第17話 図書館の大魔術師

私の休みの使い方として一番多く時間を使っている事は、なんと言っても読書だ、この世界ではパソコンやスマートフォンを使って電子書籍と言う物を読む人も増えているらしい、だが異世界から突然に転移させられた身としては前の世界でも馴染みのある紙の本の方が好ましい。


今日は学校も休み、私は自転車で約10kmの道のりを経て図書館に来ている。


地元のTV局と大きな公園に隣接されたこの図書館には、この世界の知識を得る為の4年間に何度も通っていた、様々な分野の本を一同に介して読む事が出来るこの場所は、この新しい世界で私を構成する知識の全てを得られた聖地だ、感謝に耐えない。

最近では学校にも図書室が1室あるので、こちらにはあまり来れてなかったのが、やはり県立図書館は蔵書の量が違う、独特の本の香りが玄関をくぐった瞬間に感じられる。



「あら、ジーンさん。しばらくお顔を見ませんでしたので、私とても心配していたんですよ」


「すみません常滑とこなめさん、実は先頃就職しまして」


「あら~、それはおめでとうございます。お婆さまもお喜びでしょう」


館内に入った途端に女性に声をかけられた、この図書館の司書さんの常滑とこなめ純子じゅんこさんだ、この図書館には顔を覚えられるほど通っていたので彼女とも随分と親しくなったのだ。


「今日はどのような本をお探しですか、ご案内しますよ」


常滑さんがクイっと眼鏡を指で持ち上げる。

この図書館には蔵書検索用のパソコンもあるのだが、最初、操作がよくわからなったので常滑さんに何度も館内を案内していただいた、自分の仕事も忙しいだろうはずなのに嫌な顔ひとつせずに親身になってくれた恩は、いつか返さなければいけないな。


「女子校の教師になったのですが、その授業で使えそうな事が載っているものがあれば」


「ジーンさんが女子校の先生!!それは、飢えた狼の群れに極上のお肉を投げ込む愚かな行為ですね」


「はぁ?教師と言うのはそれだけ命懸けで大変な仕事なんですね」


「その認識でいいと思いますよ、だから決して気を許しては駄目ですよ。それではいくつかご案内しますね」


「ありがとうございます、常滑さん」


その優しさに思わず彼女の手を握ってお礼を言ってしまった。


「い、いえ、これもお仕事ですから」


いつの間にか玄関ホールの人が増えていた、いかんいかんこんなホールの真ん中で長々と立ち話など邪魔になってしまうではないか、少し慌てた私は常滑さんの手を握ったまま階段へ向かった。そのうしろが何やら騒がしかったが、図書館ではなるべく静かにしないと迷惑ですよ。



「うわぁ、あのエロい職員のお姉さん狙ってたのにぃ~!」

「くそっ、今日はもう勉強する気にならん!」

「あんなかっこいい人が学校の先生じゃ、授業にならないんじゃ?転校考えようかな」






何冊かの本を抱えて2階のジェントル・ノイズのコーナーに腰を下ろす、この図書館だとサイレント・コクーンと呼ばれる私語が禁止されている静かな場所もあるのだが、常滑さんは大体解説があるのでこの席に案内してくれるのだ、今も私の席の隣に座って持ってきた本の解説をしてくれている。小声でも聞こえる距離なのでちょっと近い。


ヒソヒソ

「あれって図書館デート?」

「あんなに席くっつける必要ないよね」

「ちょ、む、胸が当ててっ!」


常滑さんは若くて綺麗なのでここの利用者には人気がある、そのせいで彼女と一緒にいると自然と注目されてしまう、周りがヒソヒソとコチラを見ながら囁いている。



「案内ありがとうございました、後は適当に自分で見て回りますのでご自分のお仕事に戻ってください、お手数かけました」


「あら、そうですか。では何か御用がありましたら私の携帯に、あ、携帯お持ちですか?」


私はリュックの底に仕舞ってあったスマートフォンを取り出して電源を入れる。


「あぁ、サクラ様に就職祝いに買っていただいたんですよ。えっと番号は…」


「ふふ、まだ慣れてないんですね、貸していただければ、私の番号登録しますよ?」


「いいんですか?この機械って意外と操作が難しくって」


常滑さんに私のスマートフォンを渡すと、長い指をササッと動かしてアッと言う間に登録してくれた。凄い速かった。


「フフ、一番最初に登録しておきましたからね♪」


画面を見れば常滑純子(一番頼りになる女)と表示されていた、なるほど流石は頼りになる人だ。


笑顔で去って行く常滑さんを見送り、本を読み始める。



「あ、あのぉ」


反対側、隣の席に座っていた女子高校生が話しかけてくる。


「何か?」


「え、いや、隣で見ていたんですけど、普通は図書館の連絡でスマホの番号交換はしないんじゃないかと思ってですね(どう考えてももナンパだよね)、いや、プライベートでだったら問題はないんです!差し出がましい事言ってすみません」


彼女の言葉に少し考える。


「…それもそうですね。別に用があるならわざわざ電話しなくても、事務室に行けばいいのか?」


「ですよね!」


「でも彼女は大変優しい方ですからね、ただの親切心かも」


「じゃあ、私とも番号交換しませんか、親切心で。いえ、決して他意はありませんよ」


まぁ、電話番号くらいはいいか。


「はぁ、まぁいいですよ、私は松代の高校で教師をやっています、武田仁です」


「武田仁様ぁ♡」



電話番号の登録を終えると彼女は階段の方にフラフラ向かった、見れば仲間と来てたらしく楽しそうに話している。きっと私の行動が心配だったのだろうが、学校の生徒達に心配されているようでちょっと居心地が悪い。

プライベートでは中々増えなかったアドレスに、今日だけで2人も一気に追加されてしまった。仕事場である学校や警察の関係者は番号を覚えてるし、サクラ様くらいしかアドレスに入っていないからな。


さて、常滑さんのようにスマートフォンを彼女に渡して登録してもらった画面を見ているのだが。


「多摩川 幸子(長野女子高等学校2年 愛人)」


ほぉ、女子校なのか、これも何かの縁なのかな。それにしても愛人って、真面目そうな顔してお茶目な事を、若い娘の感覚にはついていけてないな、どうやって消すんだこれ。

そんな事を思いつつ、よくわからなかった私は再び本を読み始めた。







時計を見れば午後3時を示している、いつのまにか5時間も経っていた。

大きく伸びをすると、読んでる途中の本とまだ読んでいない本を5冊それと利用カードをカウンターで常滑さんに渡した。


「あら?お名前がジーンから仁になったんですね」


常滑さんが渡したカードを見て首を傾げた。戸籍を用意してもらったのでついでに利用カードも新しく発行してもらっていた、このカードがないと図書館で本を借りることが出来ないので私には必須なのだ。


「ええ、日本の戸籍を用意してもらったのでついでに日本名で作ってもらったんです」


常滑さんにはジーンと自己紹介していたので、武田仁としては初めてだったのを忘れていた。


「帰化申請なさってたんですね、うん、仁さんでも違和感ありませんね。武田純子も別に可笑しくないですね」


「武田純子?その言い回しって女性の間で流行ってるんですか?」


「他でも言われたんですか?」


「ええ、勤めている学校の同僚や生徒達に」


「ああ、その方達は只の冗談だから、絶対に本気にしちゃいけませんよ」


常滑さんはそう言ってニコリと微笑むと本を渡してくる、そうだよな冗談だよな。

だからそんな怖い顔をなさらないでください、冗談ってわかってますから。



帰路の途中、自転車を漕ぎながら夕飯に何を作ろうか考える、図書館で読んだエスニック料理はサクラ様はきっと食べないだろうな。

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