第61話 交わす心
「……っ、……殿下……?」
私は今、この方に何を問われているのだろう。
一国の王太子殿下が今、私の手を取り、跪いている。
まるで……殿下と私との出会いに、特別な意味を感じてほしいと。そう乞われているような気さえする。
こんなにも熱心に。
その真っ直ぐな瞳に混乱し、耐えきれず私は顔を背けた。自分の顔がみっともないほどに真っ赤に染まっているのが分かる。熱くて熱くて、胸が痛むほどに鼓動が激しくて、殿下に包まれている指先が小刻みに震える。
「……お願いだ、ミラベル嬢。私を見て」
「……なぜ、ですか、殿下……。なぜ、こんな……」
気持ちが昂り、言葉を発しただけで涙が溢れそう。一体どうして?殿下は私の想いに気付いていらっしゃったのだろうか。身の程知らずにも秘かな恋心を抱き、胸をときめかせていた私の想いに。それを罰していらっしゃるの?だって……、
ここで今、私がこの秘めた想いを打ち明けたところで、一体どうなるというのだろう。
ぐちゃぐちゃに乱れた心でそんなことを考えていると、殿下の柔らかな唇が、私の指先に触れた。たしかに伝わるその温かな感覚に驚き、私は反射的に殿下のお顔を見る。
まるでその瞬間を捕らえたかのように、殿下の唇から言葉が紡がれた。
「ミラベル嬢、……君が好きだ。どうしようもなく」
「──────っ!」
耳に届いたその言葉は、とても現実のものとは思えなくて、気が遠くなりそうになる。
私は、夢を見ているのかしら。
セレオン殿下が……、私のことを、好き……?
半信半疑で呆然と見つめる私の視線を捕え、この手を握ったまま、殿下は真摯な眼差しで言葉を重ねる。
「初めて君を見た時から、経験したことのない胸の高鳴りを感じていた。けれど、自分の立場はよく分かっている。美しくたおやかな君の仕草にどんなに胸がときめいても、アリューシャに優しく接し微笑みかけ、彼女をどんどん成長させてくれる君にどんなに心惹かれても、この想いを口にすることなど、ましてや成就させることなど、決して望んではいけないと分かっていた。……けれど、」
セレオン殿下はそこで言葉を区切ると、私の手のひらに、愛おしそうにそっとキスをした。
「……っ、」
「やはり、このまま君を諦めることなどできそうもない。私情を抜きにしても、私は君こそが、王太子妃となるに相応しい人物だと自信を持って言えるよ。少なくとも、今の候補者よりは、はるかにね」
「……お……、」
王太子妃……?
その言葉に、私はますます混乱した。心臓が大きく音を立てる。
セレオン殿下は、本気で仰っているの……?
この私を、ご自分の妃にと?
あまりにも畏れ多いその言葉に怖じ気付く気持ちと、大好きな人が私に想いを打ち明けてくれているのだという大きな喜びとが頭の中でごちゃ混ぜになって、ついに私の瞳から涙がポロリと零れた。
殿下はすぐに私の頬に手を寄せ、その涙をそっと拭ってくれる。そして跪いた姿勢のまま、私を見上げながら懇願するように言った。
「お願いだ、ミラベル嬢。どうか教えてほしい。もしも君が、勇気を出してこの私の胸に飛び込んできてくれるというのなら、私は全力で君を守る。生涯守り続ける。だから今はただ、君の気持ちだけを聞かせてくれないか。他のことなど、何も考えずに。……私のことを、どう思っているのか。ただそれだけを」
「……殿下……っ、」
「……君の愛を得られるのなら、こんなに幸せなことはない。お願いだ、ミラベル嬢。私の欲しい言葉を、どうか私に聞かせておくれ」
切実な響きを纏う殿下のその言葉に、私の心は大きく揺れ動いた。こんなことが許されるのか、これが正しいことなのかも分からない。けれど、ここで嘘をつくことも、逃げることも、私にはできなかった。
私は混乱し怯む心を捨て去り、勇気を振り絞って目の前の大好きな人に、自分の想いを伝えた。
「……わ……、私も、……あなた様のことを、心からお慕いしております……」
「……っ!」
そう答えた瞬間、恥ずかしさと喜びでいっぱいになり、全身が滾るほど熱くなる。思わず顔を伏せた次の瞬間、私はセレオン殿下の胸の中にいた。隣に座った殿下が、思いきり私を抱きしめている。
「っ!!」
「……ありがとう。嬉しいよ」
耳元で小さくそう呟いた殿下の声は少し掠れ、震えていた。
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