恩返しみたいなお話
サヤカには感謝してるけど一つ疑問がある。サヤカは幼馴染ではあるけど、ここまでしてくれたのは意外だったんだよな。
「人はね、施した恩と受けた恩では温度差があるものなのよ」
それはあると思う。いくらこちらが恩を施したつもりでも、受けた方からしたらなんでもないと言うか、当然と言うか、恩には感じてもすぐに忘れ去るってやつだろ。
「そういのを忘恩の徒っていうのよ」
難しい言葉だな。
「恩知らずの薄情者ってことよ」
でもそんなのが世の中多いだろ。
「まあそうなんだけど、逆だってあるんだから」
あれかな、鶴の恩返しの世界みたいなものか。
「ちょっとずれてる気もするけど、それに近いかな」
だとするとサヤカはマナミからなにか恩を受けたことになるはずだけど、そんなものあったっけ。仲が良かったのは間違いないけど。そしたらサヤカは昔を思い出すように話し始めたんだ。
「サヤカがあそこに引っ越してきたのは三歳の時だったんだ」
だったっけ。
「その時のサヤカはとにかくワガママ姫だったんだよ。ワガママ過ぎてみんなの嫌われ者だったで良いと思う」
そんなこと良く覚えてるな。でも言われてみてちょっと思い出した気がする。サヤカの家は裕福だった。そりゃ、子ども心で見てもお屋敷って感じだった。今でもあるはずだけど、前を通るたびに掃除がさぞ大変だろうと思ってたものな。
「サヤカは三人兄妹の末っ子だったんだけど、兄が二人だったでしょ。さらに兄とは十歳以上離れてたのよ」
それは知ってる。サヤカのお兄さんに初めて会ったのは小学校の高学年だったけど、叔父さんかと思ったぐらいだったものね。
「その辺はあれこれ事情もあったのだけど、末っ子の娘だったからとにかく甘やかされて育ったんだ」
だからワガママ姫だったのか。でもそんな記憶はないぞ。
「マナミは忘れちゃったみたいね。そりゃ、強引だったし力づくも良いとこだったからね」
はて、何を言いたいやら。
「マナミはね、それこそ強引に遊びに連れ出してくれたのよ。それも遊びに行けば崖から突き落とされるわ、川に投げ込まれるわ、田んぼに放り込まれて泥だらけにされるわだったじゃない」
あのなぁ、それは誤解があるぞ。それにだぞ、それじゃ、まるでマナミがイジメっ子みたいじゃないの。
「最初はそう思った。マナミが遊びに誘いに来るのが恐怖だったぐらい」
そんなこと言うけど、ホイホイ出て来たじゃないか。
「そんなものマナミってあの頃のガキ大将で、どれだけ怖かった事か。逆らったら何されるかわかったものじゃないから出ない訳にはいかなかったのよ」
男の子の遊びが好きだったのは否定しないけど、
「サヤカがワガママなんて言おうものなら怒鳴られたし、引っ叩かれた」
そんな事もあったような・・・でもサヤカだって楽しそうに遊んでいたはず。
「マナミは怖かったけど、あれってサヤカに子ども世界のルールを教えてくれたと思ってる。そのルールをなんとか覚えたら、今度は優しくて頼れる人になったんだ」
ようわからんな。
「ボヤ事件覚えてるよね」
ちょっと待て。それもマナミの汚点とか黒歴史みたいなものじゃないか。マナミの家にはなぜかマッチがあった。親父がタバコを吸うためのはずだけど、なぜかライターじゃなくマッチだった。その着け方を教えてもらったのだけど、あれはあれで子どもにとってはある種の技術だった。
覚えたらマッチを擦るのが楽しくなって持ち出して遊んでたんだよ。でさぁ、マッチに火が着いたらなにかに火を着けたくなるじゃない。すぐに火遊びになったんだよな。マナミなりに注意はしてたけど、
「物置小屋に火が着いちゃったのよね」
あの物置小屋はなんだったんだろ。田んぼの間にポツンとあったけど、どう見たって使われてる形跡はなかったし鍵だってなかった。だから子どもの秘密基地として使ってたのだけど、火が大きくなり過ぎて手が付けられなくなったんだ。
誰が持ち主なのかはっきりしないようなものだったし、ボロ小屋と言うより廃墟みたいなもので、中にだってゴミしかなかったからそれだけは良かったのだけど、それはもう怒られたなんてものじゃなかった。それこそ親父からボコボコにされたもの。
「サヤカも怒られたけど、あの時にマナミは、責任はすべて自分にあるって頑張ったじゃない」
しょうがないだろうが。マッチを持ち出したのはマナミだし、
「でもあそこで火遊びしようと言ったのはサヤカだよ」
だったっけ。
「なのにサヤカのことは口にも出さなかった。あの時にマナミは信じられると思ったの」
昔過ぎる話だ。結局みんな怒られたし。
「それだけじゃないの。ああやってマナミがサヤカを受け入れてくれたからワガママ姫じゃなくなったんだ。マナミがいなかったら高慢なワガママ姫のままだった」
それはなんとも言えないけど、サヤカの話を信じれば、少しは役に立ったぐらいは言えるかも。
「だからね、マナミから電話があった時に、なにがあっても助けようと思った。それだけじゃない、あのマナミが助けを求めてくれたのよ。ここで立たなきゃ女が廃る」
人って様々だな。まあサヤカがそう感じ、動いてくれたなら素直に受け取っておこう。サヤカがいなかったら、あんなに上手く離婚できたかわからないもの。
「あんなものサヤカの人生を変えてくれたことに比べたら何もしてないのと一緒だよ」
そう言うけど、離婚できた後もサヤカにはお世話になってる。こっちは実質的に天涯孤独だし離婚騒ぎでもなんにも取れなかったから無一文みたいなもの。
「あんなもの返すのはいつだって良いって言ったでしょうが」
それに住むところも、生きて行くための仕事だって必要になる。
「当然のセットみたいなもの」
そうは言うけど、このマンションを手配してくれたし、仕事だって世話してもらったじゃないか。お蔭でやっと落ち着いて暮らせるようになったものね。
「マナミ、もし何かあったら、すぐに相談してよね。マナミのためだったら地球の裏側からだって飛んでくる」
次が無い方を願ってくれ。あんなもの一度経験すれば十分だ。でもこのシチュエーションでサヤカが男だったら惚れてただろうな。恋に落ちて結婚したって不思議じゃないだろ。
「それを言うならマナミが男だったら飛び込んでたよ。まあ、子どもの時は男だと思ってたのもの」
あのな、女に見えなかったって言うのか。いくら子どもでも女にしか見えなかったはずだぞ。
「だからこの際だから性転換して男にならない。そしたらお嫁さんになってあげる」
アホ言うな。マナミは女として生まれて来たし、女であることに不満はないぞ。それにだぞ、そもそも女から男にどうやって性転換するんだよ。
「出来ると言うか性転換手術として保険適用にもなってたんじゃないのかな。もっともどうやって男のアレを作るかわからないけど」
男から女だったらちょん切って穴掘ったらなんとかなりそうだし、それやった男がいるぐらいは知ってる。タイはそういう手術で有名だったはずだ。だけど女から男への性転換もあるはずだよな。
でも女から男になると穴を塞いだら一丁上がりにならないはず。男になるんだったらアレが必要になるはずだ。たしかにどうやって作るのだろ。そうだそうだ、アレにはタマタマもセットだ。なんか難度がどんどん上がるじゃないか。
そうなると移植が出て来るけど、あんなもの提供する男なんているのだろうか。だってちょん切ったら二度と生えてこないだろうし、歳取ってもう使わなくなったからってちょん切らせる男がいるとは思えないもの。
「提供者となると、やっぱりいらなくなった人ぐらいしか考えられないよ」
なるほどその手があるか。まだ若いはずだから都合は良さそうだけど、そうなると性転換手術って男と女がペアでやるのが原則とか。どっちも同じぐらい希望者がいるはずだから数だけは合いそうだ。
「でもそんな話は聞いたことがないな」
そんな話はマナミには無縁だからもう良い。マナミは女だし、男が好きだし、子どもだって産んでる。クソ野郎には散々な目に遭わされたけど、次だって相手にするのは男だ。次が見つかればの話は神棚に上げさせてもらう。
「やっと元気が出てきて安心した。マナミはそうじゃなくっちゃね」
サヤカの中のマナミのイメージはどうなってるんだよ。それでもこれって褒められてるのよね。なんかスッキリしないけど、どっちでも良いか。理由はともあれサヤカは親友だ。
「親友と言うよりポンユウかな」
なんだそれは。朋友って書くらしいけど麻雀友だちみたいなものか。でも麻雀はやらないし、やったこともない。サヤカはやるのかな。
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