第16話 責任取って欲しいんだけど

そして私は、いつものマリリンより地味な格好で外に出た。もちろん平民のスタイルだったけど、こんな感じの派手すぎないドレスなら貴族の娘でも着そうな服だった。


「ドリュー様……」


ドリュー様は、噴水の縁に腰掛けていらした。

ちょっと着崩した貴族か金持ちの服で、珍しくなんだか心配そうな真面目な顔つきをされているわ。

渋い表情がかっこいいなんて知らなかった!


イケメンは何してもイケメン!

これは宇宙の真理だと、あのエリー様が教えてくださったの。


だけどこの恋は実らない。でも、一瞬だけでも長く一緒にいたいの。その時間が嬉しい。


「シシリー……じゃなくてマリリン!」


ドリュー様ったら。今は、私はマリリンよ。でも、シシリーと名前を呼ばれて嬉しかった。

私はシシリーなの。マリリンじゃない。


ドリュー様は私を上から下まで眺めた。

今日は少し大人っぽい落ち着いた色合いの、丈が長めのドレスを着ている。


「なんだかいつもより大人っぽい服だね。いつもはピンクのリボンがついてたりするのに」


「ロザリアが選んでくれたんですの」


「でも……この方が似合うよ」


うわぁん。ドリュー様の真剣そうな目が恥ずかしい。さすが遊び人!


「そろそろダドリーの奴が来る時間のはずなんだ」


ドリュー様がどこか警戒した目つきで噴水前広場を眺めた。


それらしい人はいない。


「お昼って言ってたよね。もう過ぎてるからね?」


「まさか……ダドリー様もブッチですか?」


「それ、遅刻という意味?」


真面目な顔でドリュー様は聞いた。やべえ。生粋の貴族のドリュー様にヤベエ構文は通じないんだ。


「どちらかというと無視という意味ですの。ダドリー様なら、遅刻するより無視を選ぶと思います。無視する方が、自分の方が格上って言うのを示せるので」


「頭の中、それだけかよ!」


「来ないとすれば、レストランの予約がめんどくさかったか、宝石店での買い物が負担だったのでしょう」


「クズだ」


んー。まあ、クズにはクズの理由と思考回路があるらしい。

それを他の人がどう感じるかが問題でしょうね。


「なに他人みたいなことを言ってんだよ! 怒れよ!」


ふふふと私は笑った。ダドリー様と話をしていたら、その間中、激怒することなってしまう。怒りのエネルギーがもったいないのよ。

合図をすると、馬車からロザリアが駆けつけてくれた。


「お嬢様! ダドリー様はどうされました?」


「来ていないのよ」


「なんてことでしょう! もうお昼からだいぶ時間が過ぎましたよ!」


ロザリアの頭から湯気が出そうだった。彼女はカンカンだった。


「ふざけんな、クズ野郎! ……ですわ」


「私はお家に帰ります。もうこんな時間だし、来る気はないのでしょう。誰かに言いつけて確認だけしておいてちょうだい」


「来ないんだったら放っておけばいいじゃないですか!」


「ちゃんと確認して、詰問状を出すのよ」


私は言った。


「…………きつもんじょう……?」


「なぜ来なかったのか、理由をただすの。言い訳次第によってはさらに不利になるわ。婚約破棄を目指すのだから、相手の不利な状況証拠を集めないと」


「なるほど。その通りだな」


ドリュー様はそう言いながら私の腕を取った。


「じゃあ俺たちは、行こうか」


「え? ど、どこへ?」


私は腕を取られて赤面した。家に帰らなくちゃ。


「少しお待ちくださいませ、ドリュー様」


ロザリアは私を腰掛けさせると大きな帽子を被せ、同時にするりとカツラを脱がせた。


ピンクブランドではなくなってしまったわ! あれがないと私、すごいブスになってしまう。


「ちょっとだけご辛抱くださいませ」


そういうと急いで帽子の陰でお化粧と髪を直した。私は大慌てでロザリアに早口で言った。


「私は家に帰るわ。あの、ドリュー様はピンクブロンドがお好きなの。黒い髪なんか見せられないわ」


「お嬢様の本当の顔は誰も知りません。本当は黒髪のすごい美人なのに、本当にもったいない」


「ロザリア、それはないわ。あまり無理に褒めなくても大丈夫よ。自分のことはわかっていますから。ありがとう」


それより、この髪ではドリュー様がびっくりしてしまう。どうしよう。


「おいたわしや、お嬢様。洗脳されておしまいになって。でも、大丈夫。このロザリアとドリュー様が付いていますから」


どうしてドリュー様が付いてくるのかしら。


「ちょっとやめて、ロザリア」


ロザリアは帽子を取ってしまった。やめて。ドリュー様に嫌われちゃう。


「大丈夫ですよ、ドリュー様はそんな方じゃございません」


だが、ドリュー様は私の顔を見て、あからさまに驚いた顔をしていた。


やっぱり!


「シシリー嬢!」


彼は小さな声で叫んだ。


「はい」


ばれてしまった。シシリーは私です。


「君は……とてもきれいな人だったんだね」


私は弱々しく笑った。ロザリア、お化粧、頑張ったんだ。


「そんなことはありません。みんなロザリアのお化粧の技術ですわ」


「化粧して美人なら、それを美人て言うんだよ。そんなこと、どうでもいいや。さあ、行こう!」


「あの、どこへ?」


「何言ってるの。お昼を食べてから宝石店に行くんでしょ?」


「え? そんなことしたら、婚約したい方に嫌われるのでは?」


「あー、もし、嫌われたらどうしよう。シシリー嬢が責任取ってくれる?」


「え……責任?」


「代わりに俺と結婚してくれる?」


「そ、それは、ドリュー様がお嫌なんでは……それに私……婚約していますから」


「俺、売れ残っちゃうんだ。シシリー嬢を助けたせいで。どうにかしてくれる気はないの? ひどいよ」


「それは……なんとしても保障しますわ」


私は必死になった。


「本当?」


ドリュー様が甘い調子で聞いた。


「お金でも。お金で済むことでしたら」


「ダメなんだ。お金じゃ済まない。俺には欲しいものがあるんだ」


噴水前広場からレストランはすぐそこなのに。全然前に進まないわ。ドリュー様は根が生えたみたいだった。

ドリュー様が私の手を取っている。これ、一体どういう状況?


「欲しい。とても欲しいものがあって……」


ドリュー様の手はとても大きくて、私の手はすっぽり包まれてしまった。


「シシリー、あなただ」


ドリュー様に魔法をかけられたかのようだ。動けない。



「あなたは、きれいで優しい。ちっともおごったところがない。むしろ、優しすぎて心配。俺が付いていないと……」


「私、全然……」


「あなたはすごくきれいだ。うっとりする。ピンクブロンドなんてくそくらえだ。全然似合ってなかったんだ。あんなにかわいいと思ってたのに。今の方が千倍美しい」


ロザリアがレストランの入り口で手招きしていた。早く入れと言うことらしい。

私たちはしっかり手をつないだまま、一歩一歩レストランへ続く階段を上った。


レストランのドアを通り抜けようとした時、ドリュー様は言った。


「美人だから好きなんじゃない。シシリー嬢がシシリー嬢だから好きなんだ。俺は心臓を持ってかれちゃったんだ。返さなくていい。返品は受け付けない。その代わり、シシリー嬢を丸ごともらうからね」






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