第19話 清水姉妹とのショッピング②
「愛さん、清水さんにどうしてあんな煽るようなこと言ったんですか?」
余裕そうにまだ試着室に残っている愛さんに疑問を投げかける。愛さんなら、あんな風に言えば清水さんが勝負に乗ると分かっていたはずだ。
「たまには圭にいつもと違う雰囲気の服買ってほしくてさ」
「というと?」
「圭って普段ボーイッシュな服しか着ないからさ。確かにカッコいい系の服も似合うけど圭は綺麗で可愛くもあるんだから、そこも生かすような服もたまには着てほしいじゃん? だからこの勝負を挑んだわけ。このお店はさっきもちょっと言ったけど、可愛い系とか綺麗系の服が多いからちょうどいいと思ったんだよね」
「なるほど。そういう意図があったんですか」
愛さんには愛さんなりの考えがあったようだ。
「まあ私がいつもと違う服装の圭を単純に見てみたいというのもあるけどね。ということで私もそろそろ着替えて二着目探してくるよ」
愛さんはそれだけ言うと試着室のカーテンを閉めた。そこである疑問が生まれた。
(あれ、二人が服を選んでる間、僕はどうすればいいんだろう?)
疑問は解決されることはなく、結局二人が試着する服を決めるまで僕は店内で虚無の時を過ごすことになった。
「よし、圭も何着か服を選んできたみたいだね」
「おう。今更吠え面かくなよ」
あれから少し経ち、僕たち三人はお店の中の試着室が二つ隣接した場所まで来ていた。幸い他にお客さんは少なく試着に多少時間をかけても問題はなさそうだ。
「私は既に一回試着見せたから次は圭だね」
「分かった。着替えるからカーテン一旦閉めるぞ」
清水さんがいる方の試着室のカーテンが閉じられる。
「この中で圭が着替えてると思うとドキドキしない?」
暇なのか隣の試着室にいる愛さんが声をかけてきた。
「聞こえてるぞ。本堂、変な想像したら許さねえからな」
考える前に釘を刺される。確かに異性に自分が服を脱いだ姿を想像されるのは嫌だろう。
「想像の自由を奪わないで!」
誰の意見を代弁しているか分からないが愛さんが抗議を始めた。
「それは想像というより妄想だろ。まったく、もう着替え終わったぞ」
「ええ、早くない? 早着替えの達人さんですか?」
「なんでちょっと残念そうなんだ。カーテン開けるぞ」
カーテンが開くと、そこには、緑色のブラウスを着た清水さんが立っていた。下はベージュのロングスカートを穿いていて先ほどの愛さんと比べると脚の主張は少なめだ。ただ今日着ていたカッコいい私服とのギャップがあり少しドキッとした。
「……おい、なんか言えよ」
「圭、羞恥心に負けたね?」
僕がコメントを考えていると、愛さんがニヤッとしながら清水さんに声をかけた。
「は? な、なんだよ急に」
「確かにグリーンのブラウスとベージュのフレアスカートの組み合わせは似合ってます。でもね圭さん、私見たんですよ。圭さんが買い物カゴにミニスカート入れてるの。私が試着した時の反応からミニスカートの受けがいいと知っていて穿かない理由は一つしかない。ミニスカート穿くのが恥ずかしくなっちゃったんだね」
「なっ」
清水さんの反応からしてどうやら図星らしい。
「本当に可愛い妹ちゃんよな。だが勝ちはもらったぜ」
愛さんは右手を上に突き上げて既に勝ち誇った顔をしている。
「ま、まだ分かんないだろ」
「まあ一応そうだね。大輝君、君の感想を言ってあげてよ」
なぜか僕が愛さんの部下というか手下みたいになっている。
「は、はい。今清水さんが今着ているブラウスとロングスカートの組み合わせは落ち着いたちょっと大人な女性って感じがしていいと思いました」
「……お、おう」
清水さんが弱々しく返事をする。そんな反応をされるとこっちもどう対応すればいいか分からなくなってしまう。
「だけど私の生足には敵わないと」
「そんなこと言ってねえだろ。というか、それなら勝ってるのはお前が選んだ服じゃなくて脚じゃねえか」
「負け犬が吠えよる」
清水さんを煽ることにかけて、愛さんの右に出る者はこの地球上にいないだろう。
「誰が負け犬だ。噛むぞ」
「圭に噛まれるなら本望よ。それで大輝君、今のところどっちの服が好みかな?」
愛さんのキラーパスはどうやったら未然に防げるのだろう。
「どちらもそれぞれ良さがあると思うので決められないんですけど……」
「大輝君、優しさは時に何よりも人を傷つけるんだぜ? さあ、本音を言うんだ!」
「愛の発言はともかく、これは勝負だからどっちかにしろ」
どちらもいいと思うのは本心なのだけど、この場では決めなくてはいけないらしい。
「二人の試着をもう一回見てから決めてもいいですか?」
困った僕は選択を先送りにすることにした。結局選ぶのは一緒だがせめて一度だけで済ませたい。
「そうだね。最初からそういう話だったし、もう一度着てみてからにしようか」
「愛がそう言うなら私もそれでいい」
こうして対決は次のラウンドへと進んだ。
「さっきは私が先だったから次は圭に先行譲るよ」
「分かった。今度は私が先だな」
清水さんは再びカーテンを閉めて着替え始めた。
「まあ私の勝利はほぼ決まっているわけですが、圭さんはどうするのかな? ミニスカート穿いちゃう? それでも私がファーストミニスカートはいただいたから、インパクトに少し欠けると思うけどね」
「愛さんそこまで言うとフラグでは?」
対戦相手にここまで勝つと断言していれば、マンガの世界なら敗北コースまっしぐらだ。
「大丈夫、私くらいになると負けフラグの製造から破壊まで一手に引き受けてるから」
「折るくらいならはじめから立てるな」
「圭、着替えもう終わったの?」
「ああ」
そう言うと清水さんがカーテンを少しだけ開け、首から上だけこちらに出した。
「何恥ずかしがってるの? はっ、もしかして私よりも更に露出度の高い恰好を!」
「そんなわけねえだろ。ただあまり着たことない服だから慣れてねえだけだ」
「もう着てるんでしょ。ならいいじゃん。はい、オープン!」
「お、おい」
愛さんは清水さんが掴んでいたカーテンを奪い取り、そのまま開けた。
そこに立っていたのは純白のワンピースを身にまとった清水さんだった。
「なんだって……」
愛さんは清水さんの姿を見て膝から崩れ落ちた。
「肩とか露出していないシンプルなデザインの白ワンピだね。だからこそ逆に圭の素材の良さを十二分に生かしている。我が妹ながらあっぱれである」
「なんでちょっと上から目線なんだ。お前はどう思う本堂……本堂?」
「あ、ごめん」
思わずハッとする。清水さんのワンピース姿に目を奪われていて何も考えていなかった。
「謝らなくてもいい。それでどうだ?」
大急ぎで頭をフル回転させる。だけどいくら考えても今の清水さんにふさわしい言葉は思いつかなかった。
「やっぱ似合わないか……」
清水さんの表情は普段見せない憂いを帯びたものだった。そんな顔をしてほしくなくて僕は思わず口を開いた。
「似合ってる」
「本堂?」
「そのワンピース、清水さんによく似合ってるよ。綺麗だ」
「なっ、何言って……」
清水さんが表情を変える。その表情から今はもう悲しんでないことだけは理解できた。
「良かったね圭。綺麗だってさ」
「繰り返すな」
改めて清水さんの顔を見ると、いつもよりほんのり赤くなっている気がした。
やはり人に見せるには清水さんにとっては勇気のいる恰好だったのだろうか。
「清水さん、顔赤いけど大丈夫?」
「誰のせいだと……」
「圭は大丈夫だよ。言葉で示せない分、お肌が素直になっちゃっただけ」
清水さんの発言に被り気味に愛さんが答えてくれた。
後半はよく理解できなかったけど、愛さんが大丈夫と言うなら平気なのだと思う。
「何言ってるんだ。もう着替える」
そう言うと清水さんはカーテンを閉めた。
「ええ、もう終わりなの! まだ私、圭のワンピ姿スマホで撮影してないよ!」
清水さんからの返事はない。少しするとカーテンが再び開かれた。
そこには着替える前のボーイッシュな服装に戻った清水さんがいた。
「あ~、本当に戻しちゃった。圭のワンピ姿なんて激レアなのに……」
そう言って愛さんは存在しない涙を拭いていた。
「次は愛の番だろ。さっさと着替えろよ」
「私はもういいや」
愛さんはあっけらかんとそう言い放った。
「は?」
「さっきの圭のワンピが最強すぎて勝てる気がしないので降参します。参りました!」
「お前それでいいのかよ」
「うん! 圭のワンピ姿見れて大満足なので悔いはないよ!」
確かに愛さんの表情には後悔はみじんも感じられない。
「……勝った気がしねえ」
清水さんはそう言いながらワンピースを手に持ってレジの方へと歩いて行った。そして素早く会計を終えたかと思うと、また僕と愛さんがいる試着室前に戻ってきた。
「あれ、圭、そのワンピ買ったの?」
「ああ」
「なんだ、それならそうと先に言ってよ。さっき泣いて損したじゃん。これで圭のワンピ姿をいつでもどこでも見放題だぜ!」
「気持ち悪いこと言うな。というか元から泣いてないだろ。そもそもそんな頻繁にこの服は着ねえよ」
清水さんは半分くらい本気で引いてそうだ。そんなことを思っていると、清水さんと一瞬だけ目が合った。
「お前も私に何か言いたいことあるのか?」
「あのワンピース似合ってたから清水さんも気に入ったなら良かったなって」
「なっ、またお前、当たり前のようにそんなこと言って……。お前に似合ってるって言われたから買ったわけじゃないからな! まあいい、私の分はもう買ったから後は愛が服を選ぶのを待つだけだ」
「私ももう決めたよ?」
「え?」
「これを買うことにしました!」
愛さんをよく見るとはじめに試着したカーディガンを抱きしめていた。
「あのミニスカートはいいのか?」
「あれを穿いちまうと世の男性を悩殺しちまう危険性があると判明したから、今回は見送ることにしたぜ」
愛さんが僕の方を見てウインクをくれた。ほぼ同時に清水さんがこちらを睨んでくる。
「はは……」
清水姉妹から視線を向けられ僕は苦笑いしかできなかった。
「……それで愛がいいなら私はいい。買い物終わったなら店から出るぞ」
清水さんのその言葉をきっかけとして僕たちは店を後にした。未だ僕の頭には清水さんのワンピース姿がなぜか鮮明に残っていた。
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