第30話 報告
アマンダ様が私からブローチを盗んだ一件の次の日から、
アマンダ様とブリュノ様は学園に来ていない。
あの後、ライオネル様も二日ほど学園を休んでいた。
アマンダに処罰を受けさせるために王宮まで行ってくるね、とだけ言い残して。
隣にライオネル様がいない状態で授業を受けるのはさみしくて、
早く戻ってきてほしいと思ってしまった。
ライオネル様がいないのは、
アマンダ様に処罰を受けさせてくれているからで、
きっとそれは私のためにしてくれていることなのに。
そうして三日目の今日、いつものように屋敷まで迎えに来てくれたのを見て、
私はライオネル様を好きになってしまっていたと自覚した。
自覚しても意味がないのに、止めたくても、
ライオネル様に会えるのがこんなにもうれしいと思ってしまう。
「やっと終わったよ」
「お疲れ様」
「どうなったのか聞きたいだろうから、
授業が終わったらカフェテリアでゆっくり話そうか」
「わかったわ」
ライオネル様に会えたのがうれしくて、
アマンダ様のことは一瞬忘れてしまっていた。
だけど、私のために処罰してくれたのなら、ちゃんと聞かなくてはいけない。
今日もアマンダ様とブリュノ様は来ていない。
謹慎処分になったのかな。
他の学生にもあの件は知られているだろうから、
謹慎処分じゃなくても来たくないかもしれないけれど。
あまり集中できないまま授業は終わり、
ライオネル様とジニーとカフェテリアに向かう。
今日は個室にジニーも入ってくれたので、ほっとする。
もう二人きりで過ごすなんて耐えられない。
自分の気持ちに気がついてしまったら、
ライオネル様を拒絶するのは無理だ。
……無理に迫るようなことはないと信じているけれど。
頼んだ飲み物を一口飲んで、ライオネル様はアマンダ様の処罰について話し出す。
それは私の想像よりもずっと重い罰だった。
「アマンダは嫡子を降ろされたよ」
「え?一人娘だったんじゃ」
「伯爵の妹の息子が継ぐことになった。
商会の副会長として働いていたそうだから、
そのまま商会長も継ぐのだろう」
「アマンダ様の従兄弟が……そうなの」
あれだけ嫡子になることを誇りに思っていたアマンダ様が、
筆頭伯爵家の嫡子を降ろされた。
どれだけ怒っているだろうか。
きっと、アマンダ様は反省とか後悔とかしていないと思う。
私のせいだと恨んでいる気がする。
「伯爵は離縁、夫人は生家に帰ったそうだ。
伯爵はアマンダを連れて領地へ向かった。
平民として静かに暮らすと誓っていたよ」
「平民として?……それって、アマンダ様も?」
「そうだよ?」
まさか、アマンダ様が平民になるとは思ってなかった。
驚いていると、ライオネル様の眉間にしわが寄る。
「まさか、厳しい処罰だなんて思ってないよね?」
「えっと……思ってた」
「あのブローチは、俺がジュリアに預けていたものだ。
つまり、アマンダはジョルダリの王族の物を盗んだんだ。
この国で王族の身分を示すようなものを盗んだ場合、
どんな罪になるの?」
「……ごめんなさい。貴族籍ははく奪になるわ」
「そうだよね。それが普通だ」
王族の物、しかも、王族しか持てない物、
そんなものを盗んだとなればそれだけでは済まない。
平民落ちした上で、牢獄か強制労働行きになると思う。
「そっか……アマンダ様の処罰は軽いのね」
「ああ。厳しくしたらジュリアが気にすると思って、
二度と俺とジュリアに関わらないことを誓わせて、
処罰を軽くしたんだ」
「あぁ、うん。二度と関わらないでくれるならそれでいい。
ありがとう」
ひどいかもしれないけれど、ほっとした。
もうアマンダ様のことで悩まなくて済む。
「それと、ブリュノだけど」
「え?ブリュノ様がどうしたの?」
「休学するそうだ」
「休学?」
「婚約が決まったらしい。
その婚約者が学園に入学するのを待って復学すると」
婚約者の入学に合わせるために休学?
そんなのは聞いたことがない。
「もしかして、それも処罰なの?」
「処罰というほどじゃないが、ブローチがアマンダの物だと証言しただろう。
あれを知った婚約者の父親が休学させることを決めた。
これ以上俺の留学中に何か問題を起こすのをさけるためだ」
「あぁ、そういうこと」
「三年か四年か。最大だと五年待ってからの復学になる。
婚約者がブリュノを監視できるようになってから復学させるんだろう。
もう顔を合わすこともないな」
「そう」
アマンダ様がいなくなっただけでもほっとしたけれど、
ブリュノ様も会わなくなるのであれば、
残りの学園生活は落ち着いて過ごせそう。
あのでたらめな噂もこれで消えるはず。
残りの学園生活は半年。
ライオネル様と過ごせる時間はよけいなことで悩みたくない。
この思いをちゃんと消せるように、今だけはそばにいさせてほしい。
屋敷に帰ったら、私の部屋でアンディが暴れていた。
リーナが止めるのも聞かず、また物をひっくり返している。
毎日こんなことをして、本当に何が楽しいのかな。
私が帰ってきたことに気がついて、にやにやしている。
アンディにはふれずに、ぐったりしているリーナに声をかけた。
「ジュリア様……おかえりなさいませ」
「ただいま、リーナ。今日もすごい状態ね」
「はい……」
「いいわ。あとで片付けましょう」
私が気にしなかったからか、アンディは面白くなさそうに出て行った。
嫌がらないとつまらないって、どういうことなんだろう。
あのブローチを返したことで、取られて困るものがなくなった。
そのため、アンディがいつ来ようと気にしなくなっていた。
どれだけ荷物をひっくり返されても動じなくなった私を見て、
アンディは物を探すのを止めたようだ。
その代わり、屋敷のいたるところでいたずらしているのを見かけるようになった。
相手は使用人たちで、いたずらと言って許されることだけではないようだった。
次第に使用人の顔ぶれが代わり、
アンディに注意できるようなものがいなくなっていく。
そういえば、お兄様もいたずら好きだった。
使用人や家庭教師たちが困っていたのを覚えている。
どうしてなのか、私を相手にすることはなかった。
あれでも一応は小さい妹相手には手加減していたのかもしれない。
アンディにはそんな気遣いないだろうから、いつ私に向かってくるかわからない。
めんどうだなとは思うけれど、相手にしなければいい。
そうすれば飽きて違うところに行くだろうから。
そんな風に過ごしていたら、いつの間にか季節は変わり、
少し肌寒くなってきた。
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