第18話 説得

「皆、避難するぞ」


 パパンが先頭に立ち、俺たちを連れて神殿へと避難を始める。


 外に出ると、村民たちも同じように必死に神殿に向かって走っていた。


 俺たちは大人しく親に抱えられている。三歳児が大人顔負けの速度で走ってたらおかしいからな。


 うーん、これはちょっとマズいかも……。


 俺はパパンの腕の中で外のモンスターの気配を感じ取る。


 村の外には百や二百ではきかない程のモンスターたちが集まっていた。数えるのもうんざりする。少なくとも五百はいるかもしれない。


 ひとまず、クラグファルの気配がないことが幸いだ。


 守護者の魔法は威力はあっても速度が出ないし、守護者たちは空を飛べないから一方的に攻撃されることが多いんだよな。


 ――ドォオオオオンッ!!

 ――ガガガガガガガッ!!


 遠くから激しい戦闘音が聞こえてきた。


 どうやら本格的に戦いが始まったらしい。


 この村にいる守護者の数は百五十程度。正直、守り切れるかどうか微妙なところだ。壁のどこかが突破されたら、非常にマズい状況になるのは目に見えている。


 くそっ、昨日モンスターを倒しにいった時に気づいていれば、こんな事態にはならなかったのに……モンスターを倒せるようになって慢心していたのかもしれない。


 俺は後悔しながら、家族やリーシャたちと一緒に神殿へと避難した。


「こちらの部屋で待っていてください」

「分かりました」


 神殿を守る守護者によって一室に案内される。そこは俺たちが普段お世話になっている部屋で、すでに数十人の人間がすし詰めにされていた。


 隅っこに押し込められ、守護者が去っていく。


「俺たち、どうなっちまうんだ?」

「早く終わってくれ……」

「あとどのくらい待てばいいんだ……」


 室内にいる全員が不安そうな顔をしていた。


 外では熾烈な戦いが繰り広げられているのだろう。モンスターの反応が消えていくけど、すぐにモンスターが補充されていく。正直、このままじゃ厳しい。


「トール……」


 感知に優れているレイナも、全容は分からないまでもなんとなくヤバいことが分かっているのだろう。


 不安そうに俺の顔を見てきた。


「大丈夫だ」

「ほんと?」

「あぁ」


 安心させるようにレイナとリーシャの頭を撫でる。


 ふぅ、本当はこんなリスクをおかしくたくないけど、俺を大事にしてくれる家族や幼馴染たちのためだ。後でどうなっても受け入れよう。


 俺は立ち上がってママンとパパンに話しかける。


「ママ、パパ」

「どうしたの、トール」

「俺……行ってくるよ」

「どこに……」

「モンスターを倒しに」


 パパンとママンの顔が険しくなった。


 当たり前だ。三歳児が突然、モンスターを倒しにいくとか言うんだから。


 でも、ここは俺が出るしかない。


 ただ、この状況で親たちを眠らせるのは何かあった時にリスクが高すぎるし、コッソリ出かけてもママンとパパンが大騒ぎするのは目に見えている。


 正面から説得するしかないと判断した。


「トールが行っても仕方ないわ。大人しくここで待ってなさい」

「そうだぞ、お前にできることはない」


 二人が悲しげな顔で俺を諭す。


 おかしなことを言い始めたと思っているのだろう。それも当然のことだ。二人と同じ立場なら俺も同じことを言っていたに違いない。でも、引くことはできない。


「多分、このままだと壁が破られる。そうなったらここも危なくなるよ。今の内に対処しないと間に合わないんだ」

「だからといって、トールが行っても何もできないでしょ?」

「子どものお前に何ができるというんだ?」


 両親が言いたいことも分かる。


 普通の三歳児はようやく安定して歩けるようになる程度。モンスターと倒す力はおろか、戦う力すらない。


 俺はリーシャたちと戦っている姿を見せている以上、ある程度動けるのは分かるけど、モンスターと戦えるほどだとは思っていないのだろう。


 だから、力を見せるため、一瞬で二人の背後に回って告げた。


「黙っていたけど、もうモンスターを倒してるんだ。それに、俺は普段リーシャとレイナと戦っている時の百倍は強いよ」

「見えなかった……」

「いつの間に……」


 二人は突然消えた俺に言葉を失いながら、声に気づいて振り返った。


「俺が行けば、ひとまず村がなくなるようなことはないと思う」

「トール……」

「お前……」


 二人の顔には、信じたくないような、悔しいような、いろんな感情がないまぜになった表情が浮かんでいる。


 自分の息子を戦地に赴かせるのを良しとする親はいないだろう。それが幼いこどもなら尚更だ。


 心中を察するに余りある。


「ちゃんと帰って……くるのよね?」

「もちろん。パッと終わらせてすぐ帰ってくるよ」

「……はぁ、分かったわ。行ってきなさい」


 ママンはジッと俺の顔を見つめ、しばらくして諦めたようにため息を吐いた。


 そして、困ったような笑顔を作る。


 本当はもっと言いたいことはあったはず。それでも飲み込んでくれた。さすが俺のママンだ。


 パパンがママンの答えに目を見開いた。


「い、いいのか!?」

「トールが覚悟を決めた顔しているんだもの。親としてその気持ちを尊重したいわ。それに、あなたが私に求婚した時にそっくりよ」


 ママンは気丈に笑う。やっぱり、母は強い。


「何言ってんだよ、こんな時に。はぁ、分かったよ。ちゃんと帰ってくるんだぞ?」

「うん、ごめんね、二人とも」


 こんな顔させたくはなかったけど、このままだとそれどころじゃなくなるからな。


 悪いけど、我慢してもらう他ない。


「いいのよ、それしかないんでしょ?」

「うん」

「ちゃんと帰ってきて。約束よ?」

「分かった」


 二人は俺をギュッと抱きしめた。

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