第19話

「突然お邪魔してすいません。」

 「あ、いえいえ構いません。少し散らかってますが、すいませんね。」

 田中と馬場は天王寺家に来ていた。あの後に朱音にいつならお邪魔して構わないかを聞いてもらうと今日の今からなら構わないとの話しだったので、そのまま朱音に案内をして貰い家まで来たのだった。母は田中と馬場にコーヒーを出し

 「それで話しっていうのは?」

 「実は朱音さんを政府のとある機関に入って頂きたくその許可を頂けないかと思いまして。」

 「政府の機関?」

 「はい。そうです。」

 「何て機関なの?そこは何をする所かしら?」

 「まだ正式に発表されていませんが……。お母さんも魚人の噂はご存じですか?」

 「ええ?はい。」

 「その存在を政府はまだ公式に発表していません。しかし、対策は進めているのです。それが僕達の所属する機関になります。」

 「はあ、そうなんですか?」

 「お母さんには実感は無いかも知れませんが、魚人による危険は迫ってきています。」

 「……朱音、この人は大丈夫?」

 「あー、そうなるよね。でもね、お母さん。魚人は本当に危険なの。」

 「あんたが死体を見つけたって奴でしょ?」

 「うん、そう。」

 「そんなに危険な奴だったのかい?」

 「丸山のおじさんを殺したのは魚人の仲間だったそうだよ。」

 「そうです。今回、実際に民間人に犠牲者が出ています。それをふまえて政府は魚人の存在を公にして僕達の機関を正式に発表するでしょう。」

 「はあ、そうなんですか。でも何でそれに朱音が?」

 「朱音さんは特殊な力を持っている事が分かりました。その力を是非とも我々にお貸しして頂きたい。」

 「朱音に特殊な力?何を仰ってますの?そんなの信じられる訳ないじゃない。怪しい団体の勧誘か何か?」

 「本当なんだよ。お母さん。」

 『角砂糖よ1つコーヒーの中にゆっくり入れ』

 すると角砂糖が浮かびあがり田中の前に置かれていたコーヒーの中に沈んでいった。

 「ちょっと?どういう事よ?あんた今の言葉は何語よ?知らない言葉なのに意味は分かるし、砂糖は浮くし、どうなっているのよ?」

 「お母さん、これが田中さんが言っていた私の特殊な力。」

 「はあー、信じられない。私の娘が超能力者だったなんて。」

 「いや、まあ、超能力とはちょっと違うような?」

 「この力についてもどういう原理でこのような事が可能なのか分かりません。先程の言葉の何がどう作用するのか、何故我々は先程の言葉を理解出来るのか?疑問はつきません。分かっているのはこの力が真言マントラと呼ばれる言語であることだけです。この真言マントラは誰がもたらしたのか?何故朱音さんには使えるのか?疑問だらけですが、この力で朱音さんは我々を助けてくれたのは事実です。この力の解明も含めて、朱音さんには我々の仲間になって頂きたい。」

 「それって朱音を実験動物にするって事ですか?」

 「いいえ、違います。確かに実験には協力して頂きます。しかしそれによって彼女に何らかの不利益がもたらせられるような事は決してしません。それにこの力、真言マントラを使うのは朱音さんだけではありません。ここに居る馬場も朱音さん程ではありませんが真言マントラを使えます。だからこの馬場を含めて協力して頂き、この力を解明出来ればと思っています。それを理解して頂く為にもこうしてお伺いさせて頂いた訳です。」

 「……朱音はどう思っているの?」

 「私は協力したいと思っている。私のこの力で少しでも誰かの助けになるのならそうすべきだと思っている。それに就職難民だったしね。」

 「そう。……魚人が危険な存在で、その魚人に対処する機関って仰いましたよね?それは朱音も危険な目に合うという事ですよね?」

 「それは……、その通りです。その可能性は否定できません。」

 「そう……。例え娘が就職の機会を逃したとしても、私は1人の親として娘を危険な所に行かせるつもりはありません。」

 「確かにそうでしょう。親ならばそう思って当然です。」 

 「危険な目に合う可能性は否定できない。が、それは俺が全力で彼女を守り抜く。その覚悟を持ってここに来た。」

 馬場が凛々しくそう言ってのけた。

 「え?それって一生涯って事ですか?」

 「へ?まあ、そうなるの?か?」

 「キャー、それってプロポーズ?」

 「へ⁉️いや、違う!違うぞ!」

 「朱音にもそんな事を誓う人ができたのねー。」

 「いや、ちょっと!ちょっと待って!聞いて下さい!」

 さっきの表情と違い今は酷くうろたえる馬場。その隣では田中が笑いを堪えている。

 「そうならそうともっと早く言いなさいよ!」

 そう言いながら母が朱音の肩を叩いてくる。

 「いや、お願い。聞いて。」

 「式はどうするの?あ、その前に彼の両親にも挨拶しないと。忙しくなるわね。そうだ!お父さんにも連絡しないと。」

 そう言いながら部屋から出ていった。

 「頼むから俺の話しを聞いて……。」

 馬場の伸ばした手は虚しく空を掴む。

 「ごめん。ああなった母さんは周りの言う事なんて全然聞かないんだ。」

 呆然とする馬場にゲンナリする朱音。田中はすでに笑いを堪えきれずにふきだしている。隣の部屋からは母の興奮して支離滅裂な内容を話す電話の声が聞こえる。

 「あー、笑った。」

 田中が何とか落ち着きを取り戻しなから

 「朱音ちゃんのお母さんはなかなか面白い人だね。」

 「……端から見ればそうかもね。」

 当事者にはたまった物ではない。母が隣の部屋に行ってしまった為にどうすれば良いか分からずオロオロしている馬場。そこに日曜日の終わりを告げる軽快な音楽が鳴り響いた。これから座布団の獲得でも目指すのか?

 「電話?父さんからだ。」

 朱音の携帯の着信音だった。

 「もしもし?どうしたの?え?違う違う。母さんの勘違い。いつものだから気にしないで。……うん。大丈夫。元気。そっちは?」

 どうやら母からの電話を間に受けて確認の電話をしてきたようだ。

 「ちょっとお母さん!」

 朱音も母の後を追いかけて部屋から出て行く。取り残された田中と馬場はどうしたものかと顔を見合わせため息をついた。それから朱音と母が戻って来たのは10分が経過した頃であった。

 「まあ、勘違い?もあった事ですし、朱音を守ると言う言葉を信用する事にします。けどね、朱音。何があってもまずは自分の身の安全を優先してね。お母さんからのお願い。」

 「ん。分かった。」

 「それから、田中さんに馬場さん。娘はまだ人生経験が浅い。そんな子に危険な目にあわすような事はなるべく避けて頂きたい。親としてのお願いです。よろしくお願いします。」

 「もちろんです。何があっても馬場がその身を持って必ず守り抜いて見せますでしょう。」

 「いや、ちょっとおい。」

 「な?馬場。現場で朱音さんを守るのはお前の役目だろ?」

 「あ?いや、そう。確かにそうだな。」

 「だからこそお前が生涯をかけて朱音さんを守るんだろ?」

 「ん?何か違う気が?」

 「お前が命がけで守るって話だ。」

 「まあ、それはそうか?何か微妙にニュアンスが違ってきている気がするが?」

 「気のせいだろ?」

 「そうか?まあなんだ、何があっても朱音さんを守りぬきます。」

 「よろしくお願いします。」

 こうして妙な感じになりながらも朱音の(✕永久)就職の話しはまとまったのだ。

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