11話 夜の書庫にて。

「ひぃひぃふぅ」

「もう、ダメだ〜」

「し、死ぬぅぅぅ」


 息も絶え絶えに走る連中の横を、俺、ディアナ、そして──、


「負けるな!」

「俺たちだって、もう従士なんだ!」

「おーー!」


 従士見習いから従士に格上げされた俺たちは余裕の表情で追い抜いていく。


 元従士見習いたちは、 荷物運びや水汲みなどの雑用で、足腰だけは鍛えられている。

 座学無し、剣術指導無し、娯楽無し──という地獄の日々のお陰だろう。


 俺はもともと故郷ボルトンを歩き回っていたし、ディアナは──、


「ふぅ、くそ、ふぅ、負けんぞっ!!」


 無茶苦茶な負けん気の強さ──つまり精神力で俺たちのペースに着いてきている。

 仮説だが──、この世界では魔力の強さと精神力が比例するのかもしれないな。


「うおお、修練場に着いたぞお!」

「勝ったっ!」

「やったーーー」

「これで、来週の雑用番は、ヨーゼフ組だぞっ!!」


 修練場をスタート地点として、森の奥にある小さな丘をよじ登り、そしてまた修練場に戻ってくるという──なかなかのハードワークだ。


「俺たちやりましたよ! アル従士長のお陰です!」

「さすが将来の聖騎士様!」

「いやいや総長の器だ」

「それどころか剣聖に……」


 と、年下のチビ相手に調子の良いことを言っているが、それも当然かもしれない。

 ヨハン総長への3つ目の要求は、「従士見習い全員を従士にしろ」だからだ。


 で、全員が食堂地下の大部屋暮らしから、宿坊の2人部屋に格上げとなった。


 当初は俺とディアナだけ従士で良いかと思っていたが、いっそのこと従士見習いという制度そのものを廃止する方針に変更したのだ。


「油断しないでくれ。来週の勝負方法は剣技になる」


 と、一応俺は釘を刺しておいた。


「そ、そうでした」

「うう、となると再来週の雑用は僕らか……」

「ま、励むしかないさ」

「そうですね!」


 従士見習いだった頃よりは全てがマシになっているので、基本的にはポジティブな反応が返ってくる。


「ぢぐじょおおおおおおおおおっ!!! もう許せねえええ!!」


 だが、もう1人の従士長ヨーゼフは怒りまくっていた。


 元から従士だった連中を束ねるのがヨーゼフで、従士見習いだった連中を束ねるのが新米従士長の俺だ。


 そして、互いの組で毎週末に競技をして、勝ったほうは翌週の雑用番を免除される──という規則をヨーゼフに飲ませていた。


 どんな勝負であれ、従士見習いごときに負けるはずがないと考えていたヨーゼフは、俺の要求を安請け合いしたのである──。


「かけっこで勝ち負けが決まるなんておかしいだろうがっ。俺たちは騎士なんだぞ!!」

「いや、まだ従士だろ」

「やかましいわっ!」


 唾がかかりそうなほどの距離までヨーゼフが俺に顔を近づけてきた。

 前回の火傷も完治して、元気いっぱいな様子である。


「騎士なら騎士らしく、剣か槍──最低でも体術で勝負しろッ!」

「いや、従士長、そいつは──」

「ま、不味いですぜ──この前──」


 ヨーゼフは従士長なのでバルバロのパレードに選抜されている。

 だから、俺と総長の大立ち回りを目撃していないのだ。


 もちろん周囲から伝え聞いてはいた。


「どうしても信じられん! こんなヒョロガキが総長と勝負できたなどと──」

「止めよ!!」


 と、修練場に入ってきた白金騎士のケイトが厳しい声を上げた。


「勝負事が終わったなら速やかに立ち去れ。今からここで私が騎士連中を指導するのだ」

「はっ、申し訳ありません!」

「失礼しました」

「そ、それではお先に──」


 ケイトに言われた途端、逃げるようにヨーゼフ組の連中が立ち去っていく。

 ただ、ヨーゼフは俺をぎろりと睨みつけていったので、いずれまた一悶着あるだろう。


「私たちも行くぞ、アル」

「ああ、そうだな」

「ま、待つのだ、少年──い、いや、アル従士長っ!」


 ディアナたちと共に宿坊へ戻ろうとした俺をケイトが呼び止めた──というよりも強く腕を掴んで引っ張られた。


「お前ほどの剣士は残って良いのだぞっ。お姉さんが特別授業を──」

「い、いや──遠慮します」

「遠慮などするな! 私が手とり足取りお前を剣聖に導いて──」


 総長との一件を見て以来、ケイトはこの調子である。

 はっきり言えば鬱陶しいのだが……。


「ふん! 仲が良くて良いではないか」


 そう言うとディアナは、さっさと宿坊へ歩いて行った。


 ◇


 夜──。


「やはり、ここか」


 宿坊には寝室だけでなく、なんと書庫がある。

 文武両道を目指せということなのだろうか。


「──うむ」


 時間も時間なので書庫に居るのはディアナだけだ。


「王宮の書庫には及ばんが、ここもなかなかの充実ぶりだ」

「呪いを解く方法でも探してるのか?」


 ディアナの魔力が失われたのは、ギャバン伯による「魔封じの呪い」が原因だ。


「いや、私は趣味が2つある。1つは言語学でな。現在はオーガ種の言葉を学習中だ」

「オーガ種? 変わったヤツだな……」

「ふむ。それに解呪の方法など調べる必要もない。呪者を排除するか、呪者より強力な呪い師に頼めば良い」

「そうなのか? なら、呪者の排除より、強力な呪い師を探す方が楽そうだな。ちなみに呪術とサイクロプスって何の関係があるんだ?」

「呪うにせよ、解呪するにせよ、サイクロプスの角がその効果を高める」


 ヨシュアのサイクロプス退治は、角をギャバンに供給するためだ。

 呪いの維持に消費するのだろう。


 ただ、サイクロプスが沼地のダンジョンを出てくる理由はまだ分からない。


「となると、サイクロプスの角の供給を止め──」

「いや、解呪は急がん。なぜなら、からだ」

「──そうか……」


 双子の弟ヘンリーだけでなく、メギストス家全体でディアナの魔力を奪った可能性が出て来たのだ。

 ここまでくると王家すら絡んでいる可能性があった。


 動くにしても、まずは情報収拾をしてからのほうが良い。


「ギャバンあたりが、ちょっかい出してくるだろうが……」


 ヘンリーとその一味は、姉ディアナが「能無し」であることを望んでいる。

 だが、自分自身の手は汚したくない。


 そんな汚れ仕事を請け負ったのが、次期宮廷魔術師に貸しを作りたいギャバンだ。


「いや、もう1つ手があるな。占星術師の星詠みが外れたわけだろ」


 聖ラザロ修道会で善行を積めば運命を逆転させる男に出会う──

 

 その運命の逆転が、魔力の回復を意味するとディアナは考えていたのだ。


「さっさと修道会を出て、強力な呪い師のところへ行くのもありだ」

「いいや──」


 と、ディアナは俺から目を反らし、分厚い書物に視線を戻した。


「運命の逆転は──ぞ、続行するつもりでなっ」

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