ALSでいつか動けなくなる君との、歩む軌跡の物語
大瀧潤希sun
第1話 光と錆び
✕デー。
「ねえ、私は君のこと、ずっと好きだよ」
ベッドの上で彼女、
僕は適当にその言葉をあしらいながら、彼女の体を濡れたタオルで拭いた。
「君はどうなの?」
彼女は真っ直ぐ僕の顔を見つめた。いつもみたく腹の底を見透かそうとするみたいに。
「もちろん、僕もだよ」
彼女が口を引き結ぶ。
そんな彼女の目元から、涙が零れる。
「君はいつまでも、いつまでも僕のアイドルだ」
僕は、頭を撫でてやる。そしたら、彼女は言った。
「ありがとう。私の最期を看取ってくれて」
「えっ」
彼女は精一杯の笑顔を見せてそれから瞼を閉じた。
その瞼が再び開くことはなかった。
僕こと大島錆斗は、光を喪った。
彼女の葬式には行けなかった。生前の彼女が明るい性格で、まるで光のようで、それに惹かれた人たちが大勢いた。
綾瀬は病気を患っていた。ALSという難病だ。正式名称は
今から”君に”話す思い出は、輝くことしか許されていない光という名前を持つ綾瀬と、もう輝くことが出来ない錆の名を持つ僕との、恋愛だ。
――――――――――――――――――――――――――――――
「ねえ、この学校にアイドルがいるらしいよ」
こざっぱりした少年の安室修二が興奮して言った。
ここは北波高校。二年三組。
「ほら、あの銀髪の少女……」
安室が指差した方を見やる。
クラス替えの時から目立ってはいたが、まさかアイドルだとはな。
しかし――。
「だから、なんだよ」
僕――大島錆斗は一番奥の窓側の席であることを利用して、そんなアイドルよりもこの学校から見える七里ヶ浜を見ていた。
「話しぐらい聞けって。そのアイドルのこと、興味あるだろ?」
「いやあ? 別にィ」
すると安室は顔が険しくなった。
「お前ってほんと、面白くないよな」
もういいよ、と安室は別の席へと向かい、そこで違う人と会話を始めるのが見えた。
僕は溜め息をついた。
面白くない、か。
僕はお笑い芸人でもないし、空気を読んで相手の求める答えとらやを言ってやれるほど優しくもない。安室はそれぐらい分かってくれていると思っていたのだが……。どうやら違っていたようだ。まあどうせ安室とは友達でもないし。
また七里ヶ浜を見る。綺麗な翡翠色の海は、僕の目を癒す。
「ねえ、さっきなんの話してたの?」
「えっ」
僕の瞳を見つめる、突如として目の前に現れた校則違反の銀髪女子高生は言った。
目鼻立ちは整い、そして桃の匂いが鼻腔をくすぐる。きっと香水だろう。
「安室ってやつが、このクラスにアイドルがいるって騒いでいたんだ」
「それ、私のことだよ」
「は?」
……確かに、彼女の容姿を見れば、その言葉は信じるに足りるか。
「ふーん。それで? 君はなにが言いたいの?」
「え? 驚かないの? もしかして信用していないな~」
二重の眼を細めた。失礼な物言いを咎めているみたいに。
じゃあ、とその銀髪女子高生が自席に戻り、スクールバッグの中から何かを取り出し、それを持ってくる。
「これ、次のコンサートのチケット。嘘だと思うんだったら来てみてよ」
手渡されたチケットをよく見る。それには『SWORD』というグループ名が書かれていた。 どうして刀なのだろう。それを訊ねてみると彼女は、
「だってその方が格好いいじゃない。このアイドルグループ、ロックテイストも入っているし」
刀のどこがロックなのかは理解できないが、とりあえずこのチケットはもらっておく。
「絶対に来てね。約束だよ」
「ああ。行けたら行くよ」
彼女は苦笑した。
「それ、絶対来ないやつじゃん……」
しゅんとうなだれる彼女。
「――そういえば、君の名前は?」
「ああ。綾瀬光。一応、『SWORD』のリーダーやってます」
「君がリーダーか。なんか面白そうなグループだと想像力を掻き立てられるよ」
「あなたってすごい失礼だね。やっぱりチケット返してもらおうかな」
僕は一応謝罪したが、心のうちでは全く悪いとは思っていなかった。
すると綾瀬は大笑いした。
「あなた、なんか可愛いね。じゃあ、絶対来てね」
そう言って自席へと戻っていく。そのあと僕はチケットを再び見て、億劫な溜め息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます