春鳥

 私・カナコは夫と娘と一緒に花屋を営んでいた。夫は最近病で亡くなってしまったため、夫の分も、娘のモモと一緒にもっと頑張らないと!そう意気込んでいた。

 ある日、今日は花束の予約が入っていたため、私はカウンターで花を選んでいた。注文は、大好きな先生へ贈る、赤とかピンクっぽい色の花束。先生の好きな色らしい。なんにしようかな。この季節だったら…。そう考えながら店内を見渡していた。


「あ、そうだ。」


 確か、前綺麗な組み合わせだと思ったものをノートに書いておいたはず…。そう思って、カウンターの引き出しを漁った。その時、ありえない声が私の耳をつんざいた。


「きゃああああ!」


 娘だ。何事だと思い、店先を見ると…。娘が腕を掴まれている。娘の腕を掴んだやつは大きな口をがぱぁと開けて、よだれを垂らした。

 知っていたのに。人間は美味しいらしいということは知っていたのに!なんで娘に水やりを任せてしまったんだろう!すぐそばにあった花切りハサミを取って、娘の元へ向かった。


「放してください!」


 『何か』の腕にしがみつくも、弾かれてしまった。花々のある場所へ吹っ飛んでいく。


「人間の娘はいいなぁ…!格別にうまいんだぁ…!一本だけ…一本だけでいいから…!」

「やめて!やだよぉ!助けて!」

「指なんて10本もあるんだし、一本くらいいいだろ…!」

「モモ!」


 ハサミを腕に突き立てるがびくともしなかった。またすぐに振り払われてしまう。後頭部を打ってしまった。

 周りは助けてくれない。戸惑っているだけだ。


「お母さん!お母さん!助けて!」


 ジタバタともがく娘を、『何か』は煩わしそうに見た。そして、もう口に入れてしまえとでも言うように再び口を大きく開ける。

 モモ!必死に名前を呼ぶが、頭が朦朧としてきた。

 何かの口の中に、モモの右手全てが吸い込まれる。もうダメだ!そう思った時。素早い風切り音が鳴った。

 ビュオオッ!


「大丈夫ですか?」


 気づけば、髪を二つ、お団子にに結んだ黒髪の女の子が、娘を抱えて立っていた。ニコニコして、優しい笑顔だった。

 続いて今度は重めの音が響く。

 ドンッ!


 『何か』が吹っ飛んでいった。『何か』よりも小さい、男の子が歩いている。『何か』は逃げようとするが、背を向けた途端に地面に頭をめり込まされていった。

 そして気づけば、パタリと倒れていた。


♢♢♢


「よし。仕事完了。…なかなかやるじゃん。」

「ありがと〜。お怪我はありませんでしたか?着くのが遅くなってしまってすみません。」

「ありがとうございます…!ありがとうございます…!」

「娘を助けてくださり、ありがとうございました…!」

「いいえ〜。私、ここ好きだったので、ちょっと頑張っちゃいました〜。それじゃあ、あとはクリーン部隊が来るので。さようなら〜。今度買いに来ますね〜。」


 無言で帰ろうとする俺とは違い、モナはニコニコと挨拶してからその場を去った。

 少し離れた後も、喜色満面きしょくまんめんだった。だいぶ気まずくなくなり、少しだけあの『何か』に感謝してしまう自分がいた。

 時間を確認すればもう1時。


「モナ、何か食べに」


 ぐううぅぅ

 モナのお腹が大声で叫んだ。


「…行こうか。」

「うん…。」


 近くの定食屋に入り、俺は回鍋肉ホイコーロー、モナは鯖の塩焼きの定食を食う。

 器用に鯖の骨を外すのを見て、育ちがいいんだろうなと悟った。俺、魚の骨外すの苦手なんだよなぁ。

 ひと口ひと口をとても美味しそうに食べる姿を見て、やっぱり少し面白いと思ってしまった。

 もう少しで俺が食べ終わる頃、時折モナは目を擦り始めた。


「大丈夫?」

「あ、うん。ちょっとカラコンが…。」

「ん?カラコン?」

「あーえっと、カラーコンタクトって言って…。」

「そういうことじゃなくて…。目、わざと黒くしてるの?」

「うん。だって私、元がこれだもん。」


 モナがすぐに右目のカラコンを外すと、色が大きく変化した。

 黒から、薄い黄緑色へ。少し黄色っぽくも青っぽくも見えるその瞳は、俺と近いものを感じた。


「私もお母さんが、『何か』なんだよね〜。」


 すぐにカラコンを戻し、元の黒い瞳になったモナが話した。


「でも宝石はないから、安心してね!」


 ピッと胸を張って誇らしげにする。やっぱりこいつ…精神年齢12歳くらいに見えるな…。


「髪は普通に黒いのに、目はこんな色だからさ〜カラコンつけてんの。より人間っぽく見せたいからね。コウはそんなこと思ってないみたいだけど。」

「まあ、めんどいし。」

「確かにね〜。…私、家族以外の誰かにこの目、見せたの初めてかも。」

「マジで?」

「マジで。なんか嬉しいなっ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る