第47話 アマンダ再び
『美しくないし役に立たない女はいらない。
あきらめて婚約を辞退しなさい』
これはジョルダリ語だ。
クラリティ王国もジョルダリ国も、貴族は公用語を話す。
だけど、平民はジョルダリ語しか話せない。
そのためジョルダリ国の貴族はジョルダリ語が必修となっている。
もしかして、私がジョルダリ語を話せないことを馬鹿にして、
ライオネル様に婚約を考え直してもらうつもりかな。
たしかにクラリティ王国の貴族令嬢ならジョルダリ語を話すことはない。
普通の令嬢であれば、だけど。
『それはどうかしら。私を選んだのはライオネル様よ。
あなたたちに判断されることではないわ』
「え?」
馬鹿にされるわけにはいかないと思ってジョルダリ語で返したら、
ルミリア様とブランカ様は微笑んでいた顔が強張る。
そんなに驚くなんて、返されると思ってなかったのかな。
「ルミリア様、今、なんて言ったかわかりますか?」
「わ、私に聞かないでちょうだい!」
ん?もしかして。
『あなたたち、ジョルダリ語が話せないとは言わないわよね?』
二人とも聞き取れないのか、困ったような顔になっている。
え……自分たちは話せないのにジョルダリ語にしたの?嘘でしょう?
『いや、さすがに自国の言葉を話せないとは言わないだろう。
ジョルダリ国の学園では必修科目なはずだ。
それにこのくらいの会話は子どもでもわかる』
『まぁ、そうよね。ジョルダリ語で話し始めたのはルミリア様だし。
話せない言葉で話すわけないものね』
ライオネル様もわかったのか、ジョルダリ語で話し始める。
クラリティ王国の貴族令嬢がジョルダリ語を学ぶことはないが、
嫡子教育では必ず学ぶものだ。
他国の者と取引をする時に、その国の言葉で密談されるのはよくある。
それを聞き逃して損をしてしまうことのないように、
領主になるものは隣国の言葉は覚えておく必要がある。
私のことを普通の貴族令嬢だと思って、
ジョルダリ語で話せば馬鹿にできると思ったんだろうな。
ルミリア様は誰かにこうすればいいって吹き込まれたんだ。
だから、あの言葉だけ覚えて来たんだと思う。
本当は話せないから、私たちがジョルダリ語で話すのは聞き取れない。
「馬鹿にする気なの!?」
我慢できなくなったルミリア様が怒りだしたけれど、
それは違うんじゃないのかな。
「え?そちらがジョルダリ語で話し始めたから、合わせたのに。
馬鹿にするとはどういう意味なの?」
「そ、それは」
「ルミリア、ブランカ、
お前たちまさかジョルダリ語も話せないのか?」
「……少しは話せます」
「……ゆっくり話してくれれば」
「なさけないな。
ジョルダリで生まれ育ったお前たちが話せないとは。
クラリティ王国から出たことのないジュリアはこんなにも話せるのに」
ライオネル様が本気で呆れたように言うから、
二人ともうつむいてしまった。
化粧のせいで顔色は変わっていないが、耳が赤い。
うん、これは恥ずかしいよね。
馬鹿にするつもりだったのに、自分たちの無知をさらしてしまっている。
「ライオネル様のことはあきらめて帰ってくれないかしら。
私は婚約者を下りる気はないし、あなたたちに負けるとも思えない」
言い返すことはないが、二人はまだ私をにらみつけてくる。
これはあきらめてはいないようだ。
とはいえ、そろそろ時間切れかな。
「もうブランカは聞いているだろうが、
二人が持っている出国許可は偽造されたものだ」
「え?」
「その許可書はジョルダリ王家が発行したものではない。
外で外交官のハルナジ伯爵が待っている。
このままジョルダリに強制送還になる」
「そんな!だって、これはマリリアナ様から渡されたもので!」
「わかっている。罪に問われるのはマリリアナになる。
だが、このままクラリティ王国に滞在することは許されない」
「偽造だなんて……」
ルミリア様は知らなかったのか、呆然としている。
出国許可を偽造するって、どのくらいの罪になるんだろう。
王族が国の許可を偽造するって、あまり聞かない。
「では、話は終わりだな。
ところで、ルミリア。その侍女はどこで拾って来たんだ?」
ライオネル様がルミリア様の後ろに立つアマンダ様を見た。
アマンダ様は私たちに気がつかれても平気なようで、にやにやと笑ったままだ。
「この侍女?たしかイマルシェ伯爵領で泊まった時に拾いました。
この学園のことに詳しいというので役に立ちそうでしたし。
侍女が一人増えても困りませんから」
ルミリア様は父親に内緒で来ているから、経済的な問題がある。
途中の貴族家に泊まっているとは予測していたが、
それがイマルシェ伯爵領だとは思っていなかった。
イマルシェ伯爵領で謹慎しているはずのアマンダ様。
ルミリア様のことを知って近づいたのかもしれない。
「アマンダ様、いいえ、アマンダ。
侍女になるだなんて、何を考えているの?」
「何って、変わらないわ。
自分の欲しいもののために動くだけよ」
「欲しいものって……」
「私が得るはずだったものは全部奪われてしまった。
それを奪い返そうとして、何が悪いの?」
アマンダは一瞬だけ私をにらんだが、すぐににやりとした笑顔に戻る。
奪われてしまったって、身分?それとも伯爵家?
「全部、ジュリアのせいよ」
「奪われたって、あなたが悪いんじゃない!」
「私が持っていないのに、あなただけ持っているのは許せないわ。
ジュリア……いつか奪ってあげる」
まだ、アマンダは私のものを奪おうとしている?
あのブローチ?それとも……ライオネル様?
私の気持ちを誤解してブリュノ様を奪ったアマンダならありえる。
もう貴族令嬢ではないアマンダに何ができるのかとも思うが、
アマンダなら何があってもおかしくないと思う自分もいる。
「ルミリア、この侍女は捨てて帰れ」
「捨てて?」
「忠告だ。この女をそばに置いたらろくなことにならない」
ライオネル様の忠告を聞いて、ルミリア様は面白そうに笑った。
「嫌ですわ。どうやら学園だけじゃなく、
そこのジュリアというものに詳しいというのは本当だったようですし」
「なんだと?」
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