ゴブリン退治、特に宇宙。
青猫あずき
第1話 眠り姫の棺
「ゴブリン達が乗り移ろうとして接近してくる! 撃ち落として!」
操縦手であるライカの声が火器管制室に響く。宇宙船レーヴァテインに搭載された魔動兵装はゴブリンを一撃で仕留める威力を誇るが、高速で移動する船から狙うにはゴブリンのサイズは的として小さすぎる。銃手であるアポロが撃ち漏らした何頭かのゴブリンはレーヴァテインの外壁へ辿り着こうとしていた。
「撃ち漏らしがある! ニール、頼めるか?」
「今、向かっている。もう少し待っとれ」
聞くものを安心させるニールの声が通信越しに聞こえる。ドワーフであるニールの筋力は地上でも力強いが重力の弱い宇宙空間では無類の強さを誇る。怪力無双の代わりに鈍重であるイメージのあるドワーフだが、自重が地上より遥かに軽く感じられる宇宙空間の近接戦闘にあっては決して遅くなどない。
船外活動用の宇宙服を来て、手に簡素な金属の棒を持ったニールが
ゴブリンたちは宇宙服を纏わず、地上と変わらない粗野な姿のまま、宇宙空間を漂っている。環境適応力が高いことで知られるゴブリンはたった数代の世代交代を経て宇宙空間での活動に適合した。呼吸を辞めて酸素無しで活動できるように進化したのだと研究者は語るが、ならば代わりにどのような方法で体を動かすエネルギーを得ているのだろうか?
宇宙線の放射を浴びることで通常よりも遥かに早く突然変異を起こして銀河に適応した彼らのようなゴブリンを、地上のゴブリンと区別するためにスペースゴブリンと呼び分けるように学者たちは提唱しているが、現場ではそれが踏襲されることはまずない。ゴブリンはどこに現れようがゴブリンだ。
ニールの魔動斧が船体に取り付いたゴブリンたちを各個撃破する間、アポロはゴブリンたちの乗ってきた宇宙船を銀河の暗黒の中に見つけるべく目を凝らした。
ゴブリンが使う宇宙船はヒトや亜人種の使う宇宙船とはまったく異なる。
呼吸の必要がないため船体から空気が漏れないように密閉する必要がなく、それゆえに船体外殻は特殊な建材を用いることなく驚くことに木造である。
魔族の王がゴブリンたちを宇宙へと解き放つために放った最初のロケットこそ異世界から来た転生者の語るロケットに近い飛翔体であったのが、変異を起こしてスペースゴブリンとなり呼吸も宇宙線への対策もいらなくなった今では地上の船とほとんど変わらない。船の帆に太陽風を受けることで銀河を漂うため、ほとんどの場合は動力が積まれていない。ゴブリンのことを宇宙海賊などと呼ぶものもいるが、地上の海賊の方がまだ立派な船に乗っているだろう。
火器管制室の窓からゴブリンたちが乗ってきた木造のボロ船を目視で発見したアポロは略奪の跡を見つけた。船の後方に膨らんだ麻布が積んであるのだ。船ごと撃ち落とすこともできるが、それでは勿体無い。アポロは照準機器の設定を細かくいじり、ボロ船の船主から身を乗り出して仲間たちの略奪の様子を伺うゴブリンの船長を捉えた。
「ライカ、船速を落とすことできるかな?」
「何のために? 宇宙船は減速するのにも燃料を使うし、下げた船速を戻すのにも燃料を消費するの。それに見合った見返りはあるのかしら?」
「ゴブリンたちの略奪した積み荷を回収するために船首のゴブリンを撃ちたいけど、俺の腕じゃ今の相対速度で正確に魔法を当てられる自信がない」
「却下よ、却下。ゴブリンたちの積み荷より燃料の方がよっぽど貴重なんだから。積み荷ごと撃ったって何かを失うわけじゃないんだから行進間射撃の練習だと思ってそのまま撃ちなさい」
「了解」
アポロはゴブリンのボロ船に狙いを絞り、船首に狙いを絞り、ゴブリンの操舵手に狙いを絞った。慎重に狙いを外さないよう心を静かにしながら魔法語の詠唱を始める。本来なら手に持った杖の先に
アポロは現代魔術ではほとんど誰も身につけない『射程距離を拡大する魔術』を象牙の塔で研鑽してきた。とりわけ何か目標があったわけでなく、ただある夜、夢枕に立ったご先祖様が距離拡大の詠唱を身につけるようにと言ったのだ。地上ではあまり意味のなかった距離拡大が象牙の塔を訪れたライカの目に止まった。
だだっ広く、遮蔽物のない宇宙空間での撃ち合いに距離拡大の魔術はぴったりだと言ってまだ研鑽中のアポロを引っこ抜き、レーヴァテインに乗せたのだ。
魔法語の追加詠唱で
「やればできるんじゃない!」
ライカが操縦席で歓声を上げた。いつのまにか船体に取り付いたゴブリンたちを排除し終えたニールも船外活動用の服から着替えて船内に戻っていた。
「それじゃあ、ゴブリンの船を鹵獲して戦利品を見聞しましょうか。何があるかなあ……クレジットは期待できないにしてもわざわざ運んでるんだからそれなりの価値はありそうよねぇ〜」
ライカは機嫌良さそうにレーヴァテインをゴブリンたちのボロ船に近づける。ボロ船の後方に轢かれる麻袋を船内に取り込み、ライカとアポロとニール、乗組員全員で麻袋の中身を確認する。
「あれ? これ、外装は麻袋だけど、中身はなんかゴテゴテした金属パーツになってるわね」
ライカが麻袋を取払い中身が露わになった。それは機械的な生命維持装置の棺だった。もちろん棺の中にはヒトがいる。自分が打ち損ねて積荷ごとゴブリンのボロ船を大破させなくてよかったとアポロは震えた。
「中身は……石化されたヒトみたいね。長距離航宙の際に
「やけに親切じゃな」
ニールの言葉にライカはにやりと笑った。
「石化して長距離航行できるようなヒトは金持ちか貴族だと相場が決まってるもの! ただ、ステーションに届けるんじゃなくて誰が助けてあげたのかしっかり本人に見てもらわないと!」
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