第20話 九死に一生(村長イーデクス視点)

 ──ドンドンドンッ

 ──ドンドンドンッ


「うっ、いったい何事だ?」


 村長であるイーデクスは、寝室のドアを激しく叩かれて目を覚ました。


 こういう時は緊急事態だと決まっている。


 顔を張って気持ちを切り替え、部下を招き入れる。


「入れ」

「失礼します!!」


 部下の守護者が血相を変えて入ってきて膝を付いた。


「何があった」

「申し上げます。大侵攻が観測されました……」

「なんだと!?」


 大侵攻とは、外に跋扈しているモンスターたちが一つの大きな群れとなって、人間の村や街に襲い掛かる現象のこと。


 数十年に一度起こるか起こらないかという大災害だ。


 以前は三十年ほど前に発生し、現在の守護者の親世代が自分たちの命と引き換えに村を守ったことで、この村はどうにか存続してきた。


 その際に襲ってきたモンスターの数は千以上。しかし、この村の防衛戦力は百程度だ。守護者自体は百五十程いるが、現役はその程度。


 防壁に守られているとは言え、十倍以上の戦力差はいかんともしがたい。


「すでにモンスターが目と鼻の先まで迫っています。おそらく前回以上の規模かと」

「ぬかったわ……大雪だからと油断しておった……」


 厳冬だった場合、モンスターが冬眠から目覚めるのも遅い。だからこそ、イーデクスはこの時期に大侵攻が発生するとは思ってもみなかった。


 警戒を怠っていた自分を殴りたい気持ちになる。しかし、そんなことをしたところで事態は解決しない。

 

「急ぎご指示を」

「村民たちはすぐに神殿に避難させろ。それと守護者は、最低限の防衛戦力を残し、門と防壁の上に全隊を配置し、モンスターを撃退せよ。一体も村に入れるな」


 村の外に逃げ場所はない。他の村まで一日以上かかる上に、モンスターがここまで迫ってからでは、足の遅い子どもや老人を抱えて移動するなど非現実的すぎる。


 籠城以外の選択肢はない。


「はっ」


 指示を出すと、部下はその場から去っていった。


「私も今回の大侵攻で村を守るのが最後の役目か……次の世代も十分育ってきた。問題あるまい」


 親世代が自分たちを守ってくれたように、今度は自分が子どもたちを守るのが村長としての義務だ。


 準備を整えたイーデクスは、自分の命を引き換えにする覚悟とともに前線へと向かった。





「なんだこれは……」


 しかし、モンスターの数を見た瞬間、絶句した。どう見ても数千体以上のモンスターが村へと近づいてきていたからだ。


 これではいくら自分たちが命を懸けたところで全滅させることは難しい。もちろん、だからと言って最後まで諦めるわけにはいかない。


「皆の者、すまない。厳冬だからと警戒を怠ったワシの落ち度だ。悪いが、一緒に戦ってくれるか?」

『はっ』


 逃げ道などないことを悟り、全員が覚悟を決めた顔をした。


『グォオオオオッ!!』


 近づいてくるモンスターの群れはまるで津波のようだ。


「皆の者、魔法を放て!!」


 イーデクスの掛け声によって、モンスターに次々と魔法が撃ち込まれた。


 モンスターたちはひしめき合っていて、避けるそぶりもないため、十体以上が巻き込まれて死んでいく。


 しかし、倒しても倒してもその隙間がすぐに埋まってしまった。


 それでもひたすらにモンスターたちを屠り続けたが、どれだけ倒してもモンスターが途切れる様子はない。


 普通の魔法を使う魔力はすでにもう残っていなかった。生き残りは絶望的だ。


 その上、均衡が破れ、村の内部へモンスターの侵入を許してしまった。


「かくなる上は……」


 ここから取れる選択肢は少ない。


「三十五以下の者は内部に侵入したモンスターを掃討しながら神殿に退避。それ以上の者は外のモンスターに特攻を仕掛けるぞ」

「なぜですか!! 私たちも戦います!!」

「言うな。村を存続させる芽を残したいのだ。許してくれ。神殿の地下にあるシェルターに村民を全員避難させるのだ」 


 守護者たちは命と引き換えに大爆発を引き起こす魔法を使うことができる。


「それならイーデクス様もご一緒に!!」

「いや、先達の我らはお前たちが生き残る礎となろう。行くのだ」


 モンスターの数を減らしておけば、シェルターから外に出た時に生き残る可能性が上がる。


 イーデクスはその可能性に掛けることにした。


「親父……」

「すまんな、我が息子よ。あとは任せたぞ」

「くっ、分かった。任せておけ」


 イーデクスの側にいたのは副官としてついていた息子。


 彼は悔しげに唇を噛み締めながら頷いた。


 各部隊に伝令を送る。


「皆の者、我に続けぇええええっ!!」

『うぉおおおおっ!!』


 合図とともに、できるだけ声を張り上げ、イーデクスが先陣をきって防壁を飛び降りてモンスターたちの群れへと突撃していく。


 自爆攻撃は広範囲を巻き込んでしまう。それでは防壁に影響が出かねない。そのため、後はできるだけ村から離れてから自爆する。


「我が身を――」


 イーデクスは敵を切り裂きながら、自爆魔法の呪文を唱え始める。


 完成すれば、数百体は巻き込んで消し飛ばせるはずだ。


 あぁ、願わくば、我が村の者たちに祝福があらんことを……。


 ――ドォオオオオオオンッ


 しかし、呪文が完成する間際、目の前を巨大な炎の渦が通り過ぎた。


「うっ!?」


 凄まじい熱波がイーデクスの肌を焼く。


 炎が消えると、前方にいたはずのモンスターが消え去っていた。


「なんだ、何が起こっている!?」

「モンスターが凄い勢いで駆逐されていきます!!」

「なんだと!?」


 ――ドォオオオオオオンッ

 ――ドォオオオオオオンッ

 ――ドォオオオオオオンッ


 あちこちですさまじい轟音が轟き、その度にモンスターが消滅していく。


 そして気づけば、あっという間にほとんどのモンスターが消えてなくなった。


「いったい何が起こったんだ……」


 イーデクスを含め、守護者たちはしばらくの間、呆然と立ち尽くす。


「……はっ、いかん!! すぐにモンスターの残党を殲滅せよ。村の内部が最優先だ!!」

『はっ!!』


 我に返った年嵩の守護者たちは一斉に動き始めた。

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