32話 船上にて。

 準備を終えた俺たちは、ポート・イブリンからハーデス島へ向かう船上にいる。


 前世も含め、俺にとって初めての船旅はキャラック船となった。

 

 キャラック船とは比較的大型な帆船で、荒波にも耐える揺れの少ない船種らしい。


 だが──、


「外の景色でも見に行くか? なかなか良い眺めだったぞ」

「──いや……」

「あら、船上からの夕暮れだなんて滅多に見れませんわよ?」

「遠慮──する」

「──誰か──呪う──?」

「……」


 と、がっつり船酔いをして簡易ベッドで寝込む俺に、ディアナたちもそれなりに気遣いを示してくれているようだ。

 体調の回復には一切貢献していないけどな……。


「色々──悪い。だけど──今は────寝る──」


 そう言って俺は目を閉じた。


 王家の図らいで、俺たちは個人の船室を与えられている上、部屋には簡易ベッドまで備えられている。

 

 船酔いの気持ち悪さマックス状態の今、従士見習い時代のような床に敷いた藁に雑魚寝状態でない点はありがたかった。


 ハーデス島へ到着するのは、明日の明け方頃らしい。

 それまで、しっかりと寝ておけば、心身ともに完全回復するだろう。


「まぁ、そうだな。ゆっくりするのが1番良いのかもしれん」

「では、わたくしたちは、デッキでワインでも頂きましょうか」

「──いい──ね──」

「ワインだと? 金も無いのにか?」

「船倉にいくらでも転がっていますの。きっと神の思し召しですわね、おほほ」

「ふうむ。私は水が良いのだがな……」


 船旅じゃワインより水が貴重なんだ──と豆知識を披露する前に、ディアナたちは出て行った──。


 昨日、ヘンリーと会った直後は元気が無かったが、船に乗って以降はいつものディアナに戻っている。


 ◇


 俺は、夢を見ていたんだと思う。


 なぜかと言えば、自分の掌がやたらと小さかったし、その手を心配そうな顔をしたメイドのフランが握っていたからだ。


「──アル様、きっと明日には熱が下がりますよ。かかりつけのオルカン様が、秘伝のお薬を置いていかれましたからね」


 そう言ってフランは、俺を安心させようと微笑んだ。


「でも、本当に良かったです。突然、倒れてしまわれて……」

「──ぅ──」


 俺は何かを答えようとしたが、舌が上手く回らないことに気付いた。


 ああ──そうか──。


「お寂しかったのかもしれませんね」


 これは、俺が転生した直後の頃の夢だ。


 前世の記憶を全て思い出した幼少期の俺は、おそらく脳がオーバーヒート状態になり高熱を出したのである。


「さあ、もうお休みになってください。目を閉じて──ほら──」


 そう言ってフランは、俺の額を優しく撫でてくれた。


 アル・ボルトンが俺になっていなければ、きっとこの人を母親──いや、唯一の肉親だと勘違いしたかもしれない。


 実母は俺を産んで他界し、父は既に病床にある。

 

 その父が再婚した女は継母として最悪の部類で、血の繋がらない兄はクズだった。


 つまり、本来のアルも、そしてアルになった俺も、悪徳領主に育つフラグが立ちまくっていたのだ。


 それを回避出来たのは基本的に前世記憶のおかげだが、メイドのフランが居てくれた点も大きい。


「──大丈夫──ですから──ね──」


 こうして俺は、額にフランの温もりを感じながら、夢の中でも眠りについた。


 あの懐かしい匂いに包まれて──ん? 凄いな……。


 夢って、匂いまで再現出来るのか──。 


 ◇


 一夜が明け、けたたましい鐘の音で、俺は目を覚ました。


 船員たちの賑やかな声からすると、そろそろハーデス島へ到着するのだろう。


「──だが、腹が減ったな」


 と、思わず独り言を呟くほど、スッキリ爽快に船酔いは消えていた。

 やはり、睡眠こそが最強のクスリなのだ。


 懐かしい夢も見たしな。


 長らく会っていないが、メイドのフランは元気にしているのだろうか……。

 意地の悪い継母と兄ダニエルですら久しぶりに顔が見てみたい気がした。


 特にダニエルはアホなので、からかう相手としてちょうど良い。

 何かとストレス発散に使える男だった。


「それもこれも、まずは死者迷宮の後か……」


 盗賊王のカギ問題を解決しておかないと、暗殺者ギルドのアイリスにいつ殺されるか分かったものではない。


 手早く身支度を整えた俺は、枕元に封蝋で閉じられた羊皮紙があるのに気付いた。


 手紙……?

 だが、内容は後で確認することにして、俺は部屋を出て甲板へ上がった。


 朝日を浴びたかったし、ハーデス島も肉眼で確認したかったからだ。


「ぶはは、ゲッツ。やっと船酔いしてたヒョロガキが起きて来たぞっ」

「ホントに恥ずかしい男でやんすね〜」


 朝日に照らされた甲板に、俺たち以外にも多くの乗客が集まっていた。

 目前に迫ったハーデス島を見ようとしているのだろう。 

 

「ああ、そうかもな」


 と、俺はヨーゼフとゲッツの野次を軽く受け流し、そうと悟られないよう周囲の気配を探っていた。

 

 妙に絡みつくような視線を感じたからだ。


 時間を止めて、相手が誰かを調べようした時──、


「──やほ──」

「──っ」


 例によって、ロクサーヌが唐突に俺の隣に現れた。

 いったい今度はどこに藁人形を仕込んだのだろうか……。


「──つ、着いた──よ──」

「あ、ああ」


 ロクサーヌは俺の腕をつかみ、ぶんぶんと振っている。


「──楽しみ──だね──アル──」


 南方の魔女ロクサーヌ。

 原作ゲームでは厄介なキャラだし、この世界でも怖れられている存在なのだが──、


「──ガンバ──ろっ──!」


 どうにも妙なピュア感が日々増していく……。

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