005.秘密の手紙
アパートから少し離れた飲食店。
無事アパートにお邪魔し、手紙の回収さえも成功した零士と来実はテーブルに件の手紙を並べて確認作業を行っていた。
本人の了承の上で中身の精査を行うこととなった歳差作業。テーブルの上に並べられているのは片手では足りないほどの手紙の数々、おそらく30手前くらいはあるだろう。それらを一枚づつ中身を確認して渡せそうなものを探していく。
『あはは……。幽霊になったとはいえ、こうしてラブレターを見られると、なにかこう……こみ上げる恥ずかしさがありますね』
「すみません。せっかく未来さんが幼なじみさんへと想いを込めて書いた手紙を……」
『い、いえっ!いいんです!これも私の願いのためには必要なことですから』
そう告げる未来の顔は心なしか紅い。
霊になった身でもこうして恥ずかしくなる事があるのかと思いつつ、来実は再び手紙へと意識を戻す。
どれもこれも端正な字で一文字一文字想いが込められた大切なものだ。シワ一つ付けないよう気をつけながらそっとテーブルに戻すと、正面に座る零士が目に入る。
「これは………あぁ、これもだ。何かがおかしい……」
「マスター?どうされましたか?」
疑問を抱いたのは零士の様子。
彼はペラリと紙をめくる度、何やら神妙な面持ちで中身に目を通していた。
それは手紙を読むような表情ではない。どちらかと言うとテストの難問に当たった時のよう。来実がどうしたのかと問いかけると肩を一度だけ上下させる。
「あぁ、見てくれよこれ」
「この手紙ですか……なになに――――『砂糖大さじ2杯と水を入れ、落し蓋をして弱火で――――』って!ただの肉じゃがの作り方じゃないですか……」
渡された幾つかの紙。そこに書かれていたのは正真正銘の肉じゃがの作り方。なんの変哲もないし、来実がザッと中身を確認してもおかしな記載は見つからない。パラパラとめくってみても、肉じゃががパエリアになったり八宝菜になったりと目立ったものはない。
これがどうかしたのかと顔を上げたものの、何をおかしいと考えているのか零士は神妙な面持ちを崩さない。
「あぁ、前に読んだ古い漫画に出てたんだがな。料理のレシピ本に見せかけてその実、解読してみると世界の根幹さえも揺るがしかねない衝撃の事実が書いたレポートだったっていう展開が…………」
「――――!! 未来さん!!」
まさかそんなことが――――!!
零士の言葉にハッと目を見開いて隣に座る未来へ目を向ける。
やはりこのレシピにも何らかの秘密が―――――!!
『い……いえ…………。それはただのレシピです……。電話口の母からレシピを教えてもらう際、手頃な紙がこれしかなくって…………』
「「………………」」
――――そんなことは、なかった。
そこにはさっきとは比にならないくらい顔を真っ赤にした未来がうつむきがちに震えているのみ。
未来の告白にスンッ……と二人の熱が一気に引いていき、レシピの束をそっとテーブル端に寄せる。
その無言の作業に『優しさが痛い!』と未来が顔を覆い始める。
「とっ……ところでマスター!未来さんの想い人に手紙を渡す方法ですが、どうしましょう?」
「えっ?あぁ。そうだな……」
バッと顔を上げた来実が急いで話題を転換させたのを見て、話題そらしだと察した零士は腕を組んで肩を竦めた。
実際、この作戦で大事な手紙は確保したが、どうやって渡すかも課題となってくる。
直接会って渡してもそれはそれで不審者からの通報コースだ。
「やっぱり、差出人不明のままお家に投函がいいのでしょうか……」
「それが一番いいんじゃないか?俺達が出張ってもロクなことにならないだろ」
「そうなのですが……。きっと来実さんは満足しないと思うんです」
「確かに。不審さが勝ってムードもへったくれもないからなぁ……」
二人してウンウン唸るがそれ以上にいい方法など思いつきはしない。
もう現在の妥協策、黙って投函の方向で話をまとめようかと思ったその時、ふと店内に風が吹いたかと思いきやテーブルの隅に置いていたレシピが一枚床にハラリと落ちた。
「マスター、落としましたよ」
「ごめん井上さん。でも室内で風だなんて……換気扇か?」
「そうかもしれませんね。このレシピたちはもう利用しないと思いますので片付けちゃいましょう」
「あぁ、そうするか………………ん?」
床へ落ちた一枚のレシピ。それを来実から受け取った零士は中身を見て小さく疑問符を浮かべる。
「久保さん」
『うぅ……なんですか……私は恥ずかしすぎてこのまま成仏してしまいたいのですけど……』
「お願いだから成仏は依頼が終わってからにしてくれ。それより久保さん、このメニューってなに?」
『えっ?………あぁ、珈琲ですか?』
零士が見せたのは先程床に落ちたレシピ。そこには簡潔に珈琲のレシピが載っているだけだった。
先程同様ただのレシピ。しかしたかが珈琲をレシピにするだろうか。そう思って問いかけたところ未来は懐かしい過去を思い出すように遠くを見つめ始める。
『それは私たちが中学の頃、試しにと母に飲ませて貰った珈琲のレシピです。ほら、珈琲って豆によって味がぜんぜん違うじゃないですか。結局は苦すぎて飲めなかったのですが、"いつか大人になったらコレに二人で挑戦しようね"って言い合って……懐かしいなぁ……』
「………ふぅん」
ただの珈琲のレシピではあったが、彼女にとっては思い出深いものだったらしい。
遠くを眺めだす未来をよそにもう一度中身を確認する零士。書いていたのは豆の種類に煎り方と挽き方等々…………
レシピ。そして彼女の姿を見た彼の口がニヤリと、段々と大きく歪み始める。
「マスター?」
「なるほど。……井上さん、確か何処かに何も書かれてない手紙があったよね?」
「え?はい。数枚ですけれど……」
「よし。それとボールペン持ってない?」
「ボールペンですか?もちろんありますが」
来実は突然の指示に驚きつつ鞄からペンを取り出して零士に手渡すと、お礼とともに受け取ってからはおもむろに手紙へとペンを走らせ始めた。
カッ!カッ!カッ!と一気に書いていっているのか、ペンがテーブルを叩く音のみが聞こえてくる。
意図もわからない突然の行動。零士の行動を目の当たりにした二人は互いに顔を見合わせる。
「何を書かれているのです……?」
「それはもちろん、幼なじみへ送る手紙だよ」
「!? マスターがですか!?」
零士の口から出た言葉に驚き、来実は思わず目を見開く。
手紙の代筆はプランB、手紙が見つからなかった時用に代筆して私という作戦。計画の立案はあったが未来本人の手紙が見つかった時点で採用しないと思っていた。
なのに何故手紙を書くような真似をするのか。混乱のみが頭を占めていると、早くも書き終えたらしい零士がペンを返してくる
「もちろん愛の告白なんかじゃない。これは……そう。いわゆる呼出状だよ」
そう言って零士はニヤリと笑う。
混乱する脳内のさなか、楽しそうな彼の表情を見た来実は"一番依頼を嫌がっていたのは誰だっけな"としみじみ思うのであった。
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