の美貌が、すぐ間近まで迫ってくる。


 もうあと数センチ進めば、唇同士が接触するほどの超至近距離。


 そんな立ち位置のままクラリスは瞳を細め、


「魔法で認識を阻害されておられるのですね。やはり噂通りの《魔物憑き》、ですか」


 真剣な声音を発し、さもシリアスな展開を演出しているが。


 手先が彼女の本性を表していた。


 掴んだ手を離そうとせず、それどころか指を絡ませ合う恋人繋ぎに変え、すりすりと擦り合わせてくる。


 ……気にはなるが、意識を向けるようなことはすまい。


 俺は平静を装いつつ、口を開いた。


「お見苦しい風貌ゆえ、隠し通そうと考えたのです。されど殿下の目を欺いているというのもまた事実。それがご不快でしたなら、謝罪させていただきます」


「い、いえ。違うのです。そうではなく……貴方様はやはり、お噂通りの御方だったのだな、と」


「噂?」


「えぇ。夜王様の転生体である、とか」


 ここに至り、彼女は己が本性をより強く曝け出してきた。


 一歩前に出て、体をくっ付け……

 作中一の巨乳を、こちらの胸板に押し当ててくる。


 むにゅりと形を変えるクラリスの乳房。


 これは天然でやっていること……ではない。


 彼女は聖女であると同時に。


 とてつもない、性女ビッチでもあるのだ。


「あぁ、貴方様に、どれほど恋い焦がれたか……!」


 熱っぽい瞳には虚偽の色など微塵もない。


 クラリスが向けてくる好意は本物である。


 だが……

 ルミエールのときのように、食指が動くようなことはなかった。


 なぜならば。

 この美しい王女殿下は、誰にでもこんな態度を取るからだ。


 クラリス・リングヴェイドはまさしく稀代のビッチである。


 好意を向けてくる相手、あるいは好意を向けた相手に対し、彼女は一切の遠慮をしない。


 性別も年齢も立場も関係なく、誰とでも関係を持つ。


 おそらく今宵、校庭内をうろついていたのも、生徒の一人、ないしは複数と交わるためであろう。


 そんな本性を知ってしまったがために、アルヴァートはショックを受け……


 想いを裏切ったクラリスを徹底的に陵辱。


 そして彼女が関係を持った相手全員を集め、その眼前にて……


 といった展開の末に、なんやかんやあってセシルに惨殺されるのだった。


「アルヴァート様。わたくしは、貴方様を――」


「当方はあくまでも臣にございます、殿下。いうなれば貴女様の道具に等しい。そのようなものに情を見せてはなりませぬ」


 冷然と言い切ってから、俺は彼女から身を離した。


 クラリスはエロゲのヒロインであるからして、肉体はまさしく一〇〇点満点。


 こちらに向けてくる純粋な好意もまた、魅力的に思える。


 だが。

 彼女はあまりにも、ビッチが過ぎるのだ。


 どこの誰とも知れぬ者と穴兄妹になったなら、後にどんな問題が生じるやらわかったものではないし、そもそも王女とのまぐわいなど一般的な人生から乖離し過ぎている。


 そうした理由から、俺は決して、この少女にだけは手出ししないと決めているのだ。


「……貴方様はやはり、常に冷徹な御方、なのですね」


 こちらの意図が少しでも伝わったのか、どうやら諦めてくれたらしい。


 繋いでいた手も離したうえで、彼女はこちらの顔を真っ直ぐに見据え、


「……先ほどの襲撃者。貴方様であれば捕縛出来たのでは?」


 話を桃色のそれから、正真正銘のシリアスへと、変化させる。

 そんなクラリスの問いかけに対し、俺は次のように答えた。


「おっしゃるとおりにございます殿下。されど、今宵はあえて取り逃がしました」


「理由を、聞かせていただいても?」


「おそれながら……殿下にも、お話出来ません」


 一般的な貴族であれば、このような受け答えは許されない。


 だがクラリスはこちらのことを夜王の生まれ変わりであると信じ込んでいる。


 であれば。


「……了解、いたしましたわ。貴方様の深淵なるお考えを、妨害するつもりはございません」


 とまぁ、このように勘違いをしてくれる。


 本当はただ、今宵の襲撃者とこれ以上深く関わりたくないという、それだけなのだが。


「では、殿下。当方はこれにて失礼いたします。……お望みであれば、目的の場までエスコートさせていただきますが」


「いえ。貴方様のお時間をこれ以上取るわけにはまいりません」


 かくして。


 長い長い入学初日が、ようやっと、終わりを迎えたのだった。



 ――翌日。


 目覚めと同時に、俺は全身に柔らかな感触を覚えた。


 その正体はルミエールである。

 彼女がこちらの体に、その魅惑的な肢体を絡ませていたのだ。


 クラリスとの一件を終えた後のこと。

 自室へ戻ったところ、ルミエールは全裸のままベッドの中で待機しており、


『兄様。ルミと一緒に眠るのは、お嫌ですか……?』


 断れば問題になるかと判断し、彼女の望み通りにしたのだった。


「えへへ……♥ おはようございます、兄様……♥」


 朝の挨拶を口にしてから。

 ルミエールがこちらの頬に「ちゅっ♥」とキスをする。


 ……様々なことを辛抱せねばならぬ、実に辛い朝であった。


 その後、俺はルミエールと共に朝の準備を済ませ、登校。


 はてさて。

 学園生活が本格的に始まったわけだが、本日はいったいどのような目に遭うのだろうか。


 さすがに昨日ほどのビッグイベントは起きないと思――


「ア、アルヴァートっ! 今日もよい朝だなっ!」


 背後より聞き覚えのある声が飛んできて。

 次の瞬間、左腕に柔らかな感触が伝わってくる。


 ……エリーゼだ。


 エリーゼがこちらの腕に自らのそれを絡ませ、豊満な乳房を押し付けている。


「……ミス・エリーゼ。大胆が過ぎるかと」


「な、なにを言うっ! 我々は夫婦なのだから、これぐらいは当然であろうっ!」


 この受け返しに周囲の生徒達が騒然となるが……あえて耳には入れない。


「むむむっ……!」


 エリーゼに対抗意識を燃やしたのか、そのとき、ルミエールが腕を絡ませてくる。


 必然、彼女の双丘もまた、こちらの腕に押し付けられ……


 まさに爆乳のサンドイッチ状態であった。


「ははっ。両手に花だね、アルヴァート君。実に羨ましいよ」


 セシルがいつも通りの笑顔を浮かべ、こんなことを言ってくる。


 相も変わらず感情と思考がまったく読めない。


 ……朝から、このザマか。


 だがさすがに、もうこれ以上は……


「おはようございます、アルヴァート様」


 すぐ近くから飛んで来た声は、確実に。


 クラリス・リングヴェイドのそれであった。


「お、王女殿下っ!?」


 エリーゼがこちらから身を離し、相手方の目前にて跪く。


 それに倣う形で、俺達を含む生徒一同がクラリスへと平伏した。


「皆様方、どうか楽になさってくださいませ」


 太陽もかくやとばかりの、眩い笑顔。


 クラリスは周囲にそれを振りまいてから、こちらへと目をやった。


 昨夜と同様に熱の入った眼差し。

 だが……気のせいだろうか。


 その本質は昨夜のそれと大きく異なっているような。


「アルヴァート様」


「は。何か、ご用命でしょうか」


 これに対し小さく頷いてから。


 クラリスは。

 第三王女殿下は。


 ――貴人学園の、生徒会長は。


 俺にとっての不都合を、堂々と口にした。


「我が生徒会に、貴方様を迎え入れたい。わたくしはそのように考えておりますわ」

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