第27話
「うわあ、大きいね。」
朱音とシロは船に乗り込む為に離れた海上自衛隊の港に来ていた。護衛艦なみかぜ。ヘリを3機搭載した大型の艦で全長が約200メートルもある。これが今回乗る船だ。これに乗り込み魚人の向かった海域まで行く。朱音もシロも漁船には乗せてもらった事があるがそれ以外の船は経験がなかった。
「船にも自衛隊の装備にも興味なかったけど、……それでもこれはちょっとテンション上がるね。」
海上自衛隊の駐屯地の中を馬場が船の所へと案内していた。
「そうか。普通はそんな機会なんて無いもんな。」
「大きな船に乗るのも初めて。」
「まあ、船自体に乗る機会もないもんな。けどお前のいた町は漁師もいたんだろ?」
「そうだね。魚船には乗せてもらった事はあるよ。けどこんな大きな船は初めて。」
「大きな船に乗るとすればフェリーに乗る機会があるかどうかぐらい、か。」
「そうだね。フェリーも乗る機会なんて無かったからね。」
「だろうな。あれはあれで便利だが、長距離を移動する機会が無いと乗る事もないわな。」
「そういう事。そう言えばこの船って何て名前?」
「ん?この船の名前か?護衛艦なみかぜだ。」
「なみかぜか。お母さんに言ったらどんな反応するかな。」
「何だ?」
「お母さんね。船が好きらしいのよ。私も今まで全然知らなかったんだけどね。」
「そうなのか。」
「海上自衛隊の船に乗るって言ったら船の名前とか気にしてたから、もしかしたら詳しいのかも?」
「名前を気にするならそうかも知れんな。」
「そうなのよ。後さ、写真を撮って来てと言われたけど写真って撮っても良い?」
「まあ、構わんが写真を撮ってもSNSとかに上げるなよ?」
「分かってるよ。それに私も知り合いに何で自衛隊の船って聞かれても困るもん。」
「まあそうか。ウロウロしても構わないが、迷子にはなるなよ?」
「大丈夫。」
そう言ってVサインをする。
「私にはシロが居るから。」
シロを抱きかかえ答えた。
「犬頼りかよ。」
「当然。シロなら匂いを辿って戻る事もできるもんねー。」
シロは嬉しそうに尻尾をブンブン降っていた。
「まあいいや、ただ不用意に変な所に行くなよ。俺は先に乗っておくから、遅れないように来いよ。」
そう言って馬場は船へと乗り込んで行った。
「じゃあせっかくだし船の先頭まで行ってみようか。」
シロと朱音は歩きだし先頭まで行って携帯で自撮りをした。
「お母さんに見せる写真ってこれでいいかな?」
写真には朱音とシロが大きく写り船の姿は隠れてあまり見えない。
「何かこれじゃ船が見えないって怒られる気がするな。一応船だけの写真も撮るか。」
艦首の写真を撮ったが
「全体の写真もいるかな?」
そう思い全体を写す為に船から離れていく。時々携帯のカメラを確認しながら。
「駄目だ。大き過ぎて全体を写すにはかなり離れないと無理だ。」
「クゥン。」
シロが退屈そうにこちらを見上げて来る。
「よし!諦めよう。大き過ぎるこの船が悪い!それじゃシロ、そろそろ船に乗り込んでみようか。」
「ワン!」
その言葉に初めて乗る乗り物に期待感を膨らませシロは尻尾を大きく振るのだった。
「お?案外早かったな。」
船の入り口では馬場が朱音が来るのを待っていた。
「まあね。あんまり自衛隊の施設内をウロウロするのも駄目かなと思って。」
「そうだな。確かにお前だけだと不審者扱いされるかもな。」
「私だけじゃないよ。シロも一緒だもん。」
「いや、余計に不審者だろ?自衛隊の施設に犬を連れて歩いてるって。」
「そう言うなら馬場さんが案内してよ。」
「俺?」
「うん、そう。」
「かと言って案内するような所って思いつかないんだが?」
「そうなの?」
「例えばどんな物が見たいんだ?」
「え?えーと、……わかんない。」
「だろ?」
「ワン!」
「え?シロは走りまわれる広場がいい?」
「ワン」
尻尾を振りながら頷いた。
「お前、よくシロの言ってる事が分かるな。」
「長年の付き合いだからね。ステータスにも犬の気持ちってスキルがあるしね。」
「犬の気持ち?それがあれば犬の言っている事が分かるのか?」
「そうだね。
「それは凄いな。なら犬さえ居ればその犬に話を聞いたりもできるのか?」
「ううん、無理。」
「何で?」
「シロ限定だもん。」
「何だそら。まあシロだけでも言葉が通じるのは凄いか。」
「ワン」
「僕は凄いんだぞ。だって。」
「人間の言っている事は完全に理解しているよな。」
「そうだね。シロは賢いんです。」
シロを褒められ朱音が胸を張る。シロが褒められるのは自分の事以上に嬉しい物だ。
「と、そうだ。お前等をこの船の中を案内しないとな。しばらくは船の上での生活になるからな。」
「船の中で寝泊まりするなんて初めてだよ。」
初めての経験に朱音も少し興奮気味だ。
「そうだろうな。まああまり期待するな。海の上なんて何もないからな。」
「そういう物なの?」
「ああ、最初は楽しいかも知れないが、2時間もすれば退屈になるだろうさ。退屈しのぎは何か持っているか?」
「ううん、何も。」
「そうか。ならトレーニングはどうだ?この船の中にはトレーニングルームがあって、色んな機材が揃っているから楽しいぞ?」
「あはは、考えとく。」
「そうか?まあ分かった。まあまずはお前達の部屋だな。そこに荷物を置いたらトレーニングルームに案内してやる。」
「いや、トレーニングルームに拘らなくても……。」
「重要施設だぞ?」
「そこまで重要かな?」
「隊員達の大半はそこで過ごす人気の施設だ。」
「あははは……。それって他に何も無いからじゃ……。」
「そうか?他に何かあったとしても利用者は多いと思うがな。まあいい、行くぞ。」
そう言って、馬場は朱音の荷物を手に取り
「部屋に案内する。着いてこい。」
前を歩き出したのだった。船の中をしばらく歩く。同じような風景が続き迷子になりそうだ。
「ここがお前達の部屋だ。」
案内されて部屋に着くと荷物を渡され
「俺は外で待っているから、荷物を置いたらなるべく早く出て来てくれ。」
そう言われて扉を開けてみた。部屋の中は思ったより狭かった。
「これだけ大きな船なのに案外狭いんだね。」
「仕方ないだろ?客船じゃないんだ。個人の部屋を割り当てられてるだけでも厚待遇ってもんだ。」
「そうなの?」
「そうさ。普通は大部屋さ。」
「ふーん。そっか。まあ部屋の事はいいか。」
荷物をパッと置いて部屋を出る。
「よし!行くか?トレーニングルーム。」
「いや、何でよ?」
「どんな機材があるか見たいだろ?」
「いや必要ない。」
「馬鹿な⁉️機材を見てあれで大胸筋を鍛えるとか、これで腹筋を鍛えるとか想像するのも大事だぞ。」
「いや、結構です。」
「そんな事では理想の体は手に入らないぞ?」
「いや本当にもう勘弁して。」
とそこに
「そうよ。筋肉を育てるのは男の役目。女はそれを愛でるものよ。」
「高遠、それは違うぞ。筋肉こそ正義だ。そこに男も女もない!」
「いいえ、それは違うわ。筋肉は正義に関しては認めるけど女は筋肉を愛でる存在であって女が筋肉になっては駄目よ。」
「え?筋肉になるって何?」
「ええい、分からない奴だな。筋肉は自分を裏切らない。女でも自衛の為には筋肉は必須だ。筋肉は自分を守る為の鎧であり攻撃の要だ。」
「いいえ、女は自分を守るのではなくて、守られたいの。あなたも守りたいでしょ?」
「ぐっ、確かに誰かを守るのは筋肉の誉れ。」
「筋肉の誉れって何?」
「そう、女は守られたい、男は守りたいの。だから男は筋肉を鍛え、女はその筋肉を愛でるのよ。」
「くっ、悔しいがその理屈は分からんでもない。」
「あのー、ちょっと話しが気持ち悪いんですけど?」
「え?あ、ごめんなさい。朱音ちゃん。話しに夢中になってしまったわ。」
「あー、と何だっけ?」
「この船の案内。」
「あー、トレーニングルームな。」
「いや、それはいいから普通に食堂とか教えてよ。」
「ああ、食事は体を造るのに大事だもんな。」
「そうね。プロポーションを保つのには食事は大事ね。」
「はあ、もういいや。トイレと食堂とお風呂。これだけ案内して。」
「なに⁉️トレーニングルームは?」
「もう出航の時間も迫ってきてるし、それはやっぱり外で見たいからさ。」
「おお、そうか。そうだな。出航は見たいよな。分かった。トレーニングルームはまた後でな。」
「もう…好きにして。」
朱音はあまりのしつこさに反論するのを諦めた。その後食堂や浴場を案内してもらい、出航前に船の甲板へとやって来た。
「いよいよ出航だね。シロ。」
「ワン。」
「そうか、シロも楽しみか。」
目的地までは3日を予定しており、現地での調査が可能であるかどうかで多少は前後するが、約1週間の船での生活となる。シロはもちろん朱音にも初めての経験である。
「あ、船が動き出した。」
ゆっくりと岸から遠ざかる。
「うわあ、こんな大きな船が進むんだね。」
当然の事を言うがそれだけテンションが高いという事なのだろう。
「シロもこんな大きな船は初めてだね。あ!見て見て!もう陸があんなに遠くに。」
そうは言ってもまだ200メートル程だろうが、存外に進んだと感じる物である。朱音とシロはしばらくそのまま遠ざかる景色を眺めていた。そして
「……飽きた。」
30分程だろうか、景色を眺めて楽しんでいたのだが、思っていたよりも景色は変わらない。それもそのはず、遠くに見える景色とはあまり変わらない物だ。シロはもうとっくに飽きて甲板の上を走り回っている。
「シロ!人に迷惑かけないでよ!」
走り回るシロの姿を遠巻きに隊員達が微笑ましそうに眺めていた。その内の1人が朱音に
「ちょっとワンちゃんを触らせてもらってもいいです?」
どうやらシロを触りたいらしい。
「シロが嫌がらなければ構いませんよ。一緒に遊んであげて下さい。」
「有難うございます。」
そう言った隊員が早速シロの元へと早足で向かった。その隊員をシロは嬉しそうに迎えいれていた。それを見た他の隊員達もそれを羨ましいと思ったのか、それに便乗してシロの元に沢山の隊員達が集まりだしていた。
「あんなに居たんだ……。シロがアイドルみたいだな。まあしばらくは好きにさせておくか。」
朱音はまたぼんやりと景色を眺めていた。
「ん?」
足にふわっとした感触。シロが朱音の足に顔を擦り付けていた。周りを見渡すといつの間にか隊員達は居なくなっていた。時計を見るとあれから1時間が経っていたのだ。
「結構遊んでたんだね。」
「ワウン?」
「満足した?」
「ワン!」
「そう。良かったね。」
「ねえ、シロ。」
さっきの周りに居た人達を思い出す。
「さっきの人達も作戦に参加するんだよね。」
「ワン。」
今回の作戦では現地実行要員に1中隊の70人が作戦を実行する事になっている。つまりそれは
「私の
もし作戦中に
「ヘリに人が乗って上昇するまでは
これは中々に責任重大だし、大変な仕事だ。
「そんなに気負うな。お前は陸地の維持の事だけを考えろ。魚人とは俺と隊員達が対処にあたるから。」
馬場が後ろから話しかけてきた。いつ来たのか全然気がつかなかった。
「けど、前みたいにヤバいのも絶対に居るよ?」
「気にするな。前と違って隊員達も今回は装備が充実した状態で作戦に挑める。近接戦闘が主体の俺なんて必要ないぐらいだろうよ。」
確かに銃や爆弾があれば水中で無い限りは問題なく戦えるだろう。
「そう……そうだよね。だったら私は私の役目に集中するべきだよね。」
「そう言う事だ。」
「私は魚人の居る場所の海水をどうにかして皆がそこで活動できるように、そしてそれを維持する事。」
「そうだな。まずそれができないと話にならないし、それを失敗したら全員が海の中でお陀仏だ。」
「やっぱり責任重大じゃないかー。」
「それはそうだ。お前が作戦の要なのは間違いない。」
と、そこに田中が来て
「ここに居ましたか。現地の詳細が判りましたので作戦会議といきましょう。」
そう言われその場を後にした。
連れて来られたのは少し大きめの部屋。中には机と椅子が並べられ、作戦に参加する隊員達が既に着席していた。
「お待たせしました。では始めましょう。」
プロジェクターに現地で撮影された写真が映し出された。
「何だこれは?」
映像が出るなり全員がざわついた。映像には一面に広がる海、その中に海面より少しだけ飛び出た建築物と思われる物が映し出されていた。
「発信器の信号の場所に行くとこの建築物らしき物がありました。これは魚人が建てたのか元々あったのかは不明ですが、海面より出ている部分で約20mはあると推定されます。」
「塔のように見えるな。」
「この下は意外と浅く水深10m位となっています。この塔を中心として約50mの範囲が四角く大地のようになっています。」
「それって……。」
「人工的に作られた大地の可能性が非常に高いでしょう。」
「なら家とかもあるのか?」
「それの存在は確認されてません。平らな大地が続いている感じです。確認できた建築物らしき物は塔のみですね。」
「必要がないからか?塔を作る技術はあるって事だろ?」
「この塔が魚人が建てたとは限らないのではないかと考えています。そこにこの塔があったからそこに住んだのかもしれません。それに住居を作るのならば地下に住んでいる可能性が高いのかもと。」
「確かに海流を考えると地面の中に住む方が合理的か。ならこれは大地じゃなくてマンションみたいな物か?」
「確かにそれならあり得るのかも。」
「その四角の大地の先はどうなっている?」
「それは不明ですね。推定で言うと100メートル以上の深海になっているはずです。」
「じゃあ、その四角のは超高層マンションって事になるな。」
「じゃあ、そのてっぺんの塔はアンテナか?」
「その役割は否定できませんね。海中にそれだけの物を作る技術があるなら、何らかの通信手段があっても不思議ではないでしょう。まあ、まだ魚人が作ったと決まった訳ではありませんが。」
「するってえと元々塔があってそこに魚人が住み着いたってのか?だとしたらこの塔はいつから有るんだ?」
「それは不明です。塔に見えるだけで地震で隆起した地形の可能性も考えられます。ここは前に起きた大地震の震源地の近くですので。」
「だとしても海中の四角の大地は説明つかないだろ?」
「そうですね。自然にできる物とは思えませんね。」
「まあどっちにしろ行ってみないと分からないか。それにはまずは」
馬場が朱音を見た。
「その範囲を陸にしないと駄目だね。想像よりは広いけど浅くて良かったよ。」
「そうだな。その上でどれくらい維持できるのか、それの検証だな。」
「ではその結果次第で作戦を練りましょう。」
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