8話 中間考査に向けて②

 勉強会を始めてから四週間が経った金曜日の放課後。中間考査まで残り一週間を切った。

 放課後になった教室には大勢の生徒たちが、居残りをして中間考査の対策をしていた。

 俺たちの通う学園では中間考査が近くなったらすべての部活動が活動停止となり、勉強一直線になる。

 そのため、必然的に勉強することが必須となるわけだ。まあ、そもそも学生の本分である学業を疎かにするような奴に部活動をする権利はないと思うのだが。

 そんなことを思いながら、黙々と勉強をしているクラスメイトたちの脇を通り過ぎ、教室を後にする。

――――俺も頑張らないとな。

 そう自分自身にプレッシャーをかけて廊下を歩く。


 

 迎えた最後の週末。

始めたばかりの頃の弛緩した空気はなく、三人とも真剣な眼差しで勉強に打ち込んでいた。

 胡桃や透哉も途中でだれることなく、黙々とシャーペンをノートに走らせている。

 ----俺も頑張るぞ。

 三人の西園寺たちが勉強している姿を見て自分を鼓舞し、全力で問題集に取り組む。

 そして、ちょうど、小一時間が経ったところで、ピーンポーンとインターホンが鳴った。

「ユウマ、何か頼んだの? 気が利くじゃん」

 胡桃が当然のように言う。

「ちょうど、俺も腹減ったと思ったんだよな」

 透哉も便乗していた。

「おいおい待て。俺が払う前提で話を進めるな、そもそも何も頼んでないからな。というか、お前ら〝遠慮〟って言葉を知っているか?」

「だったら、私が頼もうか? この前のピザのお礼ってことで」

 ノリノリな感じで西園寺までそんなことを言い出す。

「いや、大丈夫だ。っていうか、西園寺の場合は本当にしそうだから怖い」

 引き攣った表情で答えると、西園寺は任せてと言わんばかりにサムズアップしてきた。

 俺の言葉を訊いた二人は当てが外れたと言わんばかりに、期待外れと言わんばかりにそっぽを向き、西園寺は肩を落とす。

 その間にも、来客を知らせるインターホンは鳴り続けていた。回数を増すことに、間隔も狭まり押す回数も多くなっていく。

 早く出ろと急かされているようだ。

「はーい。今出ますよ」

 めんどくさがりながらも壁にあるインターホンの通話ボタンを押す。

「………はーい」

 俺が通話ボタンを押すと同時に、見慣れた顔が画面に表示される。

「っげ…………」

 そこには俺の姉であり、常盤学園の新任教師である姉さんがいた。

「姉に向かって、〝っげ〟とはどういうつもりだ?  いいから早く開けろ」

 俺の反応を見た、姉さんが不満気に眉を顰める。

 本当は歓迎したくないが、渋々扉を開ける。

「まったく最初からそうすればいいんだ」

 と言って、中に入ってくる。

「………どうしたの!?」

 西園寺が心配して様子を見に来る。

「なんだ、彼女さんもいたのか」

 驚いた様子もなくそう口にする姉さん。

「ひ、昼神先生? どうしてここにいるんですか」

 姉さんの登場に驚きの声を上げる。

「どういうこと? ユウマくん。まさかユウマくんの言っていたお姉さんって先生のことだったの?」と軽く慌てたように西園寺が状況を整理する。

 騒ぎを訊いて部屋からできた胡桃が「おぉ―――こんにちは。琴音せんせ」

 と嬉しそうに話しかける胡桃。

 反応が二極化する中、透哉もひょっこりと部屋の奥から顔だけを出して状況を見守っていた。

 注目の的になっている姉さんは、特にこれと言った反応はせずに、無遠慮にずかずかと上がり込んで来ようとする。

「ちょっと待ってくれ、皆でテスト勉強しているところだから邪魔しないでくれ」

 止めに入るが、それが逆効果だったようで、「ならばなおのこと私がいた方がいいだろ? 新任とはいえこれで教師だからな。お前たちの力になれるかもしれん」

 むしろ引くどころかごり押ししてくる。

 姉さんの押しと圧に根負けする形で、半ば勉強会に参加させることになった。

「この文脈は作者の意図をよく考えてみろ、その計算問題は順列の公式を応用して解くんだ、いいか、もともとルネサンスとは14世紀イタリアの人文主義に端を発しており―――」となかなか勉強になる補習授業をしてくれた。そのおかげもあり透哉や胡桃たちのテスト対策もだいぶ捗っており、時折、俺や九音の方も見てくれて色々とアドバイスをしてくれた。

 それからは色々な話をしながら勉強に打ち込む。

 時間が流れるのは早く、気が付けば、あっという間に夕方になっていた。

 胡桃が緊張した声で「明日のテスト大丈夫かな…………?」と小さく呟く。

「なんだ、赤点を取らないか今から心配しているのか」

 俺が笑いながらそんなことを口にする。

「縁起でもないこと言わないでよ」

 その言葉を聞いた胡桃がぷっくりとフグのように頬を膨らませながら抗議してくる。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ」

 胡桃のことを九音が励ますように言葉をかける。

「西園寺さんの言う通りだぞ、だからそんなに心配するな」

 それに続いて彼氏である透哉が胡桃の頭をよしよしと頭を撫でる。

「そういうのは私とユウマくんがいないところでやってよね」

 西園寺が顔を赤くしながら、注意するもまったく効果がなく赤くなってしまった。 さらに火に油を注いだようで悪意味で逆効果になってしまった。

「西園寺の言う通りだぞ」

 九音に続いて俺もそう言うと…………。

「九音ってば、もしかして羨ましいの? 自分がユウマにしてもらえないからって嫉妬しちゃってる!?」

 盛大に煽り散らかした胡桃を般若の形相をした九音が睨みつける。

―――そればまずいだろ。っていうか、なんで積極的にケンカを売っているんだ? そんなことしたらぶっ殺されるぞ!!

 心の中で突っ込んでいると案の定、ピキっと九音の額に青筋が立つ。

 それを見た胡桃が「ひぃぃぃ―――――――!! じょ、じょ、じょ、冗談だってば、ちょっとしたアメリカンジョークだよ」

 引き攣った笑みを浮かべながら弁明する胡桃に、「………言いたいことはそれだけかしら」

 と、九音がまるで世界を凍土にかえかけない絶対零度の眼差しを向けて死刑宣告をする。

「助けてよ――ユウマ」

 俺に助けを求めるが…………。

「わかっているよね? ユウマくん――――」

 怒りのボルテージをMAXにした九音にぎょろりと睨まれる。

――――すまない胡桃、俺にできることはなさそうだと無言の肯定で答えるとともに決して九音を怒らすまいと固く誓う。

「ユウマの薄情者――――! あんぽんたん、おたんこなす」

 俺の悪口を言いながら西園寺に、首根っこを掴まれて廊下に連行されていく。その様子を透哉と見守りながらドンマイと視線を送る。

 その後、廊下の方からマジギレした九音の声と幼子のように泣き喚く胡桃の声が漏れ聞こえてくきた。

 それから数分してから、西園寺のマジギレ説教タイムが終わった後に、げんなりと生気を失った胡桃とすっきりしたような顔の西園寺が戻ってくる。

 胡桃は西園寺に絞られて、説教された子供ようにしょんぼりとしていた。透哉も胡桃を元気づけるためにポンポンと肩を叩いていた。

 

 なんともいえない気まずい空気が漂う中、中間考査に向けた最後の悪あがきをしていく。

 ピリピリとした殺伐の空気の中、俺たちは黙々と勉学に励んでいる。

 ちらりと壁にかけてある時計に目を向けると、時刻が夕方の十七時を回っていた。そろそろお開きにしようと三人に言おうとした矢先。

「それじゃあ俺たちは先に帰るからあとはごゆっくり」

 逃げるように帰っていく二人を見送ったあと、気まずい空気の中で九音と二人きりになる。

 さて、どうしたものかと考えていると――――。

「ユウマくん」

 静かな声で西園寺に名前を呼ばれて、振り返ってみるといきなりドンと廊下に押し倒される。

「え、えっと西園寺さん?」

 俺があたふたしていると、端正な顔をゆっくりと近づけてくる。

――――ちょっと待ってくれ。まさかキスでされるのか…………

 驚きのあまり、ギュッと目を瞑る。刹那、唇とは違った、細くて柔らかくいものが俺の頬に触れる。

 恐る恐る目を開けてみると俺の反応を見た、西園寺がニヤリと意地悪な表情をして見下ろしていた。

「もしかして…………キスされると思った? ユウマくん」

 蠱惑的な笑みを浮かべながら訊いてくる。

「…………」

「沈黙は肯定ってこと? ユウマくん!?」

 デジャヴを感じながら、西園寺の煽り口調を聞き流す。

 反応を示さなかった俺を見た西園寺は、満足そうに目尻を下げる。

「ねえ、ユウマくん」

 名前を呼ばれる。この感覚にどこかデジャヴを感じながら、視線を西園寺に向ける。

「もし私が今回の中間テストでユウマくんよりもいい点数をとれたら週末にデートしてほしいの」

「デート?」

「…………ダメかな」

 潤んだ瞳で懇願するように上目遣いで尋ねてくる。

―――おいおいその表情は反則だろ。

「ッ…………」

 自問自答していると九音が作戦変更をしたようで、別のやり方で攻めてくる。

「もしかして、ユウマくん私に負けるのが怖くて勝負できないの?」

 意地悪な笑みを浮かべながら、先とは打って変わった対応でいきなり煽ってくる。

―――おいおい、さっきまでの幼気な少女はどこに消し飛んだんだ?

 またしても自問自答していると、「どうなの?ユウマくん」

 こちらを挑発するように好戦的な瞳を向けながら自信満々に微笑んでいた。

「わかったそこで言うなら受けて立つ。もし俺が勝ったら、約束は白紙に戻してもらうからな」

「良いわ。望むところよ」

 俺たちの会話を訊いていた胡桃と透哉が面白いことになってきたというような顔をしていた。

「頑張れ―――! 九音応援しているから、あとユウマも頑張ってね」

 胡桃が九音と俺に声援を送ってくる。

 透哉も俺に「せいぜい頑張れよ」と応援してくれる。

―――俺はついでかよ、っていうか、透哉の奴、応援する気ないだろ!

 なんとも言えない複雑な気分になりながら九音との勝負に臨むのだった。


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