第27話 元カフェ店長からの助言
ああ、あの店長の字だ。
『私の目はごまかせないよ。一目見て気が付いた。だって、私はマリリンに黒髪のカツラをかぶせたくてしょうがなかったんだもの。何で手紙を書きたくなったかって言うと、私はあんたがもったいなくて仕方ないからなんだ。あんたほどきれいな人を見たことがない』
私は首を傾げた。
「ツボに入ったってことかしらね? 趣味の問題の領域だわ」
「多分、違う」
ドリュー様は短く言った。
『三十年も店をやってた。あんたには自信が足りない。
大勢の男達があんたを見つめていた。自信を持ちなよ。自信は勝利へのカギだって私はいつも店の女の子たちに言ってたんだ。いい旦那を捕まえるには必要だってね』
「フフン。その助言はもう不要だな。立派でかっこよくてイケメンこの上なしの旦那様がもういる」
ドリュー様がせせら笑った。
「だが心配だな。この女に余計な噂をばらまかれたら困る。始末しなくてはいけないかもしれないな。ああ、シシリーは心配しないで」
ドリュー様は目を手紙から離さないまま、優しく肩を抱いた。
『でも、ばらされる心配はいらないよ。あたしは今度からマーガレット夫人の家に住むことになった。昔からの知り合いだからね。さしあたっては頑固者のカザリンとかいう侍女のしつけ役になったよ』
え? まさか、カザリンてあの母の侍女だったカザリン?
『カザリンって侍女は、若い娘にあれこれケチ付けて散々叱って自信喪失させることをしつけと心得違いしている。マーガレット夫人も怒っていた。マーガレット夫人も昔は容貌に自信がなくて、それで離婚してしまったくらいなんだ。だんなの愛が信じきれなくてさ。昔も今も魅力的な美人なのに』
ええ? あの、自信たっぷりな夫人が?
『自信って大事だよね。あんたも頑張んなよ。もっと出来ることがあるような気がしたんだ。旦那を捕まえるだけが女の人生じゃないよ。長いこと一緒だと、妻をなめてかかって、自分から離れないだろうと勝手する男も多い。仕事を口実に外泊するとか』
思わずドリュー様を振り返った。
「え? まさか?」
この手紙、密告?
「そんなことありません! 俺はあなた一筋です!」
私は怒り出して抗議を始めるドリューを手で押さえた。
「続きがあるわ」
『もし、今の旦那がほかの女がいいって言うなら別れてやんなよ。困ることはないしね』
「こいつ、夫婦の間に亀裂を……根も葉もないことを!」
『てなわけで、マーガレットのところに行くからよろしくね。あんたの役に立つように頑張るわ。マーガレットには返す返すも頼まれてんのよ』
緊張感のある夫婦生活のプレゼント……なのか?
『何しろ、まずは美人の影響力を学ぼうよ。もったいなかったよ。もっともっとゴージャスに楽しめると思う。旦那、隣国へ行くって? チャンスじゃない。もっと自分を信じて、自分を磨いて、やりたいことを見つけるんだ。今後、マーガレットの後を継いで、社交界で君臨するのに絶対要るって』
「なんだと、こやつ俺の居ぬ間に浮気のススメ……………」
「ドリュー、落ち着いて」
これは浮気のススメなんかじゃない。自分を信じろか。そうか。私にはもっと可能性があるってことなのね、きっと。
社交界は大海原。人の気持ちがわからないダドリーは沈没した。
口のうまい交渉術に長けたドリュー様は、見込まれて他国に派遣され、新たな航海に出る。
「ドリュー様。お互いに頑張りましょう!」
店長は只者ではなかった。その人が言うんだから間違いはないだろう。
母に押さえ込まれていた長い時間、私は本を読んだり夢想することしかできなかった。
自分は醜いから、何もできないだろうと漠然と考えていた。
だけど、今はドリュー様がいて、毎日のようにほめてくださる。それは自信につながった。私も頑張れば、もっと出来ることが増えるのじゃないかしら? やりたいことも。
「いや……何を頑張るつもりなの?」
「まずはマーガレット大伯母様を目指します」
誰からも頼られる愛すべき夫人。ちょっと怖いけど。
「別に社交界で目立つことを目標にしなくてもいいと思う」
「そうじゃないの。私はこの生き生きとした社会の一員になりたいの」
自分が自分らしく。自分の意志で動ける人間になりたい。
容貌に自信を持てないことは、自由な行動の足かせだった。
「マーガレット大伯母様の仕事を手伝っていくうちに、この世にはいろいろな側面があるって気が付いたのよ。社交界で活躍することも可能性を広げることだと思うわ」
夫は急に私を抱きしめた。
「ダメだ」
「心配するようなことにはならないわ。お友達が増えるだけよ。大伯母様もいることだし。勉強になるわ」
「ますますダメだ。マーガレットフィ人が何回離婚して再婚したと思っているんだ」
夫はしつこかった。
私は思わず笑ってしまった。
「そんな点は真似したくても無理よ。大伯母様は美人で有名だったわ。今でもよ。私とは違うわ」
「よそに目が向くと困るので、あまり訂正はしなかったが、君は立っているだけで人目を惹く」
よそに目が向くって、ドリュー様以外の方に目を向けるってこと?
ドリュー様ったら、何をおっしゃるのかしら!
「そんなことはありませんわ」
私は笑った。
「君は、君を賛美するのは夫の俺や侍女や使用人たちだけだと思っているだろう? それも義務で」
「え? まあそうね」
「完全に違う」
ん?
「むしろ逆。そんな賛辞は出来るだけ耳に入らないように苦労してきた。だが、もう限界みたいだ」
「ええ?」
「一緒に隣国に行こう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます