第8話 辺境伯は呆れる

 シュプリンガー帝国、辺境伯セルジュ=オーベン侯爵は武人であり、以外と愚直な、人となりをしている。

 そのかわり、統治においては、全く使い物にならない。

 すべての差配を、部下に任せていた。


 だが国税の徴収は、国のためであり厳格である必要がある。ミスなどあってはならないと、本人は思っている。

 幾ら周囲が、嫌な顔をしても通じない。


「では、今年の収穫は例年通りだな」

「はい。各農地を確認して参りました」

「うむ」

 流石の代官も、下手でに出る。


 そして、そんなのんびりとした雰囲気の中、領地運営の公金を確認をさせていた文官が走り込んできた。

 そっと、家宰ズジェスク=ヴァータルに報告をする。


 報告を聞き、いきなり表情が崩れる。

 そして、文官と共に部屋を後にする。


「家宰殿は、どうされたのでしょう?」

 少し、引きつりながら代官は言葉を発する。

「さあな。だがあのあわてよう、きさま、覚えは無いのか?」

「覚え? そんなものはございません。一生懸命務めを果たしておりますので」

 ホホホと愛想笑いをするが、それはすぐに壊れる。


 宰相が戻ってきて、侯爵に耳打ちをする。

 そして、金貨を見せる。


 文官は、秤と水差し、コップを持ってくる。

 そう偽金判断セット。

 金属は、質量に違いがあり、金は重い部類。

 同じ大きさのコインなら、金の方が重い。


 見た目は、ほぼ同じ。

 だが、持ったときに、軽いと感じた文官は家宰を呼んだ。

 そして家宰も確認し、正式に判別をすることにした。


 異様な雰囲気で、行われる準備。

 代官には訳が分からない。


 そんな中、下の箱は中身が石だったことが露見。

 再び文官の一人が走る。


 その頃、上の応接間では、水の量でほぼコインの大きさが同じだと確認され、天秤の両側にコインが乗せられ。

 カタンと片側が下がる。

 多少製造時の差はある。

 だが、そんなレベルでは無い。


 家宰は、結果を報告する。

「侯爵様、公金の中身が偽金です。製造ならびに使用は我が国では死罪。代官。貴様を逮捕する。洗いざらい吐いて貰う」

 そう家宰が告げたとき、また文官が入ってくる。


 家宰に、石を見せながら報告をする。

「きさま、公金をどこにやった。侯爵様、公金の大半が石だそうです」

 それを聞き、一瞬侯爵の目は大きく見開かれたが、すぐに細く険しいものとなる。


「この町では、石を通貨として使っておるのか?」

 宰相から渡された石を見せながら問いかける。

 そして、ためらわずにぶん投げた。


 幸い代官に当たらなかったが、顔の横をすごい勢いで通り過ぎた。

「縛り上げろ」


 代官の館で、騒ぎが起こっている頃。

 オネスティは、仲間達に簡単なコインマジックを見せていた。

「コインは一つ。金貨だ」

 皆に順に見せていく。


 つまんでいたコインを、掌に落としたとき、なぜかコインは二枚になっていた。

 目ざとく、パティヤが見つける。

「オネスティ。二枚。金貨が二枚」

「「「えっ」」」

 声で皆も気が付いたようだ。

「ホントだ。二枚」

 ローラがそう言ったとき、持ち替えた手の中で、すでに三枚になっていた。


 イメージができていても、この体ではまだ、難しい事は出来ない。

 この手のコインを増やすには、隠し持ったコインを使うか、カバーの様にかぶせる、マジックコインを使う。

 だが、道具がないし、加工用の工具がないため作れない。

 だからまあ、ミスディレクションを使い、ポケットから追加をした。

 

 最初に、コインをつまんでいたときに、もう一枚は、見えないようにクラシックパームと言って、掌で保持していた。

 掌に落としたときに、二枚になった種だ。


 それを見つけて貰い、それに反応した皆が掌に集中をしたとき、反対の手はポッケの中へ。

 コインを掴み、再び、右手から左へコインを移したときには、三枚になっている。


 そう簡単な仕掛けだ。

 変化を観客に見つけて貰うのも、大事な仕掛けの一つ。


 けすときには、パームと呼ばれる保持を使う。この方法だが、掌の他に指の各部分。保持の仕方により、色々な名前が付いている。

 指と指の間に挟んで隠し持つピンチ コインなどもよく使われるし、カールパームと呼ばれる一本の指を丸めてコインを保持する方法もよく使われる。


 観客の視線と、保持の選択が基本だ。

 トランプなども同じ。

 止めて見せておいて、一気に隠すと消えたように見えるが、この世界は剣の世界。

 皆の動体視力が半端ないので、使うタイミングが難しい。

 手を振りながらとか、工夫が必要だろう。


「ううーん。もっとぉ…… やってぇ……」

 そんなジャンナの怪しい声に混じり、イサークが馬鹿なことを言う。

「増えるなら、大金持ちじゃねえか」

「バカだろお前」

 思わず、ジト目で見てしまう。


 だが、こっちの世界でも受けるのなら……


 日本人だったときの思い。

 もっと人を驚かして、楽しませたい。

 そんな思いが、また湧き始める。


 水の中で、苦しみ死んだ記憶。

 でも最後の時でも、俺は思った……


「もっと見たいか?」

「「「うん」」」

 そうだよなぁ。

 マジックは、不思議で楽しいものなんだよ。

 ワクワクして、見続けたあの日……


「やるぞ」


 その晩、手書きでトランプを作っていた。

 一時間もすると、コインだけだとネタが尽きた。

 コップの貫通もアイテムを作ろう。


 そうして、三日後。

 街角にお面をかぶった、オネスティが立っていた。

 やっと、日本でできなかった夢を追いかけ、ついでに帝国を倒す。

 彼の中で、意思が決まったようだ。

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