第07話 初めての実戦

 犬のモンスターが威嚇するように吠える。


「ウォンッ!!」


 くそっ、こんな時に……。


 近隣の住民は避難してしまったし、守護者も近くには見当たらない。


 ママンが気絶してる。放って逃げるわけにはいかない以上、どうにかしてあの犬を倒すしか俺たちが生き残る道はない。


 覚悟を決めるしかないか……。


「ふぅ~」


 呼吸を整え、全身に魔力を巡らせて構える。


「グォオオオオッ!!」


 犬のモンスターが俺の方に駆け出してきた。


 獰猛な顔つきで、明らかに俺を食料だとしか見ていない目をしている。まるでライオンや虎みたいな肉食獣の前に放り出されたみたいだ。


 零歳児の俺なんてすぐ倒せると思っているのだろう。


 体長は一メートルくらいなのに距離が近づくにつれ、その恐怖が増してくる。急に周りが見えなくなり、巨大な犬が迫ってくる姿を幻視した。


 このままじゃ死んでしまうっていうのに、足が地面に張り付いてしまったかのように動かない。


 犬のモンスターがどんどん迫ってくる。


 くそっ、動けよ俺の体!! ビビってる場合じゃないだろっ!!


 どうにか体を動かそうとするが、まるで金縛りにあったかように体が動かない。そのまま犬のモンスターが俺に飛び掛かり、首元を狙って噛みつこうとしてきた。


 くそっ、動け、動け、動けぇええええっ!!


「うぎょけぇええええっ!!」


 思い切り息を吸い込んで大声で叫ぶと、さっきまで体が動かなかったのが嘘のように縛りが解け、ギリギリのところで犬の牙を避けることができた。


 ただ、回避は完ぺきとは言えず、犬の爪の方が俺の腕を掠る。


 ――キンッ


 金属同士がぶつかったような甲高い音が鳴った。服が切れ、腕に一筋の線が入る。


 どうやら身体強化は有効みたいだ。ちゃんと当たらなかったとはいえ、爪を受けてもほんのかすり傷で済んでいる。これならどうにかなりそうだ。


 さっきまで恐怖で大きく見えていた犬のモンスターが、急に萎んで見えた。


 初実戦の緊張と命をやりとりする恐怖で体が石みたいになっていたけど、もう体は完全に動く。犬のスピードも攻撃力は把握できた。ここから仕切り直しだ。


 すぐに犬が通り抜けた方に振り返って構え直す。


「グルルルルルルルルッ」

「きょいよ」


 俺は警戒する犬のモンスターを挑発するように手招きした。


「ガオッ!!」


 犬が再び突進してくる。


 さっきは冷静じゃなかったせいで後れを取ったけど、今は落ち着いたおかげで動きがバッチリ見える。まるでスローモーションみたいだ。


 これなら――


「ふっ」


 噛みつこうとしてくる犬を躱し、すぐに向きを変えて次の攻撃に備える。


 最初の緊張と恐怖を乗り越えた今ならもう憂いはない。


 ただ、この年齢でモンスターと戦える機会は滅多にないだろう。せっかくの機会を逃すわけにはいかない。


 俺は攻撃を回避しながら実戦経験を増やす。


 おかげで多少切り傷を負いながらも、右、左、上、下、どこから攻撃が襲って来ても対応できるようになった。


「ハァ……ハァ……」


 ずっと攻撃を躱し続けていたら、犬のモンスターの息が上がってきた。


 そろそろトドメを刺すか。


「ガァアアアアッ」

「げっ」


 そう考えていたら、いきなり口から火の玉を吐いた。


 バスケットボールくらいの大きさがある。


 スピードは速いが、躱せないことはない。ただ、回避したら火事になってしまいそうだ。それは避けたい。


 俺は一か八か火球を蹴り飛ばした。


 ――ドォオオオオンッ


「あちちちちっ」


 身体強化していたけど、熱はどうにもならない。でも、火傷にはならなかった。


 物理攻撃よりも有効だと思ったのか、火球をバンバン撃ってくる犬。でも、すでに一回対処したから熱さも我慢できる。火球を全部上空に向かって蹴り飛ばした。


 ――ボフンッ


 魔力的なモノがなくなったのか、口から煙だけが放出された。


「ちなぎれきゃ? しょろしょろおわりにしゅるよ」


 そろそろ打ち止めみたいなので、俺は全身に思い切り魔力を通して地面を蹴る。


「ワフッ!?」


 本気の身体強化の速度に驚き、犬の顔色が変わる。


「はぁああああっ!!」

「キャインキャインッ!!」


 思い切りぶん殴ったら、犬が吹っ飛んで家屋の壁にぶつかった。


 おおっ、防御力だけじゃなくてちゃんと攻撃力も上がってる。


 犬が壁から地面に落下して、生まれたての小鹿のように立ち上がった。


 すぐに地面を蹴って、懐に潜り込む。


「しぇいっ!!」


 そして、思い切り顎にアッパーをかました。


「ガフッ」


 ブチブチと何かが千切れる感触。犬のモンスターの顔の前半分が吹っ飛び、地面にドサリと落ちる。


「やぁっ!!」

「グェッ!!」


 俺はトドメとばかりに首にハイキックを入れた。


 骨が折れたような手ごたえの後、犬は真横に吹っ飛んでまた家の壁に激突。家の壁が崩れ落ちる。


 近づくと、犬の首が変な方向に曲がり、完全に動かなくなっていた。


「おわっちゃぁ」


 どうにか倒すことができた。


 ママンの許に駆け寄って安否を確認。ちゃんと規則的な呼吸をしているので問題なさそうだ。


 側に腰を下ろす。


「うあ……」


 その途端、急に瞼が重くなって視界が霞む。


 どうやら極度の緊張の中で全力戦闘したせいで疲れてしまったらしい。くそっ、まだモンスターに襲われる可能性があるってのに――。


 このまま寝てしまったら殺されてしまうかもしれない。


「おいっ、こっちに来てくれ。逃げ遅れた母子がいる!!」


 眠気を堪えようとしていたら、走ってくる守護者の姿がぼんやりと見えた。


「母親も子供も無事だ」

「モンスターに襲われたのか?」

「いや、それならなんで二人とも無事なんだ?」

「確かに。このモンスターはいったい誰が殺したんだ?」


 何やらざわついているが、これ以上は我慢できそうにない。


 安堵した俺はそのまま意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る