53話 北の国から。

 ──深夜。


 ゴルに案内されたのは、バルバロで最も治安の悪い地区に建つ安宿だった。

 野宿するよりはマシという狭い部屋で──、


「こいつです」


 1人の中年男が俺の前に跪かされていた。

 ゴルの賭場で負けが込み、古びた槍を借金のカタにしようとした男である。


「まずは、名前を教えてくれ」


 変装のため山羊を模したフルフェイスのマスクを着けた結果、俺は自分でも驚くほどの悪党感が出ている。


 誰がどう見ても、俺の正体が聖ラザロ修道会の騎士だとは思わないだろう。


「け、決して、貴方等を騙そうとしたわけではないのだ」


 槍の件で再びイチャモンをつけられると思ったのか、中年男は怯えた表情で後ずさり始めた。


 さんざんゴルに痛めつけられた上、明らかに裏社会のボスらしき人物が現れたのである。

 逃げ腰になるのは当然だ。


「これ以上痛め付けるつもりは無いから安心してくれ」


 気になる点が幾つかある。


 男は薄汚れてはいるが上等な服を着ていた。

 顔立ちに品があり、口調からも教養が感じられる。


 明らかにゴルやガルフとは異なる世界に生きてきた人物だった。


「だから、ともかく名前を教えて欲しい」

「──ギュンター」

「──」


 俺が黙ったまま待っていると、ギュンターは再び口を開いた。

 

 ギュンターが自身の家名を口にするのを躊躇ったのは、警戒心か、あるいは羞恥心からだったのか……。


「ギュンター。ギュンター・フォン・クラウゼ」

「ほう?」


 フォンとは、北方の大国ゲルニカでは貴族階級の姓に使われることが多い。

 

 いや、それ以前に、クラウゼと言えば──、


「まさか、ゲルニカの宰相家と縁戚だとでも言うつもりなのか?」

 

 由緒正しきゲルニカ王国の名家である。


 宮廷魔術師を世襲するパリス王国のメギストス家のようなもので、クラウゼ家は王の補佐をする宰相の座を代々世襲で担ってきた。


 で、本当にこいつがクラウゼ家の人間だった場合、例の槍が本物の聖槍という可能性まで出てくる。

 

 だが、そんな名家の人間が、バルバロの賭場で落ちぶれることなどあるだろうか……。


「な、なんと!? 我がクラウゼをご存知か?」


 裏稼業の元締めに過ぎないはずの相手が、他国の名家を知ることに純粋な驚きを示している。

 

 このギュンターの反応は、突拍子もない身の上話に信憑性を与えた。

 俺を騙すつもりでクラウゼの名を使ったわけではないということだからだ。


「ああ、知っている。現当主ヘルマンが宰相として軍制を──」

「それが、失敗の始まりでね」

「──ん? 失敗?」


 宰相ヘルマンがゲルニカの軍制改革を断行し国王直属軍を大幅に強化した結果、パリス王国と魔族の連合軍の侵略を食い止めた──いや、食い止めるはずなのだ。


「ほんの数週前の話だ……。陛下は新生ゲルニカにクラウゼなど不要と宣され──」


 ヘルマンによる改革は既得権益者の利益を大きく損ねてしまった。


 そこで幾つかの有力家が国王をそそのかし、クラウゼ家の改易──いわゆる取り潰しという荒業に走らせたのだ。


 敵方に優秀な参謀でも居たのか、クラウゼ家が抵抗する間も無く迅速に執行された。


 こうして当主ヘルマン以下、多くの家人は捕縛され処刑台へ送られるのを待っている……。


「私を含めた何名かは、運良くゲルニカから逃げることは出来たが……」


 そこでギュンターは運を使い果たしたのだろう。

 博打で勝てるはずがない。


「国王派の連中は追手を放っているはずだ。つまり、遅かれ早かれ私は殺される」

「なるほどな──」


 原作ゲームとは、あまりにも異なる歴史を辿り始めていた。

 どこが分岐点だったのかは分からない。


 俺が修道会へ入ったことか、あるいはジェフリー王子が野垂れ死にしていないことか。


「──が、ともあれ、今後のことを考えよう」


 ゲルニカ王国のゴタゴタは、当然パリス王家も聞いているはずだ。

 どう対応するにしろジェフリー王子がいれば何とかするだろう。


 ならば、俺の手に転がってきたクラウゼ家の人間をどう利用するかが優先課題となる。


「──今後?」

「いつまでもヤケクソな博打をしていても仕方がないだろ? せっかく逃げて拾った命なんだ。生き延びることに最善を尽くべきだ」

「それは、そうだが……」


 怪しいフルフェイスマスクを被った裏社会のボスから、博打なんて意味が無いと言われたギュンターは戸惑っている。


「ところで、例の槍は本物なんだな?」

「槍──ああ。少なくともクラウゼ家ではそう伝えられている」


 放射性炭素年代測定の出来ない世界では真実などどうでも良い。

 

 クラウゼ家のモノだったという事実が重要なのだ。


「ふむ……。他にも屋敷から持ち出したお宝はあるのか?」

「あったが、そのほとんどは道中で失われてしまった。私の手元に残ったのは、聖槍と、腰に隠した僅かな金貨だけでね……。いや、それすらも失ったのだったな……は、は、は」


 と、ギュンターは乾いた笑声を漏らした。


「何度も言わせるな。全てを諦めるのはまだ早い。ギュンター・フォン・クラウゼ」


 そう言いながら俺はフルフェイスマスクを取った。

 

 正式に手を結ぶ相手とは、自分の正体を隠したままでは話がまとまらない。


「俺はアル」


 意外に若い俺の素顔に、ギュンターは驚いている。


「アル・ボルトンだ。聖ラザロ修道会の騎士、緑丸薬商会頭取、そして──」

「そして、バルバロ遊興連合シグマの総帥ッ!!」


 ゴルよ、余計な肩書を俺に追加してくれるな……。


「──コホン──そして、来年にはボルトン男爵領を正式に受け継ぐ予定だ」

「は、はあ?」

「つまり、アル・ボルトン次期男爵がお前を保護下に置く。騎士として守ることも誓おう」


 騎士として初の保護する相手が、美女ではなくオッサンになってしまった……。


「その代わり──」


 俺の目論見には全て協力してもらうつもりだ。

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