推しの育て方を間違えたようです~推し活に勤しんでいたら、年下王子の執着に気づけなかった~
たちばな立花
第一話
① ミレイナには前世の記憶がある
ミレイナは部屋の中で一人、大きなため息を吐いた。
「これから、どうしたらいいのかしら?」
つい呟いた独り言に返事はない。
ランプの灯りが反射して、窓にミレイナの顔が映る。
見慣れた顔は困惑の表情を浮かべていた。癖の強い金の髪が揺れる。
「殿下ったら、自分の未来を知らないからってあんなこと……」
ミレイナは右手で左頬を撫でる。まだ感触が残っていた。
(まさか、殿下がわたくしにキ――ッ……いいえ、違うわ。あれはただの挨拶よ)
ミレイナは大きく頭をぶんぶんと横に振る。
「とにかく原作通りに進むように軌道修正しないとだめよね」
独り拳を握り、窓の自分に向かって頷く。
推しの幸せ。それが、ミレイナにとっての最重要項目なのだから。
◇◆◇
ミレイナには前世の記憶がある。
そして、この世界が前世で読んでいた小説にそっくりであることも覚えていた。
そのことに気づいたのは、ミレイナが十歳のときだ。今のミレイナに少しずつ前世の記憶が混ざっていくような感覚だった。
ただ、残念なことに、ミレイナ・エモンスキーという令嬢は本編では名前すら登場しない脇役。いや、モブ。よく言えばエキストラだったことだ。
幸か不幸かエモンスキー家は公爵家という由緒正しい家柄で、王家とは近しい距離だ。
前世のミレイナはどうもそのセドリックが大好きだったようだ。ミレイナの中に「彼に会いたい」という恋とは違う感情が芽生えた。
小説のヒーローであり第三王子であるセドリックとの年の差は五歳。
だから、ミレイナは前世の知識を総動員してセドリックに近づくことにしたのだ。
「先生?」
「はい。ミレイナ・エモンスキーと申します」
「僕には教師など必要ない」
「はい。もちろん存じておりますわ」
セドリックの突き放すような言葉と態度に、ミレイナは満面の笑みで答えた。
「殿下が先月で王族に必要な学問をすべて修めた天才であることは、王国民なら誰もが知る事実ですから」
セドリックは抜きん出た才能を持っている。歴代の王族の中でも十歳という最年少で王族に必要な学問を修めた。もう、学ぶことなど一つもない。
彼は先月、全ての教師に暇を与えた。もちろん、原作にもそれは言及してあったことだ。そこから原作が始まるまでの八年間、彼がどんな生活をしていたかはあまり語られていない。
さらに学問を追求しただとか、剣技に磨きをかけただとか、綺麗な言葉が並べられていただけだったのだ。つまり、この八年間で起こったことは些細な出来事にしかすぎないということ。
つまりつまり、ミレイナと少し仲良くなったところで原作にはさほど影響がないということだ。
ミレイナからしてみれば、その原作というものはどうでもいいことだったが、ミレイナの中にある前世の部分が「原作は大きく変えてはいけない」と強く思っているようなので、それに従うことにした。
「僕は学ぶ必要などない」
「そう言わないでください。わたくしが行ってすぐ帰ってきてしまいましたら、家族にがっかりされてしまいますから」
「学ぶ必要がないのに?」
「学びは学問だけではありません。わたくしが殿下に教えて差し上げられることはそうですね……。人とのかかわり方でしょうか」
セドリックはピクリと眉を跳ねさせた。彼は十歳とは思えないほど大人びていたが、こういう風に感情を表に出すところはまだまだ子どもだ。
ミレイナは苦笑する。
(セドリック殿下は偏屈なところがあるから、正攻法よりも同情を引いたほうがいいのかもしれないわね)
ミレイナは顔を曇らせて言った。
「殿下は聡明な方ですから、本当のことを申し上げますね」
「……本当のこと?」
「はい。先生というのは単なる口実なのです。実はわたくし、ひどく人見知りをするものですから両親が心配して殿下の話し相手という役割を用意してくださったのです」
全部嘘だけども。実際問題、公爵家ともなると家格の合う友達というのはあまりいない。ミレイナと仲良くなろうとしてくれている同年代の子はいたが、みんな親に言われてというのがほとんどだ。
それを口実に友達がほしいとおねだりしたのは事実。ミレイナの兄が第一王子と仲がいいことを挙げ連ね、ミレイナは第三王子であるセドリックとの縁をつないだ。
幼いころセドリックに友達がいないことを王妃が嘆いていたというのは、原作にあった情報だ。頭がいいせいで同年代の子どもと話が合わないのだろう。
セドリックに追い返されたと言っても、両親はおそらくそこまでがっかりはしない。けれど、ミレイナの中にある前世の部分が落胆することは間違いなかった。
前世の部分が落胆するということは、ミレイナ自身が落ち込むことと同意だ。
ミレイナはセドリックの手を握り締める。
「わたくしを助けると思って、一日一時間だけでもいいのです!」
「……なんで僕がそんな面倒なこと」
「お願いします。部屋の隅に置いておいてくれるだけでもかまいませんから」
ミレイナは瞳を潤ませる。両親におねだりするときに使う常套手段だ。
セドリックは大きなため息を吐く。
こうしてセドリックが折れる形でミレイナはセドリックの先生という名の友人の位置を手に入れたのだ。
なぜ、セドリックに近づいたか? 理由は簡単だ。ミレイナの中にある前世の部分が、セドリックを近くで見たいと望んだから。
もちろん、ヒロインにとって代わろうとか、そんな邪な考えがあってのことではない。前世のミレイナも「原作を大きく変えてはいけない」という想いが強いし、なにより五歳も年下の少年をたぶらかそうなど考えるわけがない。
十五歳のミレイナから見て、十歳のセドリックは可愛いとは思うけれど恋愛対象ではない。
誰よりも一番近くで彼の成長を見守り、この物語の傍観者となることを選んだのだ。
そう、これは崇高な趣味なのである。
幸いなことに前世の趣味はよかったようだ。ミレイナ自身も幼いとはいえ、美しいセドリックの友人となることは嫌ではなかった。
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