逃亡見聞録

白野 大兎(しらのやまと)

プロローグ

 例えるなら。捨てられた町と呼ぶのがふさわしい。

 北の国ヘミスフィア属国の貧民街。

 止まった時計台。髪の毛のようにだらりとぶら下がる電線、古びた建物。吹いてくる風は冷たく、さびた鉄骨をぎいぎいと唸らせた。塵と煙が漂っていて、太陽の光は濁ったまま。積もった雪すらすぐに灰と混ざり黒く染まった。

 流れる水もどろりとしていて飲めるものではなかった。

ひどく息がし辛くて、広くて狭い空を見上げては思った。

どうやってここまで生きてこられたのだろう。この空の下で、この空気を吸い、ここの物を食べて、生きていけるなんてできるのだろうか、と。

 第七研究所。

 この捨てられた町にできた、ドーム状の建物。ゴミの中にあるキラリと光る銀色のそれは、その町の人々の目に映らない日はなかった。

 軍事国家ヘミスフィアが誇る生命科学施設として大々的に建てられたそれは、さびれた町に違和感を漂わせたが、くしくも雇用制度として機能した。研究所の隣に建てられた発電所も、主に研究所の電力とされたが、人々の生活を豊かにしたのは言うまでもない。

 軍事国家の恩恵を受け、町の生活はわずかながらに改善された。

 それもつかの間の出来事だった。

 軍人が、町を占拠し始めた。

 迷彩柄の服に身を包み、真っ黒な帽子を被り、町を闊歩する彼らを、住人はいいようには見なかった。彼らはあくまで研究所の警備としてやってきたにすぎなかった。町の治安や生活の改善のためではない。人として住む町ではなくなったのだ。

 垂れ流される廃液と、戦火と血にまみれてヘミスフィアは灰色の国になった。


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