絢との交流③

「あ、そういえばさ、話は全然変わっちゃうんだけど唯くんってなんでうちの来たの? 都内に実家あるなら、都内の学校でもよかったんじゃない?」


 絢さんがふと思い出したように俺に尋ねてきた。


「本当にガラッと話が変わったね。唐突になんで……」

「ちょっと気になってさー。元々今日は唯くんと親睦を深めるためにここに来たんだし」

「あー、そういえばそうだった。なんかちゃんとした話してたからすっかり忘れてた」

「もう、今日の本題忘れないでよー。それでどうしてなの? 地元東京ならわざわざ神奈川の高校に進学するよりも都内で探せばよかったんじゃない? まあ言いたくないなら言わなくてもいいけどさ」


 本題を忘れていた俺に絢さんはむすーっと頬を膨らませる。

 それでも気を使うことも忘れないのは流石というかなんというか。


「別に隠してるわけじゃないからいいけど……。大した理由じゃないよ?」


 俺は絢さんに今の高校に進学した理由を話した。

 彼女に言った通り大した理由じゃない。

 ただ、同じ中学の人が進学しない高校で都内へのアクセスがいいところをピックアップして、その中で偏差値が高いところを選んだ結果が今の高校になったってだけだ。

 仕事を高校の間休止するなら、地方の高校でもよかったんだけどね。


「なるほどね。なんか納得いく理由だったよ。でもさ、同級生が進学しないところ選んだところで今の時代ネットで情報漏れたりするんじゃない? 中学の時も雪宮じゃなくて白鳥唯で通ってたんでしょ?」

「そうなんだよなー。白鳥って名字も多くないし。だからそこは印象操作とブラフの情報を流してこれからどうなるかって感じだな」


 今の時代、卒業アルバムとかネットに流出してることが多い。

 そのため芸名じゃない本名が知られている可能性は高いと思う。

 ていうか、一回検索したら卒アルの写真出てきたし。

 だから、中学時代までは学校でも眼鏡を掛けず、髪型もセットして、みんながテレビで見る雪宮唯として生活していた。

 逆にそうやって目立って印象つけたほうが、変装したときに気づかれないだろうと思ったから。

 そしてその目論見は見事に的中した。

 ファンやパパラッチからも普段の俺の正体がバレることなく、私生活が謎の芸能人という立ち位置を得ることができたのだ。

 だからうちの高校で俺の名前に気づいた人がいても、野暮ったい見た目で口数も少ない俺が、あの雪宮唯と同一人物とは結びつかないんじゃないかと思う。

 おそらく同姓同名の別人と思われてるんじゃないだろうか。


「へぇ、本当に徹底してるんだね。でもそこまでやるの大変じゃない?」

「大変だけど、私生活に干渉されるよりはマシだからね」

「週刊誌とかに狙われたら大変だもんね」

「そうそう。それにここまで徹底してなかったら今の高校に進学できなかっただろうし、絢さんとも出会えなかっただろうしね。頑張った甲斐があったよ」


 色々と考えながら過ごしていた日々を思い出したせいか、しみじみとした声が零れた。


「そっか。……ありがとね、唯くん」

「え、いきなりどうしたの?」


 感傷に浸っていると絢さんがお礼を言ってきた。

 脈絡もなかったので困惑してしまう。


「唯くんがずっと頑張ってくれたお蔭で私は唯くんと出会うことができたし、こうやって仲良くなることもできた。だから、ありがとう」

「別に絢さんのためじゃなくて自分のためだけどね」

「ふふ、それでも……だよ」


 優しい声色と眼差しでそう言う絢さん。

 普段とのギャップにほんの少しだけドキッとしてしまう。


「……」

「あ、もしかして照れてる?」

「……別に」

「あはは、可愛いところ見つけちゃった」

「うるさい」


 照れた顔を見られたくなくて顔を背ける俺を彼女はいたずらな声で微笑ましそうに見つめてくる。

「ねえ、まだまだ今日は長いんだし、もっと唯くんのこと教えてよ」

「えー。これ以上何を話せばいいのさ」

「色々。好きなこととか嫌いなこととか。私も話すからさ。もっともっと唯くんのこと知りたいし、知ってほしいな」


 優しい表情のまま真っ直ぐに伝えてくる絢さん。

 正直気恥ずかしさはあるけれど、彼女がそう望むのなら仕方ないな。

 どうやら俺は彼女に少しだけ絆されたみたいだ。


「わかったわかった。気のすむまで話そう。でも、話せることだけね」

「うん! ありがとう唯くん! じゃあまずは……」


 それから俺たちは空が暗くなるまで、たくさんのことを話した。

 趣味だったり好きな食べ物のことだったり、好きな作品のことだったり。

 それと、どうして絢さんが役者になりたいのかも聞くことができた。

 絢さんは元々中学でバスケをしていて、結構名の知れたプレイヤーだったらしい。

 しかし、最後の大会前に怪我をして不完全燃焼のまま引退することになってしまったそうだ。

 そこで怪我の療養中に心の支えになったのが、俺が主演を務めたあのドラマだったらしい。

 ドラマを見ている中で昔友達とやったごっこ遊びの楽しさを思い出したり、自分のお芝居で今の自分みたいに落ち込んでいる人の心の支えになりたいという気持ちが芽生えたとのこと。

 俺はその話を聞いてなるほどなと納得することができた。

 実際に何かの作品に救われて芸能の世界を志す人も少なくない。

 絢さんもその中の一人なのだろう。

 しかしその反面、絢さんにはまだ何か隠していることがあるのだとも確信することができた。

 彼女がわざわざ上京した理由。

 絢さんは芸能といえば東京だからと言っていたが、それは別に高校を卒業してからでもよかったはずだ。

 彼女の地元の福岡だって芸能界を目指せる土壌はあるだろうし、今までの交友関係から離れ、親や担任を説得して、バイトしながら一人暮らしをするなんて、並大抵の決意じゃなかったと思う。

 それに元々事務所に所属して仕事があるのならまだしも、未来の見通しも立ってない状態なのにご両親が了承したのも腑に落ちない。

 おそらく地元から離れざるを得ない理由がなにかしらあったのだろう。

 正直、深く追求してこのもやもやを消したい気持ちはあるけれど、意図的に隠している絢さんが俺に打ち明けることはないだろう。

 少なくとも今は。

 だから俺も気づかないふりをして、彼女との会話を楽しんだのだった。


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