第六話 女性、子供の大逆襲

「お前等ー、出番が来たぞー、配置につけーっ」


「おぉーっ」


 甲高い声が響き渡ったと思ったら、女性の方々や子供達が自分の背丈より大きな板を抱え集まってくるではないか。中には兜を被っている方や鉄砲を持つ方までいた。


 板を抱えた方達は城壁前に手際よく板を並べ、予め用意してあった石を所定の位置に準備していく。


 銃撃隊、弓隊は兜を被った女性の方々や子供達に持ち場を譲ると二之丸前に集まりだした。


「言っただろ。女、子供も手勢だって」


 大蔵は私に向かって得意げな表情をしてきた。


「ちょっと待て、女性や、子供達に二之丸を守備させるのか?」


 いくら何でもそれは危険すぎるのではないかと抗議した。


「大丈夫だ、敵は攻めて来ない」


 私の抗議に大蔵は自信たっぷりにそう言ってきた。


 どういうことなのだろうか?


「初戦は四万の軍勢で近付くことすら出来なかったんだ。板倉勢のみで攻撃は仕掛けて来ない」


「脇には松倉勢、有馬勢が控えているではないか」


「彼奴等は三之丸、天草丸の援軍に行くことになる」


 大蔵が言うには、幕府軍は三之丸、天草丸に攻撃を仕掛け二之丸の守備兵を援軍に向かうよう仕向け、手薄になった二之丸に攻め込むことを考えているのだろう。


 しかしそれは動きがないとなれば、二之丸に攻め込んでは来ないという事にもなる。


「しかし、攻めて来たらどうするんだ。子供達に鉄砲を撃たせるのか?」


 大人の女性の方ならともかく、子供に扱わせるのは危険すぎる。


「四郎、あれは鉄砲ではない」


 どういう事なんだろうと思いよくよく見てみたら、鉄砲に模した棒だった。それに兜も藁製の物に粗末な板を張り合わせただけの物のようだった。


「遠くから見たら分からないって」


 大蔵の作戦はこうだ。女性や、子供達に銃撃隊の格好をさせ替え玉とし、本物の銃撃隊を援軍に向かわせる。

 第二弓隊を本丸まで下げ何処の援軍にも向かえるような状態にする。もし板倉勢が攻め込んで来たら、投石隊と第二弓隊で応戦している間に援軍に向かった者達を呼び戻す。


「四郎様、某も大蔵殿の策に賛成でございます。三之丸の現状を考えれば援軍は必須。宗意殿と某が残ります故、援護に向かわれてください」


 蘆塚殿だった。


 別に大蔵の作戦が悪いと思っていた訳ではない。私が動かずに固まっていた理由は別にあった。


「大蔵、ひとつ聞きたい。お主が女、子供も手勢のうちだと言ったのはかなり前の事だと思うが、その時からこの策を考えていたのか?」


 大蔵は意味ありげに笑っただけで返事はしてくれなかった。


「おーし。三之丸投石隊、天草丸投石隊ーっ。お前等の出番が来たぞーっ。男達が血を流し戦っているのに、自分の非力さが悔しくて泣いた夜があったんだろ。その憂さを晴らしに、男共を助けに出陣するぞーっ」


「おおぉーっ」


 甲高い声が響き渡った。


 私は大蔵の言葉に腰砕けになった。女性や、子供達に戦いをさせるなんて反対だった。そんな事させる訳にはいかないと思っていた。守るべき存在だと思っていた。

 でもそれは違っていたようだ。自分の非力さに悔しくて泣いていたことなど知らなかった。


 大蔵の言葉に皆、目を燃えたぎらせている。


 大蔵はこの者達の気持ちを汲んで、この者達でも活躍出来る役目を見つけ出してくれていたというのだろうか。


 私は皆の気持ちをよく分かっていなかったようだ。


「大蔵、私は第二弓隊を本丸まで下げ、銃撃隊、弓隊を連れすぐに向かう。お主は先に三之丸に向かってくれ」


「おーよ」


 大蔵は天草丸投石隊にすぐに行くから先に行って準備していてくれと言ってから、三之丸投石隊と共に三之丸へ向かって行った。


 今、二之丸の兵を動かすのは賭けでしかない。賭けをしなければならない、それほど三之丸の状況が危うい状態となっている。三之丸の状況を打開せねば私達の勝利はない。


「この場はお願いします」


 私がそう言うと目を輝かせながら、はいと答えてくれた。忘れていた。切支丹の女性や、子供達は強いということを。


 自分達の役目が貰えて、自分達の存在が皆の力になれることが嬉しくて仕方がない。そんな目をしていた。


 二之丸の兵が動いた事を城外の敵に悟られないようにしながら、第二弓隊を本丸へ下げた。


 そして、一番の激戦区三之丸へ走った。


「おい、者共、逆賊共に石の雨を降らせるぞー」


「おーっ」


 三之丸に到着すると投石隊の攻撃が始まるところのようだった。


 立花勢はもう城壁の目の前にまで迫ってきていた。銃撃隊、弓隊の攻撃はいまだに思うような成果は上げられていないようだった。


 三之丸の指揮をしている松右衛門殿の元に到着すると、援護に来たことを伝え声を上げた。


「皆の者ー、撃ち方止めー、聞いてくれー」


 私は旗頭、大蔵に負けてばかりいる訳にはいかない。敵が響かせている音に負けぬよう。腹の底から声を出すように心掛けた。


「私達はでうす様の使者であり代弁者である。でうす様は平穏な世を所望されておられる。その平穏を乱す寺沢、松倉両名を討ち取るべく立ち上がったことを忘れるなーっ。奴等が私達にしたことを忘れるなーっ。何も恐れることはない。常に正義は私達にある。でうす様に勝利を捧げるべく全力で戦うぞーっ」


「おおぉーっ」


「四郎の奴、張り切ってんなー。おーし、聞いたかー。我々にはでうす様がついている。失敗なんかする訳ない、練習通り行くぞーっ」


「おーっ」


 甲高い声が響き渡ったと思うと、城壁前に用意しておいた投石用の板に次々と飛び乗っていく。


「皆の者ー、盾は必ず崩れる。用意されよー」


 大蔵が私の方に視線を送ってきたのでそう叫んだ。


 投石用の板により、跳ね飛ばされた石が次々と城壁の外へ飛び出していく。そして、竹の束を抱えた者達に石が次々と襲いかかった。


 銃弾とは違う、重みのある衝撃に竹束を抱えていられなくなる者が続出した。


 そこを狙って銃弾が放たれる。一発破裂音が響き渡ったと思ったらそれに追従するかのように無数に響き渡った。


 板を掲げている者達も同じだった。矢の衝撃には耐えられていたが石の重さが加わった衝撃には耐えられず、板を弾き飛ばされてしまう者が続出した。


 そこに矢が雨のように降り注ぐ。


 形勢は完全に逆転してしまった。三之丸を守る者達は完全に息を吹き返し、押し寄せて来る者達を次々に迎撃していく。

 今まで冷静沈着に列を乱すことなく距離を詰めて来ていた立花勢は、混乱状態になり右往左往し出した。


 完全に立花勢の進軍は止まってしまった。


 それを確認した大蔵は踵を返し本丸の方へと走り出して行った。


 私は慌てて直ぐに向かえる銃撃隊、弓隊をまとめ上げると大蔵の後を追いかけた。



「何やってんだ。唐変木ども、天草丸の方角に矢を射ろ」


 本丸に到着すると大蔵は第二弓隊にそう声を荒げていた。


 ここから矢を射るんですか?敵まで届きませんよ。仲間の頭に降り注いでしまいますよ。などなど反論が多数出ていた。


「やかましいっ。やれって言ったらやるんだよ。ここから前進しながら矢を射ろ。仲間を射った奴は後で土鍋に放り込んでやるから覚悟しろよ」


「えーっ」


 冗談で言っているのだろうが、本当にやりそうだから怖い。第二弓隊は大蔵の言葉に恐れ慄いているようだった。こらこら無粋な真似をするでない。


 後から到着した私は、このままでは天草丸は突破されてしまう。突破されて仕舞えば皆殺しになってしまう。仲間のことを思うなら射るんだ。大丈夫だ。私達にはでうす様がついている。己の腕前を信じて射るんだ。と、言うと力強く頷き、目の色が変わった。


「本当に四郎の言うことだとすぐ聞くんだよなー」


 大蔵は私に恨めしそうな目を向け、そう言って天草丸の方角に走って行った。


 いやいや言い方が悪いだけだろ。


 私も大蔵の後を追いかけて行くと矢が上空を滑空していった。第二弓隊の矢が城外へ降り注ぐ。


「やれば出来るではないか」



「皆の者ー、聞いてくれー、皆の後ろには心強い、第二弓隊が控えておる。その後ろには天の御子様もおられる。天草丸は孤立してない。何も恐れることなどない、落ち着いて逆賊どもを迎撃されよーっ」


 大蔵の檄が聞こえてきた。


 三之丸の時と同じように投石隊に指示を出すと投石を始めだす。


 結果は同じだった。銃弾や矢の攻撃は押し返す事ができても、重量のある石が竹束や板に直撃してしまうと支えきれず弾き飛ばされてしまう。


 そこへ前進してきた第二弓隊の矢が降り注ぐ。


 これを見て鍋島勢の前進を止める事ができず、意気消沈していた天草丸の銃撃隊、弓隊が息を吹き返す。


 私が援軍を連れ天草丸に到着した時は勝負は付いてしまっていたようだった。


『ど、どどん、ど、どどん、ど、どどん』


 太鼓の音が鳴り響いた。この拍子の音は聞いた事がある。撤退の拍子だ。


 鍋島勢はその太鼓の音を合図にして後退して行くこととなった。そして三之丸からも同じ拍子の太鼓の音が響き渡ってきた。


 再び大勝利となった。


 城内中から歓喜の声が響いてくる。


 一時は本当にどうなるかと思ったが再びの大勝利となった。

 

 本当に私は皆の力に助けられている。


 今回も大蔵の活躍には本当に助かった。


 そして、投石隊に本当に助けられた。


 老婆様、お元気でいられるでしょうか。貴方様方が用意してくれた投石隊が勝利に大きく貢献してくれました。


 本当に有難うございます。

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