第32話 放り出される
自分は間違ってないと思ったのに、パアンと頬を叩かれる。
叩いたのはお父様じゃなく、お母様だった。
「お母様……どうして?」
「それはこっちが言いたいわ。
どうしてあなたはこうも聞き訳がないの!?
もう、好き勝手したいなら出て行きなさい!」
「え?」
「そうだな。こいつはもう手に負えん。出ていけ」
「……お父様?」
ぐいっと腕をつかまれ、そのまま玄関まで連れていかれる。
まさか、と思ったら、玄関の外に放り出される。
「きゃあ」
砂利の上に転がされ、肩に石が刺さる。
何が起こったのか、理解したくない。
「二度とうちに入ってくることは許さない」
「お父様!?」
玄関を閉められ、慌てて立ち上がって開けようとしたけれど、
鍵をかけられているのか開かなかった。
遠くで門番が何事かとこちらを見てくる。
自分の格好を思い出して、両肩を抑えてしゃがみこんだ。
夜着姿で外に放り出されるなんて。
こんな格好ではどこにもいけない。
ひゅるると風が吹いた。
厚手の夜着でも、外に出られるようなものではない。
身体が冷えていくけれど、どうすることもできない。
人が走ってくる音がして、そちらを見たら、
リーナが毛布をもって駆け寄ってきた。
「ジュリア様!これを!」
「リーナ……ありがとう」
毛布にくるまって、とりあえず夜着を隠せたことでほっとする。
リーナは裏口から出てきたようだ。
「でも、リーナ、あなたは戻らないと叱られるわ」
「いいえ、ジュリア様が追い出されるというのなら、
私はついていきます!」
「リーナ……辞めさせられてしまうわ」
「それでも!こんな時間にお一人にするわけにはいきません!」
「……うれしいけれど、どこにもいけないわ。
ここで夜が明けるのを待つしかないと思う」
「そんな……」
悔しいけれど、屋敷から出ていってもどこにもいけない。
朝まで待って、なんとか家の中に入れてもらうしかない。
お父様がそれを許可すればだけど……
ガタゴト、こんな時間なのに馬車の音がした。
どうしてと思っていると使用人用の馬車がこちらに向かってくる。
こんな時間に仕事を?
近づいてきた馬車の御者はヨゼフだった。
「ジュリア様、リーナ、乗ってください!」
「ヨゼフ、どうして?」
「とりあえず、安全な場所にお連れしますから!」
「ジュリア様、乗りましょう」
「え、ええ」
リーナの手を借りて馬車に乗り込むと、ガタゴトと動き出す。
使用人用の馬車に乗るなんて、あの時以来。
安全な場所って言ってたけど、どこに行くんだろう。
「ヨゼフさんって御者もできたんですね」
「そうね……知らなかったわ。
慌てて乗ってしまったけれど、大丈夫なのかしら」
「何がですか?」
「ヨゼフもリーナも、きっとお父様に叱られてしまうわ」
「かまいませんよ。旦那様がおかしいのです。
こんな夜に夜着姿のジュリア様を追い出すなんて。
いったい何を考えているんでしょうか」
「わからないわ……」
本当にお父様とお母様が何を考えているかわからない。
お母様は心の病気なのかもしれないけれど、
だったらお父様は何を考えてアンディを連れてきたのか。
きっとお母様が病気なのをわかっていて、アンディに会わせた。
アンディをお兄様だと思い込むとわかっていて。
お父様が何を考えてこんなことをするのかわからない、
そう思ったけれど、お父様の考えなんて一度もわかったことがなかった。
お兄様が生きていたころも、私はまともに相手にされていなかった。
お父様の考えなんてわかるはずもなかった。
「あ、どこかのお屋敷に入るようですよ?」
「屋敷?貴族の?ヨゼフの知り合いの貴族の屋敷?」
そういえば、ヨゼフはどこか他の貴族家で家令をしていたはず。
そのお屋敷に助けを求めに来たのかもしれない。
どうしよう。
ここは素直に助けを求めるべきだと思うけれど、
他家に恥をさらすなんてしていいのだろうか。
娘を夜中に放り出したなんて、
知られたらオクレール家の評判は落ちてしまう。
「どうしよう……リーナ、今からでも断れるかしら」
「何を言っているんですか。
屋敷に戻っても中には入れないと思いますよ。
あきらめて、こちらにお邪魔しましょう」
「でも……」
ヨゼフが門番に何か伝えると、門が開けられる。
大きな屋敷……ここは誰の?
他の侯爵家の屋敷は知っているけれど、ここじゃない。
伯爵家以下の屋敷にしては大きいけれど、
私が知らないだけで裕福な貴族家なのかもしれない。
馬車は玄関先まで行って止まった。
中から誰かが出てきたようだ。
馬車のドアがノックされる。
「ジュリア様、開けますよ?」
「……ええ」
ここまで来たら、話さないわけにはいかない。
こんな夜着の上に毛布をかぶったような状態で人に会うなんて。
「え?」
リーナの驚いた声で、ドアの外を見る。
そこにはライオネル様が立っていた。
「ライオネル様?」
「とりあえず、中に入って。他の者は下げてある。
ジュリアのこんな格好を見せるわけにはいかないからな」
こんな格好をライオネル様に見られるなんて。
恥ずかしくて、毛布で顔を隠してしまいたい。
リーナが下りた後、手を借りて降りようとしたら、
ライオネル様に抱き上げられる。
「え?」
「いいから、じっとしてて。すぐに部屋に行こう」
毛布の上から抱きかかえられ、屋敷の中へと入る。
中には誰もいなかった。
他の者を下げたと言っていたのは本当のようだ。
ライオネル様に見られたのは恥ずかしいけれど、
他の使用人たちがいないことにほっとする。
連れて行かれた部屋は客間のようだ。
オクレール家の客間よりもずっと広くて綺麗な部屋だった。
ソファに座らされた後、ライオネル様はひざまずくようにして、
顔を近づけて私を見てくる。
そのまま頬に手を添えようとして、ふれずに離れた。
「……頬が赤くなっている」
「あ、うん。ちょっとね」
お母様に叩かれたところだろう。
赤くなるほどの力だったんだ……。
「リーナ、ジニーがその辺にいるはずだから、
頬を冷やすものをもらってきてくれ」
「わかりました!」
あぁ、ジニーはいるらしい。
いつもそばにいるのに、屋敷内だから離れているのかな。
「いくらジニーでも、ジュリアのこんな姿は見せたくない」
「あ、あの」
「頬を冷やしてから話を聞こう」
「……うん」
こんな格好で、こんな時間に来て、事情を説明しないわけにはいかない。
ため息をついたら、リーナが部屋に戻ってくる。
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