第四話 最後の頼み

 寝顔は想像以上に幼い。十五、六と聞いていたがそれ以上に幼く見える。大将首を討ち取ったほどの忍術使いにはとても見えなかった。


 同情は禁物である。


 この好機を逃して仕舞えば二度と訪れることはないかもしれない。


 力を込め思いっきり振り下ろした。


 血飛沫が舞い上がる。


 はずだったのだが、これは一体どういうことなのだろうか、刃は胸の前で止まっていて突き刺さることはなかった。


 よく見ると刃は光の塊に遮られそこから先に進めないでいるようだ。


 体重をかけ押し込もうとするが全く先に進まない。一度引き上げ首筋目がけ刃を振り下ろした。


 結果は同じだった。光の塊が邪魔をし、刃が突き刺さることはなかった。


 本当に神のご加護により守られているというのだろうか。


 刃が突き刺さるのを邪魔していた光が全身を包み込んでいく。


 天草四郎は光に包まれ立ち上がる。立ち上がったが目はまだ閉じたままだ。意識がある様な状態には見えなかった。


 意識のないまま立ち上がっているように見えた。


 光は全身を包み込み、背中から蛸の足のような、鞭状のものが伸び上がってくる。しなりながら、波打ちながら伸び上がり、腕のような形へと変わっていった。


 これは、千手観音の術。


 一人で複数人と対峙できるように腕の数を増やす術だが、この術を使っている者など初めて見た。


 想定外の術を使ってきた。


 天草四郎は卓越した忍術の使い手である事は間違いないようである。しかも意識の無い状態のままで千手観音の術を使いこなせる程の使い手のようである。


 寝ている状態でも術により身を守る術を知っているようだ。


 飛苦無を投げつけてみるが光の衣に弾かれ、効果はまるで見られなかった。


 なるほど、これが切支丹信仰者は銃弾など当たらぬと伝え聞く所以か。


 全員に抜刀を促し攻撃に備えるよう命じる。


 術を使いこなせていないと聞くが、これほどの最上級忍術を使えるなら、里で鍛錬をして使いこなせるようになれば、間違いなく日ノ本一の使い手になれることだろう。


 伸び上がった光の塊は、完全に腕の形となり拙者等に襲いかかってきた。


 この場にいる全員に同時に攻撃を仕掛けてきた。


 腕はこちらの人数と同じく十本ある。


 それぞれ各個に光の腕に応戦していくこととなった。


 天草四郎はその場から動くことなく立ち尽くしている。腕だけが動き攻撃を仕掛けてきている状態だった。意識はまだ無いように思われる。


 光の腕を刃で受け止めると金属音のような音が響き渡った。


 光の腕は金属のような硬さを持っているということなのだろうか。


 皆、防戦一方だった。腕を打ち払っても柳のようにしなるだけで、攻撃の威力を打ち消してしまい効果はまるでないように思われる。斬りつけても斬れるような気配はまるでなかった。


 弾き飛ばしてもしなるだけだし、刃を立てても斬れもない。


 しかも一撃一撃が重い。


 攻撃を受ける度にずしりとした重圧が腕にかかる。足腰が弱くなっている拙者には足や腰にも重圧が響いてきていた。


 このまま受け続けていれば、いずれ体力がなくなり光の腕の鞭状の攻撃の餌食となってしまうことだろう。


 だが、背を向け逃げるのも危険な気がする。


「夏見、拙者がお主の分も腕を受け止める。その隙に飛び込めっ」


「はっ」


 刃を捨て、両腕に装着した鉄甲で二本の光の腕の動きを止めるべく奮闘した。


 重みのある攻撃に片腕では受け止めることができず、何度も弾き飛ばされてしまった。


 足腰が限界に近づき、どうすればいいか思案していた時、夏見が敵の隙を見つけて飛び込んだ。

 天草四郎を包んでいる光が、幾分薄くなっている箇所がある。そこに目掛けて刃を突き立てた。


 目を閉じたままでいた天草四郎の目が大きく見開くこととなり、光の腕の動きが止まった。


 この好機を逃すまいと皆、飛び込んで行き刃を突き立てた。拙者も刃を拾い上げ追従する。


 体から流れ出た血が床を覆っていく。


 光の腕も消え、体を覆っていた光も少しずつ消えはじめ出した。


 止めを刺そうと更に刃を深く差し込む。


 次の瞬間、光が広がり我々は大きく弾き飛ばされてしまった。目の前に砲弾が落ちたかのような衝撃を感じ弾き飛ばされてしまった。


 後ろの壁に叩きつけられ全身に痛みが走り、苦痛の声をあげる。腕は麻痺し感覚がなくなっていた。


 今の衝撃はなんだったのだろうか、お互いに顔を見合わせ全員の無事を確認する。


 目の前の床に倒れ込んでいる天草四郎からは大量の血が流れ出し続けている。あの量の出血では生存し続けるのは難しいだろう。


 勝負はついた。


「皆、よくやったぞ」


 満身創痍だった。身体中の痛みを堪えながら笑みを浮かべ、皆に称賛の言葉を送る。

 拙者の言葉に全員苦笑いを浮かべていた。皆、体の自由が奪われてしまっている状態で、勝利を噛み締めている余裕はないように見受けられる。


 辛勝だった。


 十対一の状態で秘術を使い眠らせていたというのに、一歩間違えばこちら側が全員殺められていたかもしれない状態だった。


 全員勝利して笑顔を浮かべるより、一安心しているような表情をしていた。


「私が、、死ねば、皆は、、どう、なる」


 言葉を発した。


 全員の目が天草四郎に降り注がれる。


 全員で刃を突き立てたのだ、十箇所も刺されたのだ、動けるはずはない。それなのに床を這い出入り口の方へと向かって行っていた。


 執念。


 まさにそれだった。執念で体を動かし前に進んでいる様子だった。命が尽きる最後の瞬間まで前進を止めないというのだろうか。


 敵には敵の覚悟があるというが、天晴である。


 拙者は天草四郎を抱え起こす。


「安心せよ。切支丹を捨てると言うならば、命までは取らないと松平伊豆守信綱様は仰られておる。皆の心配をする必要はない」


 そう言って止めの刃を心の臓に突き刺した。


 大きくのけ反った後、首を項垂れ動かなくなった。


 その時、扉の開く音がし、誰かが駆け寄ってくる足音が響き渡った。暗殺は成功したのだ、早々に撤退しなくてはならないのだが、体の自由が利かない。


 弾き飛ばされた時の衝撃からの痛みと腕の麻痺が治っていない。


 走り寄って来た者は襖を勢いよく開けると室内に飛び込んで来る。天草四郎が血溜まりの上に倒れているのを見て目を釣り上げ、髪を逆立て、夏見に襲いかかっていった。


 入って来たのは大蔵だった。警戒しなくてはいけない最重要人物である。


「真っ黒、貴様の仕業かーっ」


 夏見に向かいそう叫んだ。


 夏見も体の自由が利かないようで大蔵の攻撃に防戦一方となる。手助けに入らなくてはならないのだが、拙者も体の自由が利かない。


 このままでは夏見はおろかこの場の全員が、大蔵により討ち取られてしまいかねない状況だった。


「大蔵、もう、よいのだ」


 驚いた。まだ動けるのか。天草四郎は大蔵に覆い被さるとそう言った。


「四郎、生きていたのか。待っていろ、今、医者のところに連れて行く」


「大蔵、私の心の臓は、、もう鼓動を打っていない。私のことは、、もういい」


「何言っているんだ。いいから黙ってろ」


「いいから聞いてくれっ」


 言葉に力を込めると、着物の赤い染みが更に大きく広がった。


「ここにいる者達は、私の首を差し出せば、他の者は切支丹を捨てるなら皆助けると言っている」


「それでよい。もう、それで終わりにしよう」


 その言葉を聞くと大蔵は天草四郎を強く抱きしめ、体を震わせ涙した。


「皆に、切支丹を捨て、幕府に従うよう説得してくれ。これは私の最後の頼みだ」


 大蔵の涙顔までゆっくりと腕を上げると、頬に手を添えそう言うと、動かなくなった。


 死に顔は微笑んでいた。


 この若者は、最後どのような思いを抱え逝ったのだろうか。

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