第55話 元領民の証言

「それと、ミラベル様の母君のご実家であるカースリー子爵家についても、可能な限り調べました」


 ジーンさんが再びそう口を開いた。


「カースリー子爵家は、この王国内の東方にある小さな領地を治めていた一家でしたが、今現在はその名を継いでいる人がおりません。ミラベル様の母君であるマリア様のご両親も、すでにご存命ではないようですが、間違いございませんよね?」

「あ、はい。昔母からそんな話を聞いたことがあります。流行り病で、わりと早くに両親は亡くなったと」


 それ以外の母の身内の話は、一度も聞いたことがなかった。


「あの辺りは災害に見舞われやすい地方であったためか、領地の経営状態は決して良くなかったようです。当時住んでいた領民やその家族も、今ではその多くが周辺の領地に散り散りになっています。……その中で、以前のカースリー子爵一家について記憶のある者を見つけ、話を聞くことができました」

「えっ……?!」


 話の急展開に驚き、思わず声が漏れた。心臓がドクドクと大きな音を立てはじめる。私は食い入るようにジーンさんを見つめ、祈るような思いで話の続きを待った。

 私の気持ちを汲み取ったように、ジーンさんはこちらを見て言う。


「話をしてくれたその本人もまだ子どもだったため、さほどはっきりと覚えているわけではないそうですが、それでも、カースリー子爵夫妻が二人の女の子を連れているのをたしかに見たことがあると。そう言っていました」

「……っ!!」


 衝撃のあまり、息が止まる。隣にいるアリューシャ王女の緊張した雰囲気を感じた。


 私の母の両親、当時のカースリー子爵夫妻が、二人の女の子を連れていた。


 そのうちの一人は、きっと娘である私の母。


 では、もう一人は……。

 

「領地の視察か何かの折だったのでしょうか。定かではありませんが、カースリー子爵夫妻と自分の両親が、家の前で真剣な顔で話をしている間、一緒に来ていた小さな女の子二人が自分のことを気にかけ、そのうち話しかけてきて、しばらくそこで一緒に遊んだと。その子たちがどんな容貌だったかを尋ねましたが、そこまでは覚えていないと言っていました」

「…………っ、」


 体が小刻みに震え、何も言葉が出ない。

 二人の女の子。二つのルビーのネックレス。

 そのネックレスを見つめる母の、懐かしむような瞳。

 偽造された紹介状を使い王宮勤めをしていた、アリューシャ王女の母君。


 母とアリューシャ王女の、ルビーのような美しい赤い瞳。

 

 一つの大きな可能性が徐々に現実味を帯びてきて、私の胸は期待と願いで張り裂けんばかりだった。

 だって、こんなことって……。


「……ミラベルさん……」

「っ!」


 ふいにアリューシャ王女が震える私の手を握り、迷子になった幼子のような不安げな声を出す。彼女のその手もまた小さく震え、そして冷たかった。

 なぜだか私には、アリューシャ王女の気持ちが手に取るように分かった。期待しすぎてはいけない。だってそんな夢みたいな話、あるわけがない。もしもそうだと信じ込んでしまって違ったら、どれほどがっかりしてしまうか。


 でも信じたい。


 私たちは今、全く同じ気持ちでいる。


「……アリューシャ様」


 私は彼女を安心させるために笑顔を作る。それが自分の大切な役目だと思ったから。

 そして自分の思いを伝えた。


「私はあなた様に初めて出会った時から、あなた様のその美しい瞳の色に母の面影を感じておりました。なぜだかあなたに優しくしたくて、特別可愛くて仕方なかったし、こうしておそば近くにいられる日々が夢のように幸せですわ」

「……ミラベルさん……。……あたしもよ……」


 アリューシャ王女の瞳にみるみる涙が溜まっていく。ルビー色の瞳が艷やかにきらめき、ますます美しく輝く。


「……だからここにどのような真実があったとしても、たとえこのまま、真実がはっきり分からないままであっても、……もしくは想像するような結末でなかったとしても、私たちの関係はもうずっと変わりません。アリューシャ様は私の、誰より大切な人です」

「……ミラベルさん、ありがとう……」


 唇を震わせ懸命に微笑む彼女の瞳から、一筋の涙が頬を伝った。いろいろな感情がごちゃ混ぜになって、私ももう胸がいっぱいだった。

 セレオン殿下が、そっと口を開く。


「……もう一人、真実に近付く証言をしてくれるかもしれない人がいる」

「……えっ……?」


 反射的に殿下の方を見ると、彼は優しい瞳でこちらを見ながら言った。


「ジーンたちが調べてくれたところによると、アリューシャの母君は王宮勤めをしている時に一人、特別親しくしていた女性がいたそうなんだ。同じく当時侍女として勤めていた、同年代の女性だそうだ。今はもう結婚して勤めを辞め、ここを去っているが、住んでいる場所は分かっている。……行ってみようか」

「殿下……。……え?」


 行ってみようか?……って?


「……で、殿下もご一緒に、という意味ですか……?」

「ああ。そうだよ」


 え。わざわざ、王太子殿下が出向くの?大丈夫なのかな。

 

 私がおそるおそるジーンさんを見上げると、殿下がクスリと笑った。


「大丈夫だよ。幸いその女性は王都からさほど離れていない伯爵家に嫁いでいる。日帰りで戻ってこられるし、……どんな事実が明らかになるにせよ、その時私は君たちのそばにいてあげたい。私にとっても、君とアリューシャはとても大切な人なのだから」


 セレオン殿下はそう言って、柔らかく微笑んだ。






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