鬼の頭領に捨てられた花嫁をもらいに来たのが落花生とか正気ですか?

瓊紗

第1話 捨てる鬼あれば拾う落花生あり


金箔銀箔のあしらわれた屏風を背にして腰かけるのは、この宴会場……いいや、鬼の一族の中で最上位に君臨する頭領である。


息をのむほどに美しい顔立ち。艶のある銀髪に金色の瞳、角は白で、2本。しかしその性格は非常に冷酷で、ひとをモノとしか見ない。


そんな鬼の前に、周りを鬼たちに囲まれながら、席も用意されずにただ崩れ果てることしかできない。


「そんな……どうして」

やっとのことで絞り出した声に、クスクスと美女の笑い声が混ざり、そっと頭領の首に色白の腕を巻き付ける。

そんな美女をうっとりと見つめた頭領は、再び私を凍てつくような目で見据える。


「どうもこうも、私は弥那花みなかと出会い、愛し合うと言うことを知った」

私の名は決して呼ぶことがなかったのに、美女……いや、妹の名だけは呼び慣れたようにするりと口からこぼれさせる。


恐ろしい鬼の頭領にとっては、人間は鬼の一族の繁殖のための道具でしかなかった。

道具には個別の名などいらない。ただ、鬼の花嫁となる特別な人間を、区別するために鬼の花嫁と呼ぶ。

頭領の花嫁でさえあればいい。頭領の花嫁と言う道具には名などいらない。

そう教えてこまれていた。

毎晩のように、できない日だってかまわない。鬼は毎日、毎日、生殖のために私を使った。

繁殖のための道具を使ってきた。自由になったのは、息子を身籠っていた時だけ。

産めばそれで、私は息子を取り上げられた。

息子は鬼の跡取りとして育てられる大切な宝。道具には過ぎたものだからと。


けれど、鬼の頭領と言う強大な存在。表の人間社会に紛れ、影で牛耳る存在。そんな頭領を敵に回すことなどできない。


むしろ実家もずっと、私を厄介者扱いしてきた。今さら、帰る家もない。

だから諦めていた。全てを。ただひとつ、息子に会いたい。その想いだけを、糧に。


「それに……弥那花は素晴らしい跡継ぎを産んでくれた」

は……?跡継ぎ……?


「おいでぇ、白矢はくや

弥那花が連れて来たのは、私の息子と同い年であろうか、3歳くらいの男の子だった。しかし何よりも驚いたのは。


寸分たがわぬ、頭領と同じ色。

まさか……まさか頭領と弥那花は、3年前から……いや、私が嫁いでからずっと肉体関係にあったの……?


「うふふ、お姉さまぁ。私と白玻しろはの子なのよ?うふふ」

私が決して呼ぶことの許されなかった頭領の名を、弥那花は難なく呼び捨てにしていた。


「そろそろこの道具も飽いた」

非情な鬼の言葉が突き刺さる。


「んもぅ……、白玻も早く私と結婚したかったんでしょう?でも……お姉さまに夢を見させてあげるのも、姉孝行じゃない……?」

違う……地獄だ。頭領に嫁いで早4年。人間の世で生きていた頃から、私に生きる価値などなかった。鬼の頭領の道具として嫁ぐことも、価値はなく、ただの儀礼的な生贄だ。その生贄に、意味はない。毎晩のようにあの頭領の餌食となるための、生贄。


だがしかし、頭領は、鬼は見目麗しい。弥那花は暴れた。どうして見目麗しい弥那花ではなく、私が嫁ぐのだと。

両親はそんな弥那花に代わりの鬼をあてがった。そして弥那花も嫁いだはずだった。けれど……弥那花は諦めていなかった。

頭領を誘惑し、その心に人間を、弥那花を愛することを覚えさせた。


そして3年もの間、頭領との子どもを隠しながら、不倫を続けていたのだ。


「さすがに道具を娶ってすぐにと言うのも私の名声に傷が付く。そろそろ潮時だ。貴様は出ていけ」

「充分夢は、見られたでしょう?お姉さまぁ?」

出ていって、私に行く宛てはあるのだろうか。


けれど。


「む……息子は……息子は、返してください!」

せめて、息子だけは……っ!


「はぁ……?道具のお前に、鬼を?ふざけるな。そんなこと許してやる義理はない」

「そうよぉ。お姉さまの息子も?とぉってもかわいがってあげるから」

弥那花の嗜虐性溢れる笑みに恐怖を覚える。恐らく頭領は、自分に似た白矢にしか興味がない。愛する弥那花が産んだ白矢にしか。

そして弥那花のあの笑みは……いつも私を虐げる時の笑み……!

今度は息子が、私の代わりに弥那花に酷いことをされる……!


「お願いです!息子だけは返して!」

それでも必死に手を伸ばす。


「くどい!そもそも、貴様のものではない!」

「きゃっ!?」

頭領が容赦なく脚で蹴飛ばしてくる。


痛い……全身がひび割れそうなほど、痛い。毎晩痛め付けられている身体の悲鳴と、鬼と言う人外の脅威が与える衝撃が、身体をさらに蝕んでいく。


「やだ、汚い。せっかくの私のための宴なのに」

「そうだったな、弥那花」

頭領が、私にも周りの鬼にも向けない甘い声で弥那花を呼ぶ。


「これはとっとと捨てさせよう。よいか、みなのもの、よく聞くがよい!」

頭領が声を張り上げる。


「我はもう、この道具はいらん。これからは愛する弥那花を花嫁に迎え、跡継ぎは白矢とする」

では、私の息子はどうなるのか……?恐ろしい鬼は、それにすら何も触れない。


鬼たちが頭領の言葉に狂ったような歓声を捧げる中、ひとつだけ違う声が混ざった。


「花嫁とは……どういうことですか、頭領!その者は私の花嫁で……っ」

弥那花の……夫の鬼……?

鬼だからこそ、顔立ち整っているが地味な色の角、金茶の髪に橙の瞳の自信なさげな青年だ。


「我が花嫁を、自分の花嫁だと抜かすか!弥那花は我が花嫁だ!頭領である我が決めたこと!貴様なんぞに我が言葉を翻す権利など与えた覚えはないぞ!貴様のような無礼者は、今日この時を以て、鬼の一族から追放する!!」

「そんな、頭領……!!」

弥那花かわいさに……配下の鬼すらも非情に切り捨てるだなんて……っ!


「良かったぁ~~、いつまでもこの鬼がストーカーみたいについてきたら嫌だもの。アンタ、顔立ちはきれいだけどパッとしないし……白玻が一番……カッコいいもの」

「あぁ……弥那花」

何と言う、下らない。

弥那花は所詮は、顔立ちがよく何よりもの権威を持ち、自分に金銀財宝を与えてくれるものがいいのだ。頭領はそれをすべて兼ね備えた、まさに弥那花の理想郷。


「さて、とっととこのモノたちを捨ててこい!」

頭領の非情な言葉に、鬼たちはどっと沸き立つ。


「何をしてもよいぞ」

何を、させる気。目の前が恐怖で塗り尽くされる。嫌だ……嫌だ……誰か……助けて。

けれど助けなど来ないことを……今までの人生で私は思い知っていた。


衣を剥ぎ取られ、あられもない姿にされていく。動かない身体で、閉じることすらできない眼が、ひとではない異形の怪物たちを無限に映し続ける。


私だって……幸せに、なりたかった……。


――――あぁ、神さま。


『呼んだか、壱花いちか!?』


――――は?私の……名前?


そして襖が開け放たれる音がした。


私の身体を掴んでいた鬼の手が一瞬にして放れていき、すとんと畳に落下した私の目に映ったのは……畳の上に浮かぶ巨大な……落花生……?


つまりは……ピーナッツ。


いや、本当に、落花生……?


『控えおろう、鬼の子らよ!』

いやいや、待って。落花生がそんなことを言って、鬼が聞くわけが……。


しかしながら私の身体は解放されている。


『さてヒトのよ、我を呼んだと言うことは、やはりその鬼よりも我の方が好きだと言うことよな!?』

は……はい……!?なぜそうなる!


『違うのか?』

その鬼と言うのは頭領のことなら、好きじゃない。好きになるわけがない。

でも……息子のことは、会えなくても私は愛している。


『なんと麗しい』

私は黒髪黒目の平凡な女なのだけど。


『まさにピーナッツサーンドッ』

何を言っているのかまるで分からない、このピーナッツ。


『では、我が花嫁の子も、共に迎えようではないか!』

はい……?花……嫁?


『うむ……!そなたは我を呼んだ』

いや、落花生は呼んでない、呼んでない。


『我が花嫁は照れているのだな。なんとかわいらしい!!』

照れてはいないけど……。


『よいか、鬼の子らよ。我は壱花を花嫁として迎え、その息子をもらって行くぞ!!』


私を……花嫁に……!?

落花生が!?


そして案の定、甲高い爆笑が響いてくる。


「あはははははっ!アーッはっはっはっはっ!お姉さま……お姉さまがピーナッツの嫁だなんて……!何て滑稽なの!?お姉さまには人間ですらもったいない!ピーナッツで充分ね!あはははははっ!」

不思議なほどに静寂となる空間に響き渡る弥那花の不快な笑い声。


でも、彼女に楯突けば、その先の末路など決まっている。耐えるしか……ないの。


『我の壱花が不快に感じている。そこの醜女、豆鉄砲を加えてやろう!』

……はい?


そして次の瞬間、落花生の殻ががばりと開き、その中から……ヒト……?いや、角を生やした鬼が姿をあらわした。


藍色の髪に金色の瞳を持ち、角は黒で、4本。不敵な笑みを浮かべながら、全身裸の身のどこからそんなものを出せるのか分からないが、勢いよく大量の豆を弥那花に打ち付ける。まさに、乱れ豆鉄砲……っ!


「そのネーミングはなかなかだ!我が妻よ」

妻……花嫁は、確定なのかしら。


「うむ、確定申告しよう!」

違う、それはそれで合ってるようで違う!


「うなれ!我が乱れ豆鉄砲っ!人間に食されることのなかった豆たちの怨み……甘んじて受けるがよいわっ!!」


「ぎゃ……ぐごぼごがごおぉぉぉぉっ!!?」

豆が喉に詰まったのか、弥那花の苦し気な声と鬼たちの悲鳴が響き渡った。


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