43 夏の暑さ

 また、日常が戻って来た。

 ここで言う日常は、解説の練習なんてしなくてもいいという意味の日常だ。


 人前で喋る事にはかろうじて慣れた。

 むしろ、あれは自分が注目されていたわけじゃないし、程々にハードルは低かったと思う。

 けど、それでも、終わったという解放感はハンパない。


 結局、あの実況と解説の経験は、亮太にいろいろなものを残してくれた。

 知り合いも増え、部活にも顔を出せるようになった。

 といっても、部活に顔を出すのは1、2週間に一度の事で、やっぱりケントのように毎日入り浸るというわけにもいかなかったのだけれど。


 今日も、茹だるような暑さの中、礼央と二人、公園の方へまわって行く。

 公園は遠回りだけれど、木陰もあれば、池のそばもそれなりに雰囲気がよく、歩いていて気分は悪くない。

 礼央も静かな方なので、公園独特の静かさや騒がしさを感じる事が出来た。


 とはいえ、暑いものは暑い。


「れおくん」


「ん?」


 公園入口を通ったところで、木漏れ日を視線で追っていた礼央が顔を上げた。


「アイス買う」


 言い置いて、公園の入り口にある小さな売店へ向かう。

 それは、小さなおばあちゃんがやっている小さな店で、それでも小さな店なりに、お菓子や子供向けのおもちゃ、飲料、そしてアイスまでもが売っている。

 学校からここまでの間、コンビニなどはないので、学生達が公園で休息をとる時は、この売店を使うのだ。


 アイスを眺めていく。どうやら棒アイスが多いみたいだ。

「おばあちゃん、これ」

「ありがとねぇ」

 小銭をトレーに置いて、アイスをもらっていく。


 二つに割って、二人で食べられるやつ。

 買ったばかりのアイスをパキッと割ると、横から覗いて来た礼央に半分寄越した。


「ん」


「あ、うん」


 その時に気付く。

 礼央の様子がおかしい事に。


 視線が合わない。

 少し、照れて……。


 あ。


 もしかして、ちょっとまずかった?


 期待させてしまったり、なんて。


 いや、でも。


 アイスを食べ始める礼央を、チラリと観察する。

 アイスに夢中になっているようだ。

 別に、大丈夫そう。


 友達、だし。


 変な事じゃないよな。


 きっとケントが相手だったら同じことをするはずで。

 じゃあ、れおくんとやっちゃいけない理由って何だよ。


 自分があまりにも意識しすぎてるような気がして。

 そんな自分に少しだけ憤慨して、亮太はアイスを思いっきり齧った。

 シャリシャリする氷の感触が、心地いい。


「よし、満足」


 アイスの冷たさを感じながら、ドヤ顔で言う。

 そんな亮太に、礼央が「ははっ」と笑った。


 池の水面が夏の陽の暑さにキラキラ光る。

 暑いからか、いつも見かける犬も子供もあまりいない。

 公園を回って帰る学生は見かけるものの、それほど多くはない。


「夏だなー」

 ぼんやり呟くと、

「夏だねー」

 とちょっとクスクスと笑う声が返って来た。



◇◇◇◇◇



久しぶりに二人の回。二人で居るのが自然になってきた二人です。

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