奴等は取扱注意。

澄瀬 凛


「あいつが望んでいるのは、両親がいて祖父母がいて親戚がいて、っていう、普通の家庭とかいう奴なんだよ」

「普通……」

「あいつにとって、あの男の血が自分の体に流れてるのが、耐えられなかったんじゃねえのか。まぁ俺らみたいな普通じゃない人間には、理解できない話だけどな」


 息子があきらの前に顔を見せなくなって、一体どれくらいの月日が経ったのだろうか。


 が、いつから息子の中にいて、輝の仕事のことや輝が幼い頃からの同業者で、息子の実父でもあるテルの存在を把握していたのか。


「あいつの記憶の中で、色濃く根付いているものがふたつある」

 彼の言葉が続く。


「知らない女のヒステリックな声と、大きな複数の破裂音。そのあとあんたに抱き抱えられながら見た光景。数人の男が、頭から血を流して倒れている姿」

 息子が当時通っていた幼稚園の教諭に紛れていた一人の女が息子を連れ出した。

 数人の業者を雇い、息子を人質にとった上で、輝を始末しようとした。


 対し輝は、それを一人残らず返り討ちにしたあと、無事息子を無傷で救い出した。幸い息子にはアイマスクで目隠しがされていて、その瞬間を、見てはいないはずだが。


「あいつが中学でいじめられていて、それをあんたに訴えた時。大丈夫。氷柱つららなら、そんな奴らに負けたりなんかしない、と笑った。対し、僕は父さんみたいに強くない。そうあいつが言い放った時、あんたは深く、ため息をついた。……苛立ったように。あいつにはそれが、自分が育てた子どもなのに、どうしてそんなことができないのかと、責められているように聞こえた」

 そんなことも、あっただろうか。


「その顔は、憶えてなかったみたいだな」

 彼は鼻で笑った。


「やった方は忘れてて、やられた方は憶えてる。よくある話だな」

 不意に思い出した。


 僕は父さんみたいに強くない。そのあとに続いた、氷柱の言葉を。



『父さんは、強い子が好きなんでしょ』

 その頃から、氷柱の中にはもう彼がいて、自分の中へ閉じこもることを、決めていたのだろうか。



「……氷柱ときちんと向き合って、話がしたいんですが」

「俺からの人格交代はできない。交代ができんのはあいつの意志でだけだ。なんなら仕事辞めるから出てきて、って訴えてでもみるか? あんたには見えていないが、俺の目を通して、あいつも俺の見えているものを、常に見聞きしてるから」


 携帯の着信音。


 今一番優先すべき、大切にしなければならないものは、わかっているのに。



 革のジャケットの胸ポケットを探り、画面を開く。非通知設定ではあるが、構わず出る。

 いつも通りの、テルからの通話。

 三百六十五日、昼夜問わず。人の負の感情の分だけ舞い込んでくる、殺し屋の仕事。



 仕事を、辞められるわけがない。

 片方の口角を上げた、輝を蔑むような彼の笑みを、横目で感じながら。


 アパートを出る。

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