悪役令嬢のサラは溺愛に気づかないし慣れてもいない

玄未マオ

第1章 悪役令嬢の婚約

第1話 悪役令嬢に生まれて

『今日この日をもち王太子の名において、我ジグムントはサラ・ヴァイスハーフェン嬢との婚約を解消する!』


 王侯貴族が集う祝宴で高らかに宣言する王太子ジグムント。


 婚約者として王太子と初めて顔を合わせた時、妹にさんざん聞かされていた例のシーンが頭の中でリフレインした。



 ◇ ◇ ◇


 前世の記憶を持ったままという少し変わった生まれ方をした私。


 この世界がとある乙女ゲームの世界だと確信したのは、王太子ジグムントとの婚約が決まった十歳の時である。


 その知識は前世の妹のユリアから。


 ちなみに私の前世の名は木村アオイ。


 無用なプチ情報かもしれないが、私の方は時代劇好きの祖母が、妹はサブカル好きの父が名付けたらしい。


 妹がはまったゲームの一つ、その名は『虹色コンチェルト』


 私はパート2の『悪役令嬢』。


 パート1の『悪役令嬢』フェリシア・ブリステルが断罪されて後、ジグムント王太子をはじめとするイケメン男子とのパート2が始まるらしい。



「どうしたのだ、サラ、最近沈んでいるね」


 王太子との顔合わせの後、悩んでいた私に父のコーエン・ヴァイスハーフェンが声をかけた。


「……」


 自分に前世の記憶があり、この世界が乙女ゲームの云々ということをどう説明していいのかわからず、私は押し黙った。


「もしかして王太子殿下との結婚がイヤなのかい? イヤなら正直に言っていいんだよ。うん、イヤなんだよね。イヤに決まってるよね。別にサラはお嫁に行かなくてもいいんだからね」


 なんだろう、この誘導尋問のような問いつめ方は?


 子供のイヤイヤでどうにかなる婚約でもないだろうに……。


「サラが困ってますわよ、あなた」


 ここで助け舟が登場、母のデリアである。


「でも、あの王太子がサラに横柄な態度をとったり浮気したりしたら……」


 言葉をはさんだのは、母譲りの橙色の髪をした七歳年上の長兄オーティス。

 

「その時のためにも、ばれない暗殺用の武器と毒薬は開発しといたほうが……」


 物騒なことを言い出したのが、私と同じく父譲りの紺色の髪をした五歳年上の次兄ライナート。


「あなたたち、冗談でもそういう発言は……」


 母が二人、特にライナートをいさめる。


「だってさ、王家がどうしてもっていうから結んだ婚約だろ。だけど、今の段階じゃ王太子が海のものとも山のものともつかないわけだし……」


 確かに!


 真実の愛がどうのこうの言っても、要するに浮気をしたくせに婚約者の方を責め立てるようなクズが跋扈するゲームですものね。


 あわわっ、そういうことじゃなくて……。


 家族の言葉は少々ピントがずれていたり、荒っぽすぎたりするところはあれど、本当にサラを愛してくれているのだなあ、と、実感できる。


 悪役令嬢転落の定番コースと言えば、処刑に国外追放、あるいは娼館や修道院行きと相場が決まっているけど、例のゲームのえぐいところはその転落に家族全員が巻き込まれてしまうところ。

 

 ゲームと同じ名前、同じスペックや身分の者が登場しているとはいえ、今の私にとってはここが現実の世界だ。

 

 十年生きて共に過ごした家族に対しても、すでに情が芽生えている。


 とにかく、座して断罪からの転落コースを受け入れるわけにはいかないのだ!

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