第2話:無力を超えて

 祇園悠人は、意識を取り戻したものの、激しい混乱に包まれていた。周囲は真っ白で、足裏に伝わる生温かい木の感触と全身の痛みが彼を現実に引き戻した。頭の中は混乱し、ここにいる理由や何が起きたのかを理解しようと必死だった。最後に覚えているのは、アパートの部屋で何者かに襲われたことだけだった。


 悠人は「どうしてこんなことに……」と心の中で叫んだ。恐怖と不安が彼を支配し、思考は混乱したままだった。なぜ自分がこんな目に遭うのか、何も分からないことにより不安が高まった。


 「力があれば……」という声が脳裏に蘇り、悠人の心に深く刻まれた。それは死の間際の切実な願望だった。もし力があれば、命を狙われることもなく、他の人を守ることもできたかもしれない。この思いが彼の心に強く引き寄せられ、胸の奥に痛みを感じた。


 次第に、祇園は自分が他界したことを理解し始めた。胸に押し当てられた鋭利なナイフの感触を思い出し、悠人は「どうして俺が……」と呟いた。何をすればいいのか、迷いと恐怖が彼を包み込んでいた。


 突然、周囲が明るくなり、彼を包み込む光が現れた。目の前には大理石の柱に支えられた豪華な門が現れ、扉がゆっくりと開かれた。祇園は無意識にその門を通り抜け、新たな存在として蘇った。通り抜けた先で、銀色の粒子で作られた『審判』のタロットカードが空中に浮かんでいた。カードから放たれた光の粒子が全身に降り注ぎ、彼は新たな力を感じた。


 悠人は「これは一体?」と祇園はカードを指で突いてみた。金属質の質感があり、カードは彼の動きに合わせて固定されていた。


 悠人は「どうしてこんなことが起きているんだ?」とカードの意味はまだ分からなかったが、重要なものであると感じていた。これが彼の新たな力の源であり、異界で直面する試練を乗り越える鍵となることを、まだ彼は気づいていなかった。


 その瞬間、祇園は自分の内面に眠る強大な力と向き合った。悠人は「この力があれば、何かを変えられるかもしれない」と希望と不安が入り混じる感情に包まれた。体内で血液が沸騰するような感覚に襲われ、悠人は「熱い……」と声を上げた。


 彼は自分の服装に目をやった。黒いズボン、黒いシャツ、黒いスニーカー。全身黒一色の装いに首を傾げ、悠人は「なぜこんな服を?」と独り言を漏らした。その問いに答える者はいなかったが、新たな姿がこれからの彼の役割と密接に結びついているように思えた。気がつくと、カードは消えていた。


 祇園は周囲を見渡し、広大な空間に立っている自分を発見した。この場所は無機質でありながらも、新鮮で懐かしさを感じさせる空気が漂っていた。


 悠人は「ここは一体どこなんだ?」自問自答しながら、ゆっくりと前に進み始めた。彼の歩みは不安と期待が入り混じり、足取りはまだ不安定だった。


 突然、遠くから聞こえる美しい歌声が彼の注意を引いた。声は何層にも重なるハーモニーで心を揺さぶり、強く引き寄せられるような感覚があった。声に導かれるままに進むと、次第に光が満ちる場所にたどり着いた。


 祇園が光を眺めていると、突然、異世界の神と思われる女性が姿を現した。白い衣に包まれ、金色の髪をなびかせた彼女は、穏やかに語りかけてきた。彼女の視線は優しく、祇園の心を自然と落ち着かせた。


 女神は「真の力とは何でしょうか?」と問うと、祇園は答えに窮し、心の中で葛藤が巻き起こった。自分には何の力もなく、どうしてここにいるのかも分からない。沈黙が流れる中、彼は自分の無力さを感じ、唇を噛んだ。


 女神は微笑みながら、「真の力は自己克服にあります」と告げた。この言葉が祇園の心に深く響き、彼は元の世界で格闘術を習得し続けた理由を思い出した。


 女神は続けた。「貴方の元いた世界の悪意と悪徳を具現化した魂がこの世界に来て暴虐を振るっています」。祇園は自らが蘇生された理由を悟り、「その者を倒すことが、俺の存在する条件なのですね?」と問い返す。女神は微笑み、祇園の覚悟を見届けるかのように静かに頷いた。


 女神は「貴方が持つカードは力の源泉です。これは魔力や神力とは異なり、神通力に近く、貴方以外には制御できません」と語った。さらに続けて「階位を上げると『神眼の泉』からカードを一枚取り出せます。効果的に活用してください。我々は狭間の世界でしか力を及ぼせないので、その重責を貴方に託します」と言った。


 悠人は「もし俺が何もしなかったら、どうなりますか?」と祇園が尋ねると、女神は「それならば、再びその悪意と悪徳のある者に殺されるでしょう。しかし、倒すことができればその害意は貴方には及びません」と予言した。


 女神は「期限はありません。貴方の力とその者たちとの運命は必ず交差するため、逃れることはできません」と言った。さらに続けて「ある程度の言語を理解し、肉体を強化して送り出します。早死にしないようにしてください」と女神が付け加えた。


 悠人は「ああ、蘇生してくれたなら、やれるだけやってみるさ」と決意を固めて答えた。


 女神はさらに「姉の女神が勇者とともに――」と言いかけたが、話は突然中断された。何か不穏な空気を感じつつも、祇園はその言葉を胸に留めた。


 女神の最後の言葉と共に、祇園の体を黄金色の粒子が包み込み、数秒後には霧散し、静寂が訪れた。そして、いつの間にか現れた白い石柱に挟まれた銀色の門がゆっくりと開き始めた。祇園は深呼吸をし、新たな運命を受け入れる覚悟を決めた。その門の向こうには、未知の世界と冒険が広がっていた。祇園は一歩を踏み出し、自らの運命に向き合う決意を固めた。

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