第48話 生き残ったと思ったら

 目を擦ってもう一度周囲の光景を見る。


「いや、マジでここどこ……」


 さっきまで村の南端辺りでまつろわぬ虚無とかいう巨大ワームと戦っていた。そして、真っ二つにして勝ったと思って油断していたら、暗闇に飲み込まれてしまったはず。


 でも、今俺が立っているのはどう考えても現実の世界。写真やテレビで見たグランドキャニオンみたいな渓谷のど真ん中だ。


 村の周りは鬱蒼と茂る森や平原がほとんどだ。こんな草木が一つもないような場所はない。


 それに空気感や匂いも今までとはまるで違う。明らかに村の近くじゃない。


「ひとまず上に上がってみるか……くっ、駄目だ……体が動かない……」


 最後の最後に残った魔力も使い切ったのでほとんど枯渇状態。今の俺は無防備そのものだ。モンスターに襲われたら、死んでしまうだろう。


 ひとまず、その場に座って瞑想を行い、魔力の回復を試みる。

 

 それにしても、あのくそワームはどうなったんだ? 村の人たちは無事なのか? リーシャ、レイナ、シャロは? それにパパン、ママン、レナは?


 目を閉じていると、いろんな雑念が頭を過って集中できない。


 何をするにしても魔力がないと五歳児の体では何もできないというのに。


 ――くぅ~


 しばらくすると、腹が鳴る。


「あぁ~、腹も減ったな……」


 戦いっぱなしで何も食べていない。生きていれば腹が減るのは道理だ。


 魔力を使いまくったせいでエネルギーが足りていない。それに疲労も限界で眠気もひどい。


 ――パァンッ!!


 自分の頬を張ってどうにか眠気を飛ばす。


 魔力感知をする限り、至るところに大きな反応がある。こんなところで寝てなんていられない。


 少しずつ魔力も回復してきた。身体強化さえできれば、そんじょそこらのモンスターには負けない自信がある。


 それだけの努力と結果を残してきた。


 俺はご飯を求めて移動を始める。気配を消して魔力を感じた方に近づいていく。


「いやいや、なんだよあれ……」


 こっそり様子を窺うと、そこにいたのはどう見てもドラゴン。


 西洋風で腕と羽があるタイプで、丸くなって眠っている。大きさは一軒家をゆうにこえ、二、三十メートル以上ありそうだ。


 しかも真っ黒で、いかつい顔をしている。いわゆるブラックドラゴンとか黒龍とか呼ばれ、普通に国とかを破壊して恐れられていそう。


 触らぬ神にたたりなし。


 どう考えてもヤバいと思った俺は、その場を後にしようと振り返った。


 ――パキッ!!


 うっ。


 しかし、地面にあった薄い石を踏んづけていまい、乾いた音がなる。


 渓谷内にその音が響き渡った。


 おそるおそる振り返ると……。


「やっぱり……」

「グォオオオオオオンッ!!」


 ブラックドラゴンは目を覚まして俺に向かって咆哮を上げた。


 俺はすぐにその場から一目散に逃げ出す。


「ギャオオオオオオオンッ!!」


 後ろからひと際大きな鳴き声が聞こえたと思ったら、バッサバッサという羽音がした。


 振り返ると、ブラックドラゴンが空を飛んで追いかけてきている。


「勘弁してくれぇ!!」


 俺は障害物を乗り越えて必死に走った。


 その途中で蝙蝠の頭にゴリラのような体をもつモンスターに遭遇。


「グギャアアアアアッ!!」

「邪魔!!」


 俺は止まることなく蹴り飛ばす。


「グギェ――」


 モンスターは岸壁に激突し、グシャリと潰れた音がした。


 でも、構っている暇はない。


 後ろから熱を感じてチラリとみると、ブラックドラゴンは口の前に真っ黒なエネルギーを収束させていた。


「どう考えてもブレスじゃねぇか!! こんな狭い所でぶっぱなす気か!? やめてくれ!!」

 

 俺の悲痛な叫びも空しく、ブラックドラゴンが黒い光線──ブレスを放つ。


「ギャォオオオオオッ!!」

「うぉおおおおおっ!?」


 必死にほぼ垂直の崖を壁走りして避けた。


「あっぶねぇ!!」


 魔力がほとんどない状態であんなものを喰らったらひとたまりもない。


「ギャォオオオオッ!!」

「ギャォオオオオッ!!」

「ギャォオオオオッ!!」


 ブラックドラゴンは何発もブレスを放ってくるが、地形を利用して躱し続ける。


「あっ、外っぽい!!」


 そうこうしている内に出口が見えてきた。


 潜り抜けると、そこは完全な荒野だ。


「ギャオオオオオオッ!!」

「いやいや、隠れる場所がどこにもねぇじゃねぇか!! 折角生き残ったので、こんなところで死ねって言うのか!?」

 

 渓谷の中はなんだかんだ障害物があったおかげで、相手も本気でブレスを吐けなかったし、回避もできた。


 でも、なんの障害もないここでは全力でブレスを放つことができる。喰らったらただでは済まないだろう。


 俺の予想通り、後ろから先ほどまでとは比べ物にならないくらいの熱量を感じる。全力のブレスを準備している。


 どう考えても俺にトドメを刺すつもりだ。


「なーんてな!!」


 俺は逃げるのを止め、振り返る。


 この時を待っていた。


 相手は完全に俺を倒した気になってブレスを限界まで貯めようと無防備になっている。俺は逃げている間、魔力を回復させて機会をうかがっていた。


 魔装を身に纏って飛び上がり、羽に向かって剣を振り上げる。


「ギャアアアアアアッ!!」


 羽を切り裂かれ、空中でバランスを保てなくなったドラゴンはブレスを明後日の咆哮に吐き出した。


 ブレスは虚空に消える。


 俺は落下に身を任せ、ドラゴンの首に向かって剣を振り下ろした。


「はぁああああああっ!!」

「ギャ――」


 剣は抵抗なく差し込まれ、ドラゴンの首が宙に舞った。


 ──ズシィイイイインッ!!


 俺はドラゴンとともに地面に落ちてゴロゴロと転がって仰向けになる。


「はぁ……はぁ……もう無理!!」


 魔装のおかげで無傷。ただ、魔力が尽きて魔装も解けた。


 どうにかギリギリ魔力を回復できたおかげで勝てたけど、度重なる無理が祟ってもう何もかも限界だった。


 そんな時、突然鈴の音ように軽やかな声が聞こえた。

 

「カカッ!! やるのう、小童」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る