薩摩人ギリシャに上陸す

牛☆大権現

サツマ人、ギリシャに上陸す

「それ」は突如として海上だった場所に現れた

ギリシャ近海の国々と全く異なる言語体系を持ち、理解しがたい価値観を持つ彼らは、瞬く間にギリシャ周辺の国土を分捕っていった


「サツマ」__彼らは、自分達をそう呼んだ

サツマは一兵卒に至るまで肉体も心も強靭だった

戦に関して、概ね彼らの思惑通りに事が運ばぬ事はなかった


戦略的劣位すら、戦術的に覆していった


ギリシャ国王、アガメムノンは神々に懇願した


「おお、ゼウスよ、アテナよ、アレスよ…彼らは何者なのです」


神々は応えられた


『ナニ。あの蛮族。知らん。コワイ。』


アレスは敗走した

真っ先にギリシャ兵に加勢するものの、サツマ人達の死を厭わぬ気勢に押され惨敗を喫した


アレスの加護を失ったギリシャは、最早スパルタと同盟を組む他に選択肢は無かった


ギリシャの英雄たちとスパルタの強兵のみが、彼らと唯一互角に戦える戦力だったからだ

数で勝っていても、サツマ人達は容易にその差を覆していく

数で侮った国々は最早滅びた


「大将クッ(首)さ、どごじゃ????」


それは、ギリシャ人にもスパルタ兵たちにも理解できぬ言葉であった


だがしかし、それが恐ろしい何かを意味する事だけはハッキリと体感していた


「あいじゃ!あっせぇ居ったぞ!!!

いっが!!!


(あそこだ!あそこに居るぞ!いけぇ!)」


突貫してくるサツマ人達を、理解出来ぬ獣であるかのように、ギリシャ兵はおろかスパルタ兵すらも見つめていた。


自分達の司令官を守ろうと、円形の盾を構える

円形の盾の隙間から、槍が覗き、サツマ人達を貫こうと待ち構えている


「クッ(首)!置いてけ!」


意味はわからないが、この言葉がギリシャ兵達を萎縮させていた

怯みは陣形の乱れに繋がる


ギリシャ兵が保つ戦列は、サツマ人の気迫のみで乱れつつあった


振り下ろした剣はかの大神の雷を思わせるほどに素早く、威力は計り知れなかった。

餌食となった兵だった者は鎧ごと真っ二つに切り裂かれていた。

目の前にいるのは天災を体現する戦士だった。


人の技に収まらぬその荒業を見て、ギリシャ兵は今度こそ戦列を乱してしまう

無理もない、鎧を切り裂く事など不可能だ、何度も戦争を体験した兵士達は知っている。

その前提が今、眼の前で崩れ落ちた。


戦意を保っているのは、スパルタ兵とギリシャの英雄たちのみであった。

ギリシャがスパルタに滅ぼされなかったのは、単にスパルタ兵たちが自らの鍛錬に時間を割き、侵略を優先しなかった為に過ぎない。



スパルタ兵達は、サツマの兵卒と同等の力を発揮していた。

精神面においても、サツマ兵に負けてはいなかった。


だがそれは、「サツマの一兵卒」に限っての話である


「チェストオオオ!!」


「シマヅ」こう呼称される者は、サツマ人の中でも実力が抜きん出ていた。


それはかの大神の一撃すら上回る、人の喉が出すと思えぬ奇声とともに放たれる必殺の剣

シマヅが己が命を乗せ放つ斬撃は、盾を割り槍を纏めて叩き折る。


スパルタ兵たちが得意とする戦法「ファランクス」は、ただの剣の一撃にて崩れさる運命にあった


そこに飛び出すは英雄「アキレウス」


俊足たる彼の動きは、雲耀(雷の速さ)の太刀と称される彼らの剣よりも疾かった

彼らの剣がアキレウスの身体に届くよりも遥か前に、アキレウスの槍は彼らの胸を穿っていた。

引き抜くと同時に残ったサツマ兵も数人まとめて斬り伏せる

スパルタ兵の目にも、彼はまさに英雄そのものであった


サツマ兵たちが引いてゆく

「アキレウス、追うな!」

アキレウスの親友であるパトロクロスが叫ぶ

「おう、分かってる!コイツは罠だ!!」


正解であった

彼らは知る由もないが、シマヅの得意戦法「釣り野伏せ」である。


一先ず深追いせず、殿を後陣のスパルタ兵達に任せながら、捕虜としたサツマ人達を連れ去っていく


しかし……


「駄目です!コイツ、拘束を振り解いて腹を斬って死にました」


ハラキリ__これも、サツマ人達について何も分からない理由の一つであった。

敵に捕まった捕虜が、自ら腹を斬って死ぬ


スパルタの兵ですら理解できない所業であった。


それなりの隊を率いる将卒が、敵に情報を渡さないため、自ら死ぬのなら分かる

自死するための武器が無くなった末に舌を噛み切って死ぬならまだ分かる


だが、末端の一兵卒までが命を惜しまず、自死を行うのは理解不能だった。


何よりも、すぐには死ねない部位である腹を、自死の際に斬るのが異様な風景に写った。


他方、後方で指揮するギリシャ側の軍師オデュッセウスも頭を抱えていた

「何故彼らは自ら死に向かう!

我々は彼らについて何も情報を得られていない!!」


サツマ兵達は、自死を封じて捕虜にしても何も語らないに等しかった。


「おいは敵の施しば受けん」

 

オイハテキノホドコシバウケン


皆、一様にその言葉だけを言って、何も食わずに死ぬのだ


オイハテキノホドコシバウケン


この言葉が拒絶___或いはもっと狭い意味で食物を食べることを否定する文言かもしれないが____であることだけは辛うじて理解できている。

どこまでが食物を指し示す言葉なのか、拒絶を示すのはどの単語なのか、それすら分からないでいる


サツマの地に潜入させたスパイも、皆帰ってこないか言語の解読に苦戦している。

彼らの日常会話を音として書き留める事ですら、命懸けの任務だった。


これも彼らが知る故は無いが、後の時代、その会話そのものが暗号通信として用いられる事になった言語だ

言語体系が根本から違う彼らに、理解するほうが難しいのかもしれない。


従って、彼らがどこまでこちらの情報を知っているのかも謎であった。

何も情報を得ぬまま開戦を始めて、しかしながらその裏には何かしらの思惑がある。

そのようにオデュッセウスの目には写っていた。


英雄達の助力無しには、既にこの地は征服されていたかもしれない

そう思わされるほどに、彼らの制圧速度は凄まじいものだった



かつて対サツマの為に組んだ大同盟も、最早スパルタとギリシャを残すのみだ

最早、戦って勝つのは難しい


故にオデュッセウスは、賭けとしか思えぬ神頼みを行う


「大神ゼウスよ、彼の者等をあるべき地へと返し給え!

望むなら、我が命であっても捧げよう!!」


奇跡は起きた


突如現れたサツマの地は消え去る。

大神ゼウスの真の雷霆と共に 

 

ギリシャはオデュッセウスを喪った。 

ギリシャ中に悲しみは満ちた。 

スパルタ兵達も涙を流した。


この話は、神話の記述者の理解を越えていたため、神話には残っていない出来事である。



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薩摩人ギリシャに上陸す 牛☆大権現 @gyustar1997

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