第7話 赤い瞳の少女

「ほ、本当にごめんなさいお姉さん……。痛むの?大丈夫?」


 突如現れた、オリーブグレーの髪色の見目麗しい男性が店の夫婦と話をつけている間、赤い瞳の少女が私を気遣い声をかけてくれる。その男性とともに数人の護衛と思われる人たちも慌てた様子で現れ、この美少女がやはりどこぞの良い家柄のお嬢様であることを察した。


「う、ううん……。大丈夫よ。違うの。気にしないで……」


 私はどうにか立ち上がり無理矢理笑顔を作る。けれど私を見上げる美少女の顔は申し訳なさそうにシュンとしている。


「私のせいでこんな騒ぎに巻き込んじゃって……。お姉さんに怪我までさせてしまうなんて。助けようとしてくれただけなのに、ごめんなさい」

「あ、ううん。違うのよ本当に。この怪我はその……、違うの。元々してた怪我だから」


 マズい。私の耳の怪我を自分のせいだと勘違いして落ち込んでるわ。

 慌てて言い訳しようとすると、その子が何かに気付いたようにすばやくしゃがみ込んだ。

 

「……お姉さん……、これ、って……」

「?……あ、」


 その手のひらには、私のルビーのネックレスがあった。咄嗟にワンピースのポケットをまさぐると、入れていたはずのネックレスがなくなっている。


「ありがとう。私のものなの。落としてしまったみたい。……よかったわ、拾ってくれて」


 他の荷物と一緒に宿に置いたまま外出するのは不安すぎて、ケースから出して持ってきたのだった。不在の間に盗まれたりしたら立ち直れない。だけど危うく道端で失くしてしまうところだった。

 返してもらおうと手を差し出すけれど、その子は私のルビーのネックレスを食い入るように見つめている。


「……?どうかしたの?」

「っ!……いえ、とても綺麗だなって思って。……はい、どうぞ」

「あ、ありがとう」


 ネックレスが私の手元に戻り、沈黙が走る。向こうを見ると、オリーブグレーの髪の男性はまだ店の夫婦と話している。私たちは顔を見合わせ、どちらからともなく微笑んだ。少女が言う。


「私、アリューシャっていうの」

「アリューシャさん?綺麗なお名前ね。私はミラベルよ。お付きの人が助けに来てくれてよかったわ」


 そう言うと私は、そばで所在なく佇んでいるみすぼらしい身なりの小さな女の子の頭をそっと撫でた。まだ不安そうにしたままお菓子を持っているその子に、私は優しく話しかける。


「きっと大丈夫よ。もうすぐ帰っていいって言われるからね」

「……あなたは誰にでも優しくするのね、ミラベルさん」


 アリューシャちゃんが私を見つめながらそう呟いた。キラキラと輝く赤い瞳がとても綺麗だ。……本当に、このネックレスのルビーみたい。


「ふふ。困っている子を見て放っておけなかっただけよ。あなたも、もうあまり無茶はしないでね。これからは外出する時は護衛や侍女をちゃんと連れて出るのよ。いい?」

「……ええ。分かったわ。あなたがそう言うなら、そうする」

「うん。いい子」


 素直な返事に安心して、私はその子の頭もそっと撫でた。ちょっと子ども扱いしすぎなのかもしれないけれど、可愛らしいその子に優しくしてあげたくなったのだ。

 するとアリューシャちゃんはハッと驚いたような表情をした後、私を見つめて赤い瞳をキラキラと輝かせた。


「……ね、お姉さんはこの辺に住んでいる人なの?」


 嬉しそうに頬を染めた彼女は、私にそう問いかける。


「ううん。遠くの領地から王都に出てきたばかりでね、向こうの通りの宿に泊まってるのよ」

「へぇ。そうなの?一人で?」

「ええ、まぁ……」


 それから私たちは、しばらく互いのことについて話した。アリューシャちゃんからいろいろ聞かれたけれど、話しづらい部分は適当にごまかした。一番安い宿に滞在していて、これから仕事を探すこと、耳は元々痛めていたし、近々医者に見せるから大丈夫なことなどを伝えた。


「あなたはいくつなの?アリューシャさん。この辺りにお屋敷があるの?」

「わ、私っ?……えっとね、歳は13になったばかりよ。お屋敷、は……、うん。まぁ、そうね。わりと近い、かな……?」

「?……そうなの」


 私も濁したけれど、こちらも何やら話しづらい事情がありそうだ。目を泳がせるその子に、それ以上いろいろ追及することは止めた。

 その時、店の夫婦と話をしていたオリーブグレーの髪の若い男性がこちらに戻ってきた。……近くで見ると、神経質そうな雰囲気の、とても整った顔立ちの人だった。


「話はつけてまいりました。もう大丈夫です。そこの子どもにあげた菓子も、もう持っていっていいそうですから」

「あら!よかったわ!さ、持ってお帰り。かえってトラブルに巻き込んじゃってごめんなさいね」


 アリューシャちゃんがそう声をかけると、みすぼらしい身なりの女の子はホッとしたように頷いて、小さな声で礼を言って駆けていった。

 その子が去るのを見送った後、オリーブグレーの髪の男性はジロリ、と私に視線を向けた。値踏みするようなその目つきに居心地が悪くなり、私は慌てて言った。


「……じゃあ、私もこれで。お元気でね」

「ま、待ってミラベルさん!……ね、ジーン、この方私のせいで怪我をしてしまったようなの。耳が痛むって」

「っ!!」


(だ……だから、違うってば!!)






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