第28話 王妃陛下のお茶会
そしてついに訪れた、王妃陛下主催のお茶会当日。
君が楽しめるようにと言って、またセレオン殿下が贈ってくださった美しい空色のドレスを身につける。何だかんだと私に贈り物をくださる殿下……。なぜここまで優しくしてくださるのだろうか。アリューシャ王女の教育係を引き受け、私にとっても楽しくて有益なことばかりの毎日なのに、ここまでの高待遇を受けるほどに感謝されるようなことだったのだろうか。ありがたいやら、申し訳ないやら。
「失礼いたします、アリューシャ様。ご準備の方は……、まぁっ……!」
王女殿下のお部屋に迎えに行った私は、アリューシャ王女の姿に思わず感嘆の声を漏らす。爽やかで明るいライムイエローと白のグラデーションカラーのドレスは、若く快活な彼女の魅力を存分に引き立てていた。鏡の前で姿勢を正して立っているその姿は、これまで見たことないほど気品に満ちていて、思わず感動してしまう。
「ど、どうかしら?ミラベルさん」
「と……っても素敵ですわ、アリューシャ様。よくお似合いだし、立ち姿のお美しいこと……!学んできたことがしっかり身に付いていらっしゃいますわ。素晴らしいです!」
「ふふ。ありがとうミラベルさん。全部あなたのおかげよ。……あ、あと、他の厳しくて根気強い先生方もね」
そう言って気恥ずかしそうに微笑むアリューシャ様が可愛くて、私もつられて笑顔になる。
「ふふ。そうですよアリューシャ様。お茶の席でのマナーも、皆様との会話に参加するためのたくさんの知識も、今日までしっかり勉強してきたのですから。自信を持って臨みましょうね!」
アリューシャ王女を安心させるためにそんな言葉をかけたけれど、本当は私の心臓は、昨日からずっとバクバクと激しく脈打っていた。ついにこの日が来てしまったと。王妃陛下に直接お目にかかって、一緒にお茶をする……。もう緊張のあまり、朝から何十回深呼吸をしたことか。
だけどアリューシャ王女は、まるでそんな私の心を読み取っているかのように優しく微笑むと、こう言った。
「ふふ。ありがとうミラベルさん。あなたこそ、私がついているんだから大丈夫よ!あまり緊張しないでね」
「……アリューシャ様……」
やだ……。泣きそう。ご自分だってここ一週間くらい緊張気味だったし、きっと今も心の余裕なんてそんなにないはずなのに。私のことまで気遣ってくださって……。
(本当に、優しくて可愛らしくて、なんて素敵な方なのかしら)
しっかりしなきゃ。私がこの方を守るんだから!何かあったらすぐさまフォローして、困ったり嫌な思いをしたりしないようにしなきゃね。
私はひそかに決意を新たにしていた。
アリューシャ王女について、お茶会の会場となっているサロンに向かう。前にいた衛兵が扉を開けてくれて、私たちはしずしずと中に入った。
(うわぁ……、なんてきらびやかな方々かしら……っ)
長テーブルを見た途端、思わず萎縮してしまう。一番奥にゆったりと腰かけている王妃陛下の両隣には、ずらりと貴婦人たちが並んで座っているではないか。誰もが高価そうなドレスを身にまとい、一斉に私たちの方に視線を向ける。品定めするような容赦のないそれらの視線に、内心ビクビクしながら私は足を進めた。さぁ……、大丈夫かしら、アリューシャ王女は……。
心配しながら見守る私の前で、アリューシャ王女は王妃陛下の前にたどり着くと、目の覚めるような美しいカーテシーを披露する。
「ごきげんよう、王妃陛下。本日はこのような華やかなお茶会の席にお招きいただきまして、光栄に存じます」
(……素晴らしいわ、アリューシャ様っ……!)
その姿はとても落ち着いていて、気品に満ち溢れ、彼女の愛らしい容姿と相まってとても魅力的だった。近くの席にいる貴婦人たちも感心したような顔でアリューシャ王女を見守っている。
「ごきげんよう、アリューシャさん。少し見ない間に本当にご立派になられて。あなたとこうして茶会の席でお喋りするのはきっと初めてよね。今日は楽しみましょうね」
そんなアリューシャ王女に向かって、王妃陛下が優しく微笑みそう返事をなさった。……さすがはあのセレオン殿下の母君。なんて見事な金髪に、女神のような美しいお顔立ち……。
はっ。いかんいかん。見惚れている場合じゃないわ。
アリューシャ王女の次に、私も王妃陛下にご挨拶をした。ああ……緊張のせいで変な声になっちゃう……。
「お初にお目にかかります。ミラベル・クルースでございます。クルース子爵家の……」
「ええ、王太子殿下から聞いているわ。いつもアリューシャさんをありがとう。あなたもぜひ、今日は気楽に楽しんでちょうだいね。いろいろとお話を聞かせてほしいわ」
王妃陛下はそう言って、カチンコチンになっている私の挨拶をそっと遮った。気を遣ってくださったのだろうか。その微笑みの奥に冷たい色は一切見えず、私は心底ホッとしていた。
かくして、この国で最も高貴なお方のお茶会が始まったのだった。
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