第四話 増え続ける幕府軍

 大勝利から一夜明け、外の様子を窺いに出ると城外の風景は昨日とは一変していた。


 土手も柵も無くなってしまっている。これはどういうことなのだろうか。


「闇夜に紛れて作業したのでしょうな。彼奴等、昨日あれだけこてんぱんにされたのに全然懲りてないようでございますな」


 宗意殿だった。


「せっかく造った土手や柵が壊されてしまいましたね」


 昨夜は静かな夜だった。灯もともさず、闇夜の中で音も出さずに土手を崩し、柵を引き倒したということなのだろう。


「あれだけの数がいるのです。それくらいはするでしょう」


 それでも宗意殿は余裕を持っているように見えた。そもそもあの土手は銃に不慣れな者が射程距離が分かるようにするために造ったもの。


 一戦交え、銃の扱いを覚えて仕舞えば、別に無くなっても問題になどならない。


 それに土手を崩したとしても跡は残っている。土手の跡を越えた者を狙い撃ちすればいいだけ。と強気に言ってきた。


「しかし、足場が安定しているようでは前回のように盾としている竹束に乱れが生じません。銃では、足を止められなくなってしまうかもしれません」


「ご心配は無用です。まーた、手玉に取って差し上げます故、何も問題などありません」


 顎に手を当て意地悪そうに微笑んだ。昨日、幕府軍を撃退してみせた様は本当にお見事だった。それが自信につながっているのだろうか、それともまた驚くような戦略を用意しているのだろうか。


「頼りにしています」


「お任せあれ」


 宗意殿は自信たっぷりのようだが、幕府軍側からすれば威厳を保たなくてはならない。このまましてやられたままでいる訳にはいかないだろう。


 昨日は陽が登りきったころには撤退し、しばし睨み合いの状態が続くこととなった。また攻めてくるかと思ったが、その日は遂に攻めてくることなく夕刻を迎えることとなった。


 百姓の集まりと侮っていたのだろう。一気呵成に押し寄せれば、難なく事態を収拾できると思っていたのだろう。

 しかし、最初の衝突で侮れぬ相手と識別し、無理に攻め込むことはせず状況把握に努め作戦を変更してきた。


 撤退の判断も早かった。このまま攻め続ければ被害が拡大するだけと判断したのだろう。力を温存し立て直して反撃するべきだと即座に判断したのだろう。

 相手を見下したままでは早々にできるような判断ではない。相手の力量を見て分析し、的確な判断を即座に下したのだろう。


 やはり、敵大将、板倉重昌は相当な切れ者のようだ。


「決断が早かったのは恐らくあれが要因でございましょうな」


 そう言われ、宗意殿が指差した方向に目を凝らすと、昨日は見られなかった模様の旗印が二つ立っていた。


「久留米藩の有馬軍と柳川藩の立花軍のようですな」


 久留米藩と柳川藩が合流したということか。


「幕府は九州中に討伐隊を出すよう御触れをだしたのでしょう。どうりで九州到着から城前に押し寄せるまで時間が掛かってたわけです」


 これからますます数が増えるということなのだろうか。


「戦乱の世では時間を掛け攻め続け、綻びが出来たところに兵を集中させ城を落とす。そのような作戦をした武将がいたと聞きます。増援が見込めるから力を温存し、多勢になってから攻め直そうと直ぐに切り替えたのでしょうな」


 つまり、昨日の戦いは幕府軍にとっては前哨戦だった。私達を見定めるための力試しだったということか。


 大勝利だ、などと言っている場合ではなかった。


 次が勝負だろう。もう相手に油断はない。本気で策を巡らし攻めてくるだろう。ただ、次の攻撃を弾き返すことが出来れば、談判を申し出てくるかもしれない。


 その時こそ私達の主張を認めてもらう好機だ。


 憂慮すべき状況だということが分かり頭を抱えながら、二之丸の見晴し台から降りると楓等が手際良く弓矢を拵えていた。


 手には赤い裂け目がいくつも見られる。前回より酷くなっているようだった。


「四郎様、私等の手当ての心配は御無用ですので」


 近づこうとしたら、そうきっぱり言われてしまった。


 更に私達は私達が今できることに最善を尽くしています。四郎様も頭を抱えてないで最善を尽くされてください。と追い打ちをかけられてしまった。


 椿に言われているような気がした。楓は椿のように屹然と物事を言う性格ではなかったと思ったのだが、度重なる苦難を乗り越え気高さが身に付いたようだ。


 皆、それぞれの場所で頑張っている。私も今の場所で頑張らねばならないようだ。気落ちしている場合ではないようだ。


 更に周辺を見て回ると、蘆塚殿は銃の調子を見て回っているようだった。こちらも忙しそうにしていて、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。


 本丸に戻ると父上、山田右衛門作殿、大矢野松右衛門殿が議論を交わしているようだった。


 次は二之丸へ真正面から攻撃はしてこないだろう。本丸の北側にある三之丸方面から来るか、もしくは反対側の天草丸に来るか、来た時はどう対応すべきかを議論し合っているようだった。


 矢の飛距離の長い第二弓隊は二之丸に配置しどちらに来ても対応できるようにし、銃撃隊、弓矢隊をそれぞれに分けたらどうか。


 いや、それぞれを均等に配置したらどうか。


 そんな感じのことを議論し合っていた。私にはどちらにすれば良いかなど分からないので、この場にいても無駄そうだと思い、三之丸に向かった大蔵の後を追いかけてみることにした。


 三之丸に到着すると大蔵が板を使って何やらしているようだった。


 長い板を城壁に対し縦向きに揃えると、長い板の中程に板を差し込む。差し込む板は中間に溝が彫られていて、その溝にちょうど長い板が嵌るようになっていた。


 二枚の板を十字のような形に配置すると、壁と反対側を少し引く、引かれた方は重くなるので沈み込み地面に着いて、壁側が浮き上がるような形となった。


 地面に着いている側の先には窪みが作られていてそこに石を乗せる。そして浮き上がっている側の端に大蔵は勢いよく飛び乗った。


 飛び乗った反動で板の先に乗せられていた石が、勢いよく城壁の外へ飛んで行った。


「おーっ、意外と飛んだぞ、これは使える」


「大蔵、何やってるんだ?」


「四郎、来てたのか」


 なんでも、投石の練習をしているんだとか。


「敵の数が多すぎるから、銃や弓矢では応戦しきれないことがあるかもしれない。だから投石隊が結成されたんだ」


 二枚の板を使うと意外と遠くまで複数の石を飛ばすことが出来るのだとか。ただ、慎重に扱わないと、こちら側にも被害がでてしまうのが難点なんだとか。


 失敗した跡なのだろうか、城壁には多くのへこみが見られた。


「まあ最後は手で投げるしかないな」


 私の視線を感じた大蔵は私に指摘される前に、罰の悪そうな顔をしながら目を逸らした。


 石集めをしていた老婆様達はこの事を予見していたのだろうか。城壁際にずらりと並べられた大量の小石を見て、感謝の思いでいっぱいになった。


「私も手伝おう」

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