異世界裏物語

リュセイ

牛丼勇者

「クックックッ…よくぞここまで来た勇者よ…」


 薄暗く、周りの壁際にたくさんの鎧が並べてられている。

 正面には大きく、派手な装飾がされた椅子に黒いマントに角を生やした魔王が座っていた。その魔王に勇者の俺はありがちなセリフを放つ。


「お前を倒し、世界を救って見せる!」


「フハハハハハ!この魔王を倒せるとでも思っているのか!いいだろう、我が相手してやろう!」


 俺のセリフに魔王は高笑いをし、大きな椅子から立ち上がる。

 その様子を見た俺の仲間たち、そして俺自身も戦闘態勢を整える。

 仲間とともに、数々の困難を乗り越え、ついにここまでやってきた。

 俺は剣を構えて魔王を睨む。すぐにでも戦闘が始まりそうな緊張感の中、俺は頭の中でこう考えていた。


(牛丼食いてえ。)


 ~数か月前

「おお!我らが勇者が召喚されたぞ!」

「これが伝説の勇者…」


 とても広い王宮のような場所で目を覚ました。すぐに見えたのはこれっぽちも届きそうにない天井。おかしいな、俺は会社で残業をしていたはずじゃ…

 俺、田中たなか直人なおとは、最近二十歳になったばかりの新人会社員で、とあるミスをして残業をしていたはずだった。眠くなってきて、少しだけ仮眠をとろうと目を閉じ、次目を開けたときには知らない場所に居た。

 俺は起きあがり、周りを見渡す。真っ白で美しい壁、赤いカーペットのようなものが敷かれている床、そこに続く階段の上にある玉座。これはもしかしなくても異世界転移というものだろう。周りには高級そうなローブを着た人たちがこそこそ何か言いながら俺のほうを見ている。

 俺が辺りを見渡していると、ひげの生え、王冠をかぶったおじいさんがこちらに近づいてきた。


「そなたが勇者か。よくぞ参った。」


「えっと…勇者になった覚えはないです。」


 おそらく王様であろう人にそう言われたが、俺は身に覚えのないものはすぐに言ってしまう癖があるのですぐに否定してしまった。だが、王様はそんなこと気にしてないようで、


「まあ、見知らぬ土地にいきなり連れてこられたのだ。動揺してもおかしくない。

 絶対当たる勇者召喚したのだ。そなたが勇者であることには変わりはない。」


 動揺はしているが、なんかソシャゲのガチャ感覚で呼び出されたような感じがした。まあ、身に覚えはないが、勇者として呼び出されたことは変わりないと思う。


「とりあえず俺は何をしたらいいんですか。」


 王様であろう人に質問をする。すると王様であろう人はコホンと、咳払いをした後少し大きめの声で俺にこう告げた。


「そなたにはこの王国を脅かす魔王退治に行ってもらう。」


 まあ、ありがちなことを言われた俺は、適当に承認し、勇者として認められることになった。それからはとてもつらい毎日だった。地獄のような特訓に、謎のマナー講座、しまいには王宮にいるメイドの愚痴を永遠と聞かされる始末だ。

 異世界に行ったら最強の魔法とか、スキルとか、あると思っていたのだが、全くそんなことはなかった。あったのはリアルに筋トレだ。

 そのおかげもあってか、俺の腹筋は驚異の8パックの腹筋、全力で走っても、30分は疲れない体力をゲットした。


 強靭な体を手に入れた俺はついに魔王討伐に出発。

 道中で出会った仲間が財布を落として宿の前で泣きながら寝たり、弱い魔物をひたすら追いかけまわしたりと勇者か怪しいことをしてきたがついに魔王のところまで来たのである。


「勇者よ!この私を倒してみろ!」


 魔王がびりびりと響く大声を出しながら動き出す。だが、俺は、


(牛丼食いてえ。)


 それしか頭になかった。

 かくいう俺は根っからの牛丼大好物で、なにか大事なことがあるときは、決まって牛丼を食べるようにしていた。あわただしい日々の中で牛丼のことを忘れていたが、ついに思い出してしまった。俺の中の牛丼欲が爆発する。


 目の前で魔王が魔法の呪文を唱える。だが、俺にはじき何も届かなくなる。声も、文字も、景色も、すべて。


 そう、俺は牛丼欲が爆発すると、暴走してしまう。

 ある日、高校生の時にとある発表会があったのだが、その時も牛丼を摂取していなかったせいで、頭が動転し、事前準備していた紙をびりびりに破いてしまっていた。それ以外はあまり覚えていない。


 俺の仲間が何か言っている。だが、何も聞こえない。俺の頭の中が牛丼で埋まっていく。


(牛丼…牛丼…牛丼…牛丼…!)


 ああ、もうだめだ。まて…仲間が何か言っている…!


 よく見ろ!口の動きで聞き取るんだ!牛丼に飲まれる前に!


(牛丼のレシピ…この世界にもあるのよ…!)


 その言葉を聞いたおれは気が付くと魔王を一刀両断していた。


「ぐっ…こんなに強いのか…勇者…!」


 そんな魔王の言葉を無視し、俺は仲間のもとへ向かう。


「牛丼がこの世界にあるのか?」


「あ…あるよ!前牛丼がないと死んでも死にきれないって言ってたよね!」


 そんなことを言っていたのか…まったく覚えてなかった。


「だから…渡す瞬間がなかったんだけど…これ…」


 仲間に渡されたのは白い箱。中を開けるとそこには牛丼が詰まっていた。


「牛丼だ。牛丼だあ!」


 俺は一気に平らげてしまった。元居た世界と味は少し違ったが、それでも牛丼だと言えるものだった。正気を取り戻した俺は再び魔王に目を向ける。

 魔王は一刀両断された体をいつの間にかくっつけていて、もう勝てないと悟っているのか何もせず、床に座り込んでいた。俺はそんな魔王の姿を見て、とあることを思いついた。


「なあ魔王、お前、これからどうするんだ。」


「クックックッ…どうするも何もない…お前の好きにしろ。」


 魔王は小さく笑い声をあげるも自分は殺されると思っているのか少しうつむいている。魔王でも死は怖いのだろうか。よし、決まった。



「クックックッ…いらっしゃるがいい!」


 俺はあの後、王国で魔王とともに牛丼屋をやることになった。

 初めのうちはみんな怖がっていたが、俺と仲間たちで、住民を説得し、何とか受け入れられるようになった。今では魔王の独特な対応や意外な性格の良さもあり、大繁盛している。王様もよくきて、たまに魔王と談笑している。牛丼は世界を救う。

 やっぱり牛丼は最高だ!



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異世界裏物語 リュセイ @ryusei913

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