第三章

第一話 椿、生き埋めにされる

 原城に到着すると既に何人か訪れていたようで小屋がいくつか造られていて、兵糧が運び込まれ、防護柵も造られていた。


 着々と準備は進められているようだ。


「四郎様、ご無事でしたか。ついでに大蔵も」


「ついでってなんだよ。ついでって」


 相変わらず大蔵は揶揄われているようだ。蘆塚殿と山田殿だった。何故ここにいるのかと尋ねると、第一陣として攻撃した際に怪我をした者達をここに運んできたとの事だった。


「甚兵衛殿の提案です」


「父上の?」


 第一陣が攻撃した際は敵兵もまだ元気で激しい抵抗に合い、多数の犠牲者が出てしまったとの事だった。蘆塚殿も山田殿も負傷してしまったらしい。

 動けないほどの怪我ではなかったが、指揮は代わる故、怪我人と共に原城に先に行って防備を固めていて欲しいと言われたとのことだった。


「ここが主戦場ですからな。防備は準備万端にせねば」


「それに本戦までに怪我も治さなくてはいけませんからな。怪我人は早々に原城送りじゃ」


 父上も無理なく攻めて、兵糧を奪えるだけ奪ってこちらに来るとのことだった。


 今の所、計画通りになっているように思える。


 本丸を横目に見ながら海側へ歩を進める。霧はなく晴れ晴れとしていて遠くまで見渡すことができた。


 海風が心地よい。


 天草との間に浮かぶ湯島。あの場所で何度も談合を重ねた。


 談合を重ねたといえば、初めて大蔵を連れて行った時のことが頭に浮かんできた。大蔵が誰もが思いもよらなかったことを提案し、皆が驚きの表情を浮かべている時のことが思い出される。


 随分前のような感じがする。


 あの時は戦が起こらぬよう、止めることを必死で考えていた。しかしそれは本当の意味で、皆を救済することには繋がらないと気付かされた。


「原城に籠城し迎え撃つのが適策かと」


 大蔵の言葉で無理な城攻めはせず、適度にこちらの力を示したら、こちらが城に籠り有利な状況で戦おう。


 名案だと思った。


 差し当たって、順調に事は運んでいるように思われる。深江村で島原兵を撃退することができた。島原城に押し寄せ、城内の者に気を揉ませることができた。天草でも蜂起し、我が軍が善戦しているとの報告を受けている。


 あとは幕府が動いてくれるのを待つだけだ。幕府軍が来たら天草、島原の窮状を訴え、切支丹への弾圧を止めて頂くよう交渉する。


 幕府と折衝を行い問題解決に導く。初めから交渉の場を設けてもらえるのが一番有り難いのだが。それは難しいだろう。

 幕府軍の攻撃を城の防御能力を使い、一度や二度は撃退しないことには対等な関係で、交渉の場は設けてくれないだろう。


 考え事をしながら歩いていると、いつの間にやら海岸付近まで来ていた。そこで深江村で出会った老婆が麻袋を持ち何やらしているようだった。


「何をされているのですか?」


 私が声を掛けると驚いた様子で顔を上げた。近づいてきていることに気がついていなかったのだろうか。

 それほど夢中になっていた作業とはなんだったのだろうか、私は好奇心に駆られ麻袋の中を覗き込むと大量の小石が入っていた。


「老婆様、これは何をされているのですか?」


 投げやすそうな小石を集めているとのことだった。この場にどれだけの敵が押し寄せてくるか分からない。

 鉄砲や弾、弓矢などが不足してしまうかもしれない。その時は投石が敵を撃退する大きな役目を担うことになるだろうから、私等はここでせっせと集めてます。との事だった。


 周りを見渡すと他にも何人かが共に石集めをしているようで、中には子供も混じっていた。皆、何かの役に立とうと必死になっているようだった。


 私にもう少し力があれば。


 この者達をなんとか救ってやりたい。そんな思いで気持ちがいっぱいになってしまった。


 私にも何かできることがあるのではないかと思い本丸に戻ると、大蔵が穴を掘っていた。


「大蔵、これはお主一人で掘ったのか?」


 尋常ではない数の穴が掘られている。


「よう、屁っ放り腰、体の震えは止まったかい」


 最近、大人達に揶揄われるようになったからなのか、私に八つ当たりしてくるようになった。

 でもそれが何故か心地よかった。皆は平伏し私とまともな会話などしてくれない。大蔵の存在は私にとって唯一無二の存在となっていた。


 竪穴住居を造っているらしい。


 竪穴住居は穴の側面を壁として利用するので、使う木材を削減することが出来る。多数の防御柵を造りたかったので木材は貴重だった。

 それに地下は保温性が高く冬でも暖かく過ごせるという利点もある。いつまで籠城するか分からないので、冬を少しでも暖かく過ごせる空間は理にかなっているとの事だった。


「ほぉー」


 思わず感嘆の声を上げてしまった。皆で知恵を出し合い決めたことなのだろうが全て理にかなっていた。


 大蔵が掘り返した土の中から子供達が石を集めていた。その光景にまた胸がいっぱいになってしまった。


「四郎様、四郎様、大変です」


 急報を知らせてくると思わせるような急き立ててくるような声に、今度は胸騒ぎで息が詰まりそうになってしまった。


「椿が殺されました」


「なんだって」


 走り寄って告げてきた新兵衛の言葉に絶句してしまった。


 目を瞑ると椿が空腹を隠し私に団子を差し出してきた時のこと、空腹を隠しきれず、お腹の虫が鳴いてしまい恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまった時のことが思い浮かぶ。


 勝ち気で男勝りの気性をしている。それ故、勇足を踏んでしまったのだろうか。


 またしてもこれからを担う若者を失ってしまったのか。無念。


「何故、そのようなことになってしまったのだ」


 椿は島原城を攻撃する時も、先陣を切って攻め上がっていたそうだ。まさに男勝りな気性からの行動だろう。

 しかし、結局落城には至らず、それならと天草に向かい村々を回り、立ち返りを促して回り出したそうだ。


 島原城は落とせなかったけど、富岡城は落としてやると意気込んで。


 しかし、唐津藩の奴らに露見してしまい。捉えられ、簀巻きにされ、生き埋めにされてしまったとか。


 また絵像を授けた者が無茶をしてしまった。勇気を与えるために授けたのに、逆に十字架を背負わせてしまう結果となってしまっているのだろうか。


 城攻めは程々でよいとあれほど言って置いたのに。無念でならない。 


「それで大変なんです。椿の死に怒り狂った村人が決死の覚悟で特攻し、大量の戦死者を出しています。彼等はもう玉砕覚悟で攻めている故、止められません」


「分かった。無理せぬよう説得しに行けば良いのだな」


「四郎様、違うのです」


 新兵衛は両手を突き出し、自分の話にはまだ先があるので聞いて下さいと懇願してきた。


「大量の戦死者が出ているのには他にも原因があるのです」


「新兵衛、またかよ。呂律が回ってないぞ。何言ってるか分からん」


 大蔵が気が急いでいる新兵衛の背中を摩り出す。


「唐津藩の奴等、卑怯にも近隣の村々から女、子供を集め人質にして我が軍と対峙するよう強要しているんです。このままでは天草の者達は全て仲間同士で殺し合いをしなくてはいけなくなってしまいます。もうこの状況を収められるのは四郎様しか居られません」


 深江村で囮になり引きつけます。と、申していた者達はこの状況を恐れていたのだろう。大切な家族を人質として捉えられて仕舞えば、自分の信念を曲げざるを得なくなる。


 椿の仇討ちよりも切支丹への信仰心よりも、まず家族の命を守ることが最優先事項となることだろう。 


「分かった。私がなんとかしよう。大蔵、ついてきてくれるか」


「おうよ、どこへでも行ってやる。そんな卑怯者、俺が成敗してやる」

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