スモーカー・ファミリー~転生したから裏家業で荒稼ぎします~
志熊准(烏丸チカ)
第1話 プロローグ
『聖人は極楽へ、悪人は地獄へ――』
死んだ婆さんの言葉を反芻しながら、俺はイタリアのナポリで死んだ。
――はずだったのだが……。
「あ?」
何故か生きていた。
「え? なんで?」
市警の銃弾を受け、死んだ……はずだろ?
「どこだ、ここ?」
気付けば、俺は「灰色の世界」に置かれていた。
いつの間に?
灰色というのは字義通りの意味で、あらゆるものが一色で統一されていた。
「気持ちわりぃ場所だな……」
そして、俺はその空間で何故か硬い椅子に座っていた。体の前には机があり、吸い込まれるように右手をそこに置く。
「気がついたようじゃのう」
不意に声をかけられ、ドキリとする。
「誰だ、お前?」
対面にいたのは、眼に光のない女だった。
女は、やけに淫らというか、妖艶な着こなしをしており、肩がはだけていた。手には煙管を持ち、気怠そうにそれを吸って、また吐いては灰色の空間に「白」を一条ずつ足していく。
てか、いつからそこに居た?
「人に名を聞く前に、自分から名乗れと親に習わなかったのか?」
女はフーッと煙を吐く。しかし、鉄面皮であるため表情が読み解けない。
「嫌味か? だが、あいにく俺に親は居なくてな。そんなこと習わなかったもんでな」
「口が達者なのは、マフィアの流儀か? マルコ?」
「どうして俺のことを……?」
名乗った覚えはない。それに、このようなふてぶてしい女に、自分の素性を話したこともない。
だが、女は俺の名を知っていたばかりか、職業まで把握していた。
「妾は何でも知っておる。何せ、御仏じゃからのう」
「何をガキのようなことを――」
宣っている。
そう言おうとした矢先のことだった。あれ、こいつ……なんかおかしくないか?
よくよく見てみれば、女の肌は異様に白かった。また、瞳の光がないのではなく、彼女の眼には「黒目」しかなかった。
しかし、さらに不自然なことがあった。それは、この灰色の世界で彼女だけが、「色」を持っていたからである。
肌の白さに、瞳の黒さ。そして、着ている着物の紫紺の深さ――
まさか、ホラー映画の俳優か?
そう錯覚するほど、女は「人外」じみていた。
「妾の名は無縁。人間に新たな縁を与える仏じゃ。今宵はマルコ、お前に新たな縁を与えにきた」
無縁と名乗った女は、徐ろに机の上に足を置いた。
行儀悪ぃな……。
しかし、不思議と絵にはなる。
「縁ってなんだよ?」
「縁というのはな、人と人とを繋ぐ紐帯じゃ。合縁奇縁という言葉があるのを知らんかえ? 前世のお前は、縁を持たぬまま天涯孤独で死んだ。だからお前に縁を与える」
知らん。国語にゃ詳しくないんでな。
女にそう告げようとしたところで、強烈なフラッシュバックが襲いかかった。
――聖人は極楽へ、悪人は地獄へ、孤独者は無縁仏に。
婆ちゃんの言っていた謎の言葉。そういや、孤独な奴は無縁仏になるとか言ってたっけか。まったく信じてなかったけど、実際死ねばこんなとこに来るとはな。
「死を受け入れたか? マルコ」
「あぁ、ここが極楽でも地獄でもないってことがな」
人外に灰色の世界。思った以上に死んだ後の世界ってのは、つまらなさそうだ。
「ならば、お主に新たな縁を与えよう」
「あ? だから何だよ、縁って?」
「何度も同じことを聞くとは、疎い奴じゃ。阿呆にでも分かりやすく噛み砕いて言うとじゃな、来世を確約してやると言っておるんじゃよ」
「なんだ? 生き返れるってことか?」
「そうじゃよ」
「おぉ! なんだ! だったら最初からそう言ってくれよ! 早速たの――」
「ただし、マルコ。貴様には妾から一つ、使命を課す」
使命?
無縁は煙管を吸って、また口からいかがわしい煙を吐き出した。
「来世では家族を作れ。でなければ、来世でお前は地獄行きじゃ」
「家族?」
予想だにしていなかった命令に、戸惑ってしまった。
家族って言われてもなぁ。生まれ変わったら最初からいるじゃん?
楽勝じゃん。そう思っていたところ、無縁から冷や水をぶっかけられた。
「家族といっても、来世じゃお前は天涯孤独者からスタートじゃ。丁度、ここに元死刑囚の皮がある。こいつの肉体にお前の魂を入れ、生き返らせる」
無縁は灰色の空間から、人間の皮を取り出した。
グロ……。
前世で人間の皮を剥ぐとこをみたことがあるが、まんまそれだった。
キモいんだよな、あれ……。
「どうした? 怖じ気づいたか?」
皮をまじまじ見ていたせいか、無縁がニヤニヤ顔をこちらに向けていた。
「まさか。ドンとこいだ!」
「ほぅ。なら、お前に縁を与えよう。ゆーっくりと息を吸うんじゃ」
無縁に指示され、俺は深呼吸の要領で何度か息を吸った。
すると、彼女はまた煙管に口を付けたかと思えば、今度は俺に向けて煙を吐き出した。
マナー悪っ!
そう思ったのも束の間、煙を吸った途端、急激な睡魔に見舞われた。
「……ねっむ」
「ゆっくり息を吸え。そして――吐け」
煙草の癖に、やけに甘ったるい匂いがした。
何度か煙を吸い続けると、俺は終ぞ眠気に勝てなくなり、プツンと途切れるように意識を失ってしまった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます