83 そんな視線の一つでも(2)

 礼央はその日の放課後、一人、街中を歩き回った。


 誕生日プレゼント……。

 誕生日プレゼント……。


 こうなってしまうと、あげないなんていう選択肢は無い。

 けれど、似合うと思っていたマフラーは2万円。

 出すのは構わないけれど、流石にブランドものは快く受け取ってもらえないだろうか。


 もっと……気軽なもの……。


 文房具なんていいと思うけれど、ペンケースはケントがあげてしまったし。


 3時間ほど悩みに悩んで、最終的に礼央が手に持っていたのはボールペンだった。

 包んでもらい、なんとかプレゼントの体裁を整える。


 ……買ったはいいけれど、さてどうしよう。


 もうすっかり辺りは暗く、店の看板は煌々と明かりをつける時間帯だ。

 これから亮太の家に行けば、少し迷惑だろう。


 わざわざ今日持っていく必要、ないんじゃないだろうか。

 みかみくんなら明日でも、きっと喜んでくれる。


 けど。


 僕だって、みかみくんの喜ぶ顔が見たい。


 この誕生日当日っていう特別な日に。


 あんな風に、笑ってほしい。


 ……気持ちがバレるかどうかなんて、知るもんか。


 僕だって!




 そんな風に思いながら、結局礼央は、亮太の家に行かないという選択肢を選ぶ事は出来なかった。

 亮太の家の前に立ち尽くす。


 今頃は、家族みんなが家に揃っているかもしれない。

 ケーキでも食べている頃合いかもしれない。


 ごめん、みかみくん。


 こんな僕が、君の事を好きになってしまって。


 こんな不純な気持ちを抱えて、君の前に立って。


 震える手で、インターホンを押す。


 ……もし、この気持ちがバレて、一瞬でも引かれてしまったら……、もう君と一緒に居られないけど。

 それでも。


 ……それでも。




 インターホンに名乗ると、玄関から、亮太が出て来た。


「こんばんは」

 にっこり笑う。

 亮太は少し、心配そうな顔をした。

「うん。何かあった……?」


 どうやら、心配そうな顔をしているのは、礼央を心配してのことのようだ。

 家でまた、何かあったのかと。

 ……そんな風に優しいから、好きになっちゃうんじゃないか。


「ううん。やっぱ今日中に渡したくて」

 プレゼント用に包まれたボールペンを、亮太の目の前に差し出す。

「誕生日、おめでとう」


 すると、ハッとした顔をした亮太は、少し照れたような顔で、嬉しそうに微笑んだ。

「え、わざわざここまで来てくれたの?」

 プレゼントを受け取る。

「ありがと。嬉しい」


 その笑顔が、僕の心を打つから。


 ……引かれたり、嫌がられたりしないのか……。


「れおくん、今日ケーキあるんだけど、よかったら……」

 と言う亮太に、笑顔を向ける。

「あ、ありがとう。けど、今日はこれで帰るよ」

「……そう?」

 少し寂しそうな顔をした亮太に手を振ると、亮太はにっこりと手を振りかえしてくれる。


「また、明日!」

 それだけ言うと、礼央は早足で駅へと向かう。


 プレゼントを渡した時の、あの笑顔を反芻する。


 嬉しそうだった。

 本当に。


 何か、勘違いしちゃいそうなくらいに。


 君と二人で、君の誕生日を祝える日が来たら、なんて、想像してしまうくらいに。


 そんな笑顔を見せるから、僕みたいなのに好かれちゃうんだ。


 泣きそうになる。




 僕は、確信する。


 もし、この気持ちが苦い思い出になる日が来たとしても、僕はきっと、この恋を一生忘れることができない。


 きっと一生、君を好きになった事を、思い出して。

 どれだけ辛い思い出になっても思い出して。


 そして今日の君の笑顔を、いつだって大事に、心の中に留めておくんだろう。



◇◇◇◇◇



そんな一生に一度の恋。

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